(6) 手をつなごう
ボイストレーニングというのは喉が渇きやすく、久保田がやかんで麦茶を用意して持ってきてくれていた。紙コップと並べてレッスンルームの隅の机に置いてあり、休憩の度に数名が喉を潤していた。
そして、さくらも喉が渇いたので何気なくやかんに手を伸ばした。
佐竹も同じように手を伸ばしていて、やかんの取っ手の上でお互いの手が触れた。
それに気が付いたさくらは無理に笑顔でごまかした。さくらの微妙な笑顔を見た佐竹は「あ、ごめん」と表情を硬くしていた。
その様子に、少し離れた場所でさつきと話していた美咲が気が付いた。その場では何も話はしなかったが、「むむ……」とわずかに眉を動かした。
いずみがブレイクエリアにいる事を知っていた美咲は、ドアをそっと開けていずみの姿を確認すると中へと入って行った。いずみは定番のリフドレを飲みながら「なに? どうしたの?」と声をかけてきた。美咲は周りを少し気にしながらいずみに話しかけた。
「ねえいずみん? さくら、佐竹ちゃんダメなのかな?」
「そんなことないとおもうけどな」
「でもさー ……なんかぎこちなくない?」
「もともと人見知りだし」
「佐竹ちゃん、性格けっこうキツめなとこもあるし……さくらと前に喧嘩っぽくなったでしょ?」
いずみは少し考えていたが、すぐに隣に立って美咲の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「考えすぎ。 さくらと佐竹が合わないとか、ないよ」
「なんで?」
「だって似てるじゃん?」
「え!? 似てるの!?」
そっかなー? と美咲は小首を傾げていた。いずみは説明しようかどうか考えていたようだった。だが、壁にかかった時計が22時半を過ぎているのを確認すると、飲み干したリフドレの紙コップをゴミ箱に放り込んでドアのの方へと進んだ。いずみは肩を回す動きを見せて、美咲に視線を向けた。
「さて、ストレッチやってさっさと終わりますか」
うん、と美咲が答えて後を追い、ブレイクエリアには自動販売機の音だけが響いていた。
* *
ボイストレーニングの自主トレが終わったのは23時を少しだけ過ぎた頃だった。自主トレに付き合っていたトレーナーが、そろそろ休むように言い残してオフィスに向かうと、みんなは仮眠室に移動して体を休めることにした。
仮眠室に戻ると、さくらと美咲がふすまをそーっとあけて城野の様子を見た。
どうやら頭痛と熱のピークのようで、さくらが「大丈夫、ですか?」と小声で声をかけると、タオルケットの中から手を出して、ひらひらと小さく振って答えた。それを確認するとふすまをしめて、美咲が「寝てるみたい」とみんなに教えた。
夜中でもあるし、静かにしながら汗をかいたトレーニングウェアを着替えてそれぞれ自由に過ごすことにした。
美咲とさくらはいずみが声をかけたので、テーブルに集まって3人で本を覗き込んでいた。ちょうどよい機会なので、自分たちのアイコンをどうするか決めようというのだ。いずみが家から持ってきた花の図鑑を開いて3人で話していると、わかばが興味深そうに話に加わってきた。さくらがわかばを隣に座らせた。
わかばは「アイコン……エンブレムみたいなものですか?」とさくらに尋ねた。さくらが「そうだ、よ。 フローラに似合う感じのを、決めようって」と答えた。
フローラの3人はそのアイコンのモチーフを花にするか、フローラだから「花の女神」とかにするかで悩んでいた。美咲が「いずみんは女神キャラ」とかなり強く推しているのだが、いずみが「えー? やだ」とつれない返事をしていた。
そのやり取りを見ていたさくらは、隣に座るわかばに聞いてみた。
「わかばちゃんは、どう思う? どっちの方が、フローラらしい、かな?」
「やっぱりお花がよくないですか? あ、私たちもエンブレムが植物なんですよ」
