(5) あらしの予感

 城野があきらめてオフィスにもどっていた時には、本社ゲートには「バッドウェザーコンディション発令」という看板が掲げられていた。これは、禁足令みたいなもので、家まで確実に帰る手段がある従業員以外は安全のために社内に待機しろ、というもの。

 雄物川の橋梁の風速が規定値を超えて鉄道が運転抑止になり、県道も海岸線沿いの国道も橋が強風がひどくて県警が通行止めの規制をかけていた。


 早めに閉園したおかげで、ゲストは大体ホテルなり自宅なりにもどって混乱はなかったが、仕事の関係で取り残された従業員は帰る手段を失って、ブレイクエリアやオフィスでやることもなく所在なさげにしていた。


 SVは社有車で城野を送ろうかと思ったが、それより先に禁足令が出て、雄物川を超える場所への社有車の利用を自粛するよう通達されたので、あきらめることにした。


 「ずびばせん……そこのソファーでやすんでまふから、おきづかいなく……」

 「そんなのだめよ……あーでも本社の仮眠室は満杯だし……あ、そうだ」







 18時過ぎに休憩のために仮眠室に戻ったさくらたちは、外の天気がますます悪化しているのに気が付いた。窓ガラスにも雨粒が貼りついていて、まるで海を進む船の窓かなにかのようだった。美咲とわかばが仮眠室の窓に貼りついて外をみると、植栽の木が風にあおられて身を揺らしていた。



 「台風みたいじゃん、これ」

 「なんだかこわいですねぇ」


 みんなが飲み物を飲んだりお菓子を袋からだしたりしていると、廊下側の引き戸が開いてSVにつれらた城野がいかにも風邪という表情で部屋に入ってきた。

 鼻のあたりが赤くなっていて、目が少し涙目で、空調の風が寒いのか小さくくしゃみをした。こういう時に不謹慎だとは思うのだけど、美咲は、『城野さん、なんかかわいー』と心の中で思った。ツン成分多めの人が弱っているとなんとなくかわいいと思えてしまう美咲だった。


 SVはさくらたちを見回して声をかけた。


 「悪いけど、城野さん寝かせてあげてね。隣の部屋に寝てもらうから。他の仮眠室が全滅でね。電車が明日まで動かないって決まって帰宅難民が大発生してるのよ」

 「ごめん、端っこでいいから……」


 SVが襖で片方の部屋を仕切り、隣のあまり広くない方の和室に布団を引いていた。城野は自分でやりますというが、SVがいいから座ってなさいと促していた。つづいて久保田がカートに載せて総務から借りてきた3人分の寝具を運び込んでいた。


 「ごめんなさいね。今日は私もトレーナーさんも帰れなさそうなので、お隣のお部屋をお借りしますね」


 SVが少し済まなそうな顔をしていた。

 

 「ごめんね、3人づつで分けてもらうつもりだったけど、相部屋ってことでいいかしら?」


 それを聞いた佐竹は眉をぴくりと動かし、さくらも同じような表情を浮かべた。ほかのメンバーは「全然OK」と答えていた。美咲が両方の部屋を見比べていた。


 「そっちは3人か……じゃあこっちは7人分お布団引くのか……」


 怪訝そうな顔を浮かべたいずみが腰に手を当てながら尋ねた。


 「なんで7人?」

 「えー、そっち3人でしょ? じゃーSVさんはこっちじゃん?」

 「え!?」


 SVがそれを耳にして少しニヤリとした。


 「あら、わたしみんなと一緒に布団並べていいの?」

 「…………あ、そうか、ダメだね」

 「え!?……あ!」


 最後に驚いていたのはさくらだった。いずみが「二人とも、SVは一応男性なんだから……」と少し二人に呆れていた。二人は時々天然でSVを女性扱いするときがある。確かに顔も悪くないオネェ系で、女子力もそこそこあるし普段であれば女子扱いでもいいのだが、さすがに夜はまずいだろう。



 久保田が城野の世話を引き受けて、さくらたちはエンターテイメント棟1階のリハーサルルームに移動した。そこでは、小さなカラーコーンがいくつか並べられていて、臨時にステージの大きさと配置を再現していた。


