第2話 休みの日にまで身体鍛えるとかバカなの?

「あっつー………」


ゴールデンウィーク三日目。

五月とは到底思えない暑さの中、ソファにだらしなく座ってアイスの棒を口でピコピコ動かす。


始めっから暇を持て余してダラダラするのが唯一の予定であり楽しみでもあったのだが、このクソ暑い中ではその楽しみも半減である。

目の前にデカデカと映し出されているテレビ映像からも、連日連夜で続くこの異常な猛暑のニュースで盛り上がっている。


私も始めこそは興味津々で聞いていたが、こう毎日続けられては飽きるし、何より肉体的にもキツい。エアコンは好きじゃないし、だからといって扇風機を出しても直ぐに梅雨に突入していらなくなるので、わざわざ押入れから引っ張り出すのも憚られた。


「学校が無いのは嬉しいけど、さすがに暇になってきたなあ……」


ボヤきながらテレビのチャンネルを変えてみる。

時刻は午前九時前。

この時間帯でやってるものといえばワイドショーやら昔のアニメの再放送ばかりだ。

暇過ぎて変えては見たが、わかっていた結果だけに結局録にテレビに向き合うことはせずに、電源を落とした。


リモコンを近くに放って、むさ苦しい暑さの中、嫌な温かみに包まれつつあるソファから少しだけ移動すると、携帯を机から拾いメールを確認する。そこには部活の日程と活動時間が示されていた。

予定表によると、活動するのは明日。つまり四日目である。

依頼書をよく見ていなかった始めは初日から行うものだと思っていただけに嬉しい誤算ではあったが、こう一日一日、確実に完全休日じゃ無くなる日が近づいてくると段々嫌気が差してくる。


暇は暇で窮屈と感じるが実際外に出るよりかは何倍もマシだ。しかも、追い打ちをかけるようなこの暑さである。出不精がもっと出不精になっても致し方ないし、明日で休日も終わりだ。この暇な休日が明日にあればきっと尊いものになってるはず。


「………っ~~~」


軽い欠伸をすると私はソファに寝転んだ。

暇だ暇だと言ってはみたが、贅沢すぎる悩みというのに気付いたからだ。どうせなら一日中ダラダラして、外に出たくてしょうがないってぐらいにした方がやる気が出る。突き詰めていけば、これは明日のためなのだ。すべてを否定された私が仕事のために今日を潰すとか凄い成長ぶりである。これは推薦確実で良い夢が見れそうだ。

私は、頭を動かして丁度良いポジションを探し終えると、お昼寝ならぬ、お朝寝を開始することにした。それではみなさん、おやすみなさい。


「ねえ邪魔!邪魔だから早く起きてっ!」

「っうぐ!」


―――目を瞑って数秒

怒声と共にやってきた腹を襲う激痛に、つい嗚咽がもれる。女の子らしくない声が出てしまったことに恥じらいつつ目を開けると、最早見飽きたポニーテール姿の女子、楓が足で腹筋を貫いてきていた。


「お姉ちゃん、邪魔。早く起きなよ」


尚も足を震わせて腹筋を攻撃してくる楓。些かお怒りである。


「ちょ、ちょっとなに!?足でやんないでよ汚いでしょ!!?」

「そんな所で寝てるのが悪いんじゃん。お姉ちゃん、ダレ過ぎだから」

「別にいいじゃない、休みなんだから。第一これは明日の部活のために鋭気を養ってるんだから、それこそ邪魔しないでくれるって感じなんだけど」

「どうせこの二日間もダラダラしてたんでしょ?どれだけ養えば気が済むんだか……」


まるでゴミを見るかのように言ってくる楓。完全に姉に向ける目付きではないし、下手したら、あの目は生ゴミを見ているのかもしれない。うふふ、再生不可って言いたいのかしら?


「う、うるさいなあ…。それにダラダラしてただけじゃないし! 楓のお昼ご飯だって私が作ったんだから! あんまり言いたくないけど結構大変だったんだよ!?」


これは本当である。この二日間、楓がコンビニでの買い弁を嫌がったため私が作っていたのだ。いつも通りの慣れない早起きに、楓の身体のことを一番に考えてのお弁当作り。しかも、五月離れしたこの熱気。お昼までに腐らない献立を考えつつ、楓の好きな物で作るお弁当は本当に骨が折れる思いで大変だったのだ。


「そ、それはまあ…うん……。ありがと」


楓は足を引っ込めるとおずおずとお礼を口にする。恩を返せと言うつもりはないが、楓が恩を無下にしないのは知っている。こうなってしまっては、もう強く言ってくることは無いだろう。つまり私の勝ち。


「ち、違うし!勝ちじゃないし!もう、いいから起きてよ!!」


今度は両手で揺さぶってくる。暑いしウザイしで、とりあえず私は手で払いのけると上半身だけ起こしてみせた。


「はい、起きましたよ。それでなにかあるんでちゅか?」

「その舐めた口の聞き方辞めて!」

「舐めたって…私も足で踏まれてたんですけど…。まあいいけどさ。で、なんなの?また、なにかあるの?」

「なにかあるっていうか…ちょっとコレ見てよ」


恐る恐るといった感じでポケットから取り出されたは、見知らぬチケット二枚。

二枚とも受け取り、チケットに書かれている文字を読んで見ると、シルバージムと書かれていた。


「なにコレ?」

「お姉ちゃん知らないの?近くに出来たトレーニングジム」

「いや、それは知ってるけど…」


ここから20分程離れた駅に、新しく出来たシルバージム。地域最大、全国トップクラスの設備を唄ったチラシや地域コマーシャルは目にしたことがある。でも、それがどうしたというのだろうか?