わかばはそう答えると、自分の着ているTシャツの裾を伸ばして見せた。何枚かもっている練習用のTシャツで、そこには鮮やかなグリーンで描かれた若葉の絵が描かれていた。わかばだから若葉なのだろうと、さくらはすぐに気が付いた。
「あ、私は若葉の葉っぱなんですけど、佐竹ちゃんはコロコニで、さつきちゃんはアザレアなんです」
コロコニは蕗の事で秋田蕗のことだろうとさくらは思った。いずみはアザレアがさつきの西洋名だと気が付いたので、あーなるほど、と納得していた。美咲はもちろん由来はわからなかったが、似合っているなぁと何となく思っていた。
美咲は感心したのかあごの先を右手の指でつまみながら、うんうんと頷いた。
「なるほど、なるほど……」
そして美咲は思いついた。
「あ、そっか、さくらの名前は『桜』なんだし、さくらで……」
だが、さくらは残念そうというか、不服そうというか、あまりうれしそうな表情ではなかった。美咲はおや? と思ったのか、さくらに尋ねた。
「いやなの?」
「さくらだからさくらって、幼稚園のころから、だし、ちょっと、安直な気が……」
美咲は、えー、でも、さくらってピンクな感じじゃん? と不思議そうな顔をしていた。さくらは「そうでもない、よ?」と謙遜しているのか、自分ではそうは思わないのか困ったような笑顔で答えた。
いずみは「花でいくなら……」とつぶやきながら図鑑をパラパラとめくった。
数ページめくったところで、あるページに目を止めた。
「とりあえず、美咲は『菜の花』かな」
「えー、なんでなんで?」
「八橋の川のところ、フラワーロードだっけ? さくらと菜の花じゃん。並んで植わってるって意味で」
「あー、あれか……いいかもね、かわいいかも。黄色も好きだし。他には?」
美咲が意外と乗ってきたので、いずみは「ふふふん」とドヤ顔を決めて『荒廃地に見られる雑草』というページを開いて見せた。
「黄色いのでよければ『セイタカアワダチソウ』とかもあるけど」
「却下却下! 私はさくらと並んでるから菜の花でいい」
さくらは、『桜』に決まりそうな雰囲気なので、おずおずと一応反論した。
「私は、やっぱり、"さくら"は、もういいかな……」
「さくら、だめ? さくらなのに?」
うん、とさくらがうなずくと、今度はいずみが別のページを見てつぶやいた。
「花なら、まあ、私は気高くバラとか」
「いずみんは、野生の野薔薇な感じだけどね 棘あるし」
「じゃあ、美咲はやっぱり繁殖力旺盛でうっとうしいセイタカアワダチソウで」
お互いが「いやいや、そちらこそ」とコントみたいな事になり始めた。それがわかばには言い争いに見えたようで、のんびり構えていたさくらとは対称的にハラハラしていた。
「おふたりとも、ケンカはだめですぅ~」
「いいんだよ、仲良くケンカ、してるだけ、だから」
美咲がいずみに「ウツボカズラ」とか「ラフレシア」を提案したり、いずみは美咲に「ハマヒルガオ」や「ドクダミ」はどう? などと言い合っているのをよそに、さくらとわかばは図鑑を読み進めていた。
わかばが何か思いつたらしく、さくらに顔を向けた。
「ピンクじゃないのなら……逆にブルーとかどうですか?」
「ブルー……うん、私、青色好き、だから、いい、かも?」
「あの、じゃあ、イメージ変えて、リンドウとか、どうですか?」
図鑑で『野山に咲く花』というページを開き青いリンドウをみせた。
リンドウ自体はさくらも知っているし、近所のスーパーの生花コーナーで売っているのを見ている。
「リンドウ……」
「木と草、ピンクと青で逆のイメージですけど……確か、花言葉で愛らしい、とか本質的な価値、とか、そんな感じだったと思うんです」
なるほど…… さくらはそう思って図鑑の写真を見た。
その写真は1本1本が独立して咲いているもので、それは、さくらの心を引き付けられる何かがあった。
「うん……ちゃんと、一人で、立って咲いてる……なんだか、いいね、この花。ありがとう、わかばちゃん。決めた、リンドウにするね」