 リハーサルルームで練習するのは、このイベントのトレーニングでは初めてだった。なにしろ、新パレードがはじまるということで、そっちのトレーニングが優先されて6人でここで練習する機会がなかなかなかったのだ。


 いつもはダンサーたちでワイワイうるさいのだが、今日は全員が帰宅したあとで静まり返っていた。


 大きなステージ上でのダンスは経験があるが、6人で踊る経験はまだ少ないこともあってわかばが少し戸惑っていた。ステージが大きい分、練習とは違って動きを大きく見せないと伝わらないのだ。


 トレーナーが何度もそこを指摘していた。


 「縮こまるな! 多少大げさなぐらい動かないとゲストに見えないぞ!」



 少し時間を作って各自で練習させ、わかばが練習するのを見ていたトレーナーはおっきな胸を張りだすように腕を組んで「むー……」と唸っていた。さくらや美咲も、練習より大きめに動くことで何とか対応していたが、わかばは大きく動くというより激しく動く感じで、そこがトレーナーのイメージと少し違うらしい。すると、さつきがトレーナーにそっと近づいて耳打ちした。


 トレーナーはさつきの話をふんふんと聞いて、「そうか、なるほど。そうしたらいい」と頷いた。すると、さつきがふふーんとほほ笑みながら、今度は「いずみちゃん、いずみちゃん」といずみを呼んだ。



 しばらくしてから、鏡に向かって練習しているわかばにいずみが声をかけた。


 「ここ、ちょっとあわせにくいよね? いっしょにやってみようか?」

 「……ふぁ!? は、はい! お願いしますぅ!」


 いずみがいっしょになってダンスの振りつけを踊り始めると、わかばは自分でもわかるぐらい上気しながらそれに合わせていた。


 その様子を見て、美咲はつぶやいた。


 「いいなー」


 そんなに多きな声ではなかったが、隣にいたさつきには聞こえたようで、おやおや~? といいたげな表情を浮かべていた。

 さつきは、美咲とさくらに顔を向けて提案した。


 「じゃあ、私たちはぁ ボイトレしようかぁ? 佐竹ちゃんもいっしょにねぇ?」

 「……え゛?」


 佐竹は予想してなかったのか、変な声を上げた。

 



 トレーナーに頼んでボイトレを4人で行ったのだが、相変わらずさくらは気が乗らないのか、今一つ声に安定感がなかった。安定感がどうのというより、声優が音痴キャラを演じているような歌声で、完全な音痴というわけでは決してないのだが、ではうまいのかといえば絶対にそうではないという微妙さ具合だった。


 さつきは、そのさくらの歌声が面白いらしく、すごいねーとつぶやいた。


 「ある意味? 才能? 」


 さつきがそんな風に変な褒め方をしたので、自覚があるさくらは余計に顔を赤くするしかなかった。美咲はさくらのその様子を「およよ?」と不思議そうな顔をしてみていた。


 普段なら、そろそろ気乗りして普通に歌える時期なのに……?






 「よし、まあ、だいぶ揃ってきたな。あと一押しという感じだが……まあ、こんな感じか」


 トレーニングが終わり、トレーナーがそう評価した。みんなは「ありがとうございました」と挨拶すると、美咲のお腹が鳴った。美咲は「でへへ、おなかすいちゃった」と笑っていた。ハラペコキャラが定着したのか、最近仲間の前ではこの程度では動じなくなった。22時ギリギリ近くまで軽食とおやつでごまかしてきた結果なのだが、美咲の音につられたようで、他の子たちも空腹を自覚し始めた。


 そこに、タイミングを見計らっていたのか、久保田がノックしてドアを開けた。


 「みなさん、おつかれさまでした。今日は社食が臨時閉店してしまいましたので、夕食はこちらでご用意しました。できあいのもので申し訳ないですが、仮眠室に準備してありますからどうぞ」



 仮眠室にみんなで移動すると、大きなまるいプラスチック容器に載せられたオードブルやサラダ、容器に入ったカレーやシチューといったものがテーブルの上にならべられていた。社有の炊飯器なのか、マジックで「総務」とでかでかと書かれたものが、テーブルの隣に2つデデンと置かれていた。