「これ実はタダ券なんだ!お母さんが会社の人から貰ったんだって。私、今日部活休みだし行くなら今日かなって思ってさ」


私の横に座り、よほど行きたのか嬉々として語りだす楓。そこにきてタダ券が二枚となると、なるほど、誘っているわけだ。休みの日にトレーニングしようと。わざわざ電車に乗って良い汗流しに行こうと、そう言ってるわけだ。いくら私でも、それぐらいは察することが出来る。


私は可愛い妹に正面で向き合うと、目を真っ直ぐに見つめてから頭を下げた。


「ゴメン無理」

「はあああ!?なんで!!?ここにきて普通断る!?ありえないんだけど!!?」

「ありえないって…それ私のセリフだから」


なんでこんなクソ暑い日に、わざわざ遠出してまで汗を掻きにいかなくてはならないのか? まったく意味がわからない。大体楓に至っては毎日部活で汗を流してるうえに、今日は中休みで明日もまた部活があるはずである。なんで、体を休めないのか私には疑問で、暑さで脳味噌やられたのかと本気で疑うレベルである。


「全っ然やられてないし!むしろ、お姉ちゃんより正気だし!!」

「じゃあ何しに行くの?休みの日にまで身体鍛えるとかバカなの?」

「言い方!言い方気をつけて!それに鍛えに行くわけじゃないし、私は遊びに行くつもりでいるんだから!」

「えー……ジムに…?」

「そう!ほら、これチラシだから見てよ」


綺麗に折りたたんだチラシを私の眼前に広げる。

無視しようとも思ったが嫌でも目に入る距離なので仕方なく目を這わせる。

チラシには、地域最大数の有酸素マシーン!痩せるなら今がチャンス!やら、フリーウエイト完備!君も明日からマッチョの仲間入り!やらの謳い文句が成されていた。なんだこれ? 全然行きたくならないんだけど…


「いやいや、お姉ちゃん。色々な機械がこの際、タダで触れるんだからやってみたいじゃん!それにタダ券なかったら非会員は2000円も取られるんだよ?」

「2000円!?高っ!!?………いや、ゴメン待って…考えてみれば非会員ならそんなもんじゃ…」


言った瞬間しまったと思ったが、もう遅い。賛同したが最後、楓が勝ち誇った顔でこちらを見下ろしている。


「でしょ!?ほら、使用期限も近いし、なにより2000なんて大金おいそれとは払いたくないしさ!ね、行こ!!」


やけに2000円を強調して満面の笑みを向けてくる。


「言ってることはわかるだけどねえ……」


2000円がタダになるのは確かに魅力的で興味を惹かれるのもわかる。しかし、私には家でダラつく方がよっぽど魅力的で2000円以上の価値があるのだ。それに何度も言うようだが、この真夏を思わせる暑さ。こんなカンカン照りの日には外に出るだけでも億劫である。急な用事でも無ければ家にいたい。


「あーそういえばお母さんが言ってたんだけど、買い物しといてだって。今日も遅くなるからって」

「えっ!ウソでしょ!?」

「ホントホント、冷蔵庫見てみればわかるけど大したもん残ってないよ。昨日お母さん失敗しまくってたもん」

「もう…だから私が作るって言ったのに……」


昨日、珍しく早く帰ってきた母親は、いの一番に台所に立ち、いの一番に失敗したらしい。最近じゃあ、もっぱら私が夕飯当番だっただけに、元からそんなに高くなかった料理の腕がまた格段と落ちたのだろう。今じゃ私達姉妹の方が圧倒的に上だ。


「ね?どっちにしろ外に出なきゃ行けないんだからさ、行こうよ!お母さんからお金もらっちゃったし。ついでに、お昼御飯も食べてきて良いって」


財布から一枚の万札を取り出して、証拠です、といわんばかりにヒラヒラ動かす。別に疑ってる訳ではないんだけど、現実と向き合いたくなかっただけである。


「ああーもう…しょうがないなあ……」


私は、観念したというように立ち上がると両手を上に向け、グッと伸びをした。ダラけモードを切り替えたのだ。


「行かなきゃいけないなら早めに行った方がいいもんね。着替え持ってくるわ。ちょっと待ってて」

「!? じゃあ――!」

「しょうがないから付き合ってあげる。だから、アンタも買い物付き合いなさいよ」

「りょーかい! じゃあ先に外、行ってるね!!」


私は嬉しそうに玄関の方へと去っていく楓を見送ると、携帯をポケットにしまって、嘆息交じりに自室へと向かうのだった。


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