 久保田が説明するには、新屋駅北口前のスーパーで買ってきたもので、あまりいいものが残っていなかったので申し訳ない、とのことった。

 豪雨のおかげで買い物客が少なかったのか、中身は豪華ではないものの、数だけは残っていたそうで、質より量を重視する美咲やさつきは喜んでいた。


 いずみが久保田に周りを見渡しながら確認した。


 「SVさんはどうするんです?」

 「オフィスで自分で用意するから気にしないでとおっしゃってました」

 「ふーん」



 そう答えると久保田は隣の部屋の襖をそっとあけた。

 城野が寝ている布団の前までいくと、膝をおって話しかけた。


 「ご気分はいかがですか? なにか食事を用意しましょうか?」

 「……いいです。ありがとう、お気遣いなく……」


 

 久保田は「では、ごゆっくり」と挨拶して仮眠室を出て行った。

 ようやく食事となった美咲は、いそいそと使い捨ての茶碗にご飯を山盛りにした。


 「さくらもとってあげようか? 同じくらい?」

 「ふぇ!? は、半分くらいでいいよ!?」

 「足りなくない?」

 「いつもそれぐらい、だから、大丈夫、だよ?」


 四角いテーブルをユニットごとに分けて向かいあって座った。特に指定したわけじゃなかったが、出口よりに美咲とさつきが、窓側にいずみとわかばが向かい合っていた。


 そして、中央でさくらと佐竹が向かい合っていた。


 わかばが「わわわ……」とぽややんとしていると、目があったいずみがにこりと微笑んで見せた。


 「大丈夫? 口に合ってる?」

 「……は、はい、だいじょーぶです!」


 その様子を見ていた美咲は、しばらく何かを考えると、はっと思いついた。


 「ねえ、よく考えたら、アイドルと一緒にご飯とかすごくない!?」


 いずみが、呆れたような顔をした。


 「なにをいまさら。一緒に合宿までしてるのに」

 「なんかさ……私たちもまるでアイドルみたいじゃん?」


 ――アンバサダー・キャストだよ!


 さくらといずみが声を揃えてツッコミをいれた。

 

 「にゃは~ 美咲ちゃんもぉ、アイドルっぽいと、さつきはぁ 思うけどなぁ」

 「おお! ほらほら~ さつきちゃんもこういってるし~」

 「ぽいってだけでしょ。あ、大食いアイドルとかいたっけ? そういうのなら」

 「もう、いずみん! 大食いじゃないし! 成長期だから栄養に正直なだけ!」


 みんなが城野に多少遠慮しながらも、雑談で楽しんでいるときに、中央に座る佐竹とさくらは、目が合うと何かあわてたように視線を逸らしたりしていた。さくらが視線を逸らした先のテレビを見るとローカルニュースが流れていた。


 『県内全域に暴風、洪水、落雷の各警報が発令されています。県内の交通機関は終日混乱し、明日の秋田空港からの出発便はすでに欠航が決まっています……』



 食事後に、みんながトレーニングルームに移動してボイストレーニングを始めたころ。SVがコンビニで入手した食事をもって城野のいる部屋に入ってきた。部屋の照明は付けずに開けた襖から流れ込む廊下の明かりだけだった。


 足元が暗いので慎重に歩きながら、城野の隣に膝をついて「コンビニに残ってたやつで悪いけど」とレンジで温めた「もち麦入りおかゆ」のパック商品をお盆に載せて枕もとに置いた。


 城野は久保田がくれた冷却ジェルを頭に張り付けたまま、SVに気が付いて顔を向けた。


 「ライブ近いのに、すみません……」

 「大丈夫よ。風に当たって体が冷えただけでしょ? 明日まで寝てれば治るわよ」

 「フローラたちはどうですか?」

 「うまくやってるみたいよ」

 「ならいいんですけど……」


 城野はもっそりと体を起こすと、SVの持ってきたおかゆパックに手を伸ばした。


 「すいません。じゃあ、いただきます」


 その様子を見てSVは少し安心したようで、小さく頷くと視線を窓の外に向けた。相変わらず窓には雨が叩きつけられていて風が吹く度にガラスで雨が弾ける音が小さく響いた。


 「風収まらないわねぇ、また停電とかにならなきゃいいけど」





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