それを聞いた美咲とさくらが、コントをやめてさくらに声をかけた。
美咲がテーブルの上に身を乗り出した。
「決まったの?」
うん、とさくらが図鑑の写真を指差す。
いずみがそれを見ておや? という顔を見せた。
「ほうほう、あえて『さくら』の逆をいくか」
美咲が楽しそうに3人の顔を見た。
「じゃあ、みんな決まった?」
さくらといずみがうなずくと、美咲がいつもの笑顔で宣言した。
「私は菜の花!」
「私は、リンドウ」
「私は野薔薇!」
いずみの答えを聞いて、美咲がきょとんとした。野薔薇は本気の提案じゃなく、冗談のつもりだったからだ。
「え? 野薔薇でいいの?」
「うん、よく見るとね、天然の美しさ、園芸種じゃない自然さがいいんだよ」
「なんだよ、私の言った通りにしたじゃん」
「美咲も私がいったセイタカ……」
「ヤダヤダ! な・の・は・な!」
テーブルを挟んで反対側で雑誌を見ながらチョコプレッツェルをつまんでいたさつきが、ふむふむとおもしろそうにフローラの3人を観察していた。
「フローラはぁ、なかよしさんだねぇ?」
* *
窓の外の風はまだまだ強く、ごうごうとなる風の音はまるで台風だった。おまけに時々雷もなることもあって夜だというのに何となく落ち着かない。
汗をかいたのでみんなシャワーを浴びたいのだが、ワードローブ棟に行くのは「あぶないからだめ!」とSVから言われていた。しかし、エンターテイメント棟の楽屋のシャワールームは合宿が始まる前に清掃が終わっていて使えない。
それで、SVが久保田にお願いして本社D館の幹部社員用のシャワールームを使わせてもらえるように総務にお願いしていた。「本社D館の3階にある社員用のシャワールームが使えるように手配しておきましたので、使いたい方は遅くならないうちにどうぞ」との事だった。
さつきは「事務員さん、有能な感じぃ?」といって感心していたが、実のところ総務の許可があれば幹部社員以外でも使える。ただ、あくまで幹部社員やたまにくる外部の声優さんなんかが使うためのシャワールームなので、一度に2人までしか使えない。
いずみとわかばが先に行き、少し時間を置いてからさつきと美咲が向かって行った。
わかばは更衣室の前で「いずみさんと……シャワー……?」とつぶやいて、ぽわわんと何かを妄想していた。ここにタワーでも建てようかというようにドアの前で突っ立っていたが、いずみに呼ばれて、正気を取り戻していそいそと中に入って行った。
別に湯船があるわけでもないし、シャワールームは完全個室なので多分その妄想は実現しなかっただろうなーと入れ替わりででシャワーを使ったさつきは思った。
もっとも廊下でさつきがわかばに会った時、「少し濡れた髪はとてもいい」というようなことをいっていたので、それなりに満足はしたらしい。
そして…… 仮眠室にはさくらと佐竹が残っていた。
佐竹はとくにさくらと会話もなく、学校の課題をこなしていた。
さくらは変な緊張感を持ちながら、エンターテイメントオフィスのラックから借りてきた雑誌を読んでいた。別にファンというわけでもなかったが、アイドルガールズ(仮)の番組にみそのと藤森が出演していた時の取材記事が書かれていたので、そこを読んでいたところだった。
そこにわかばといずみが一緒に戻ってきて、いずみが「ほら、もう遅いし二人でいってきなよ」とさくらたちに声をかけた。
むぅ……と佐竹が微妙な角度で眉をゆがませ「私は一人でゆっくり入るんで」と言っていたが、いずみは顔ににじんできた汗を拭きながら「いや、佐竹、場所わかんないでしょ? それに、エレベーター今の時間は暗証番号必要だから」と教えた。
3階は経営陣、4階はイマジニア関係者のエリアなので、夜の22時以降に立ち入るにはエレベーターにも入り口のドアにも暗証番号による認証が必要になっている。さくらたちは立場上3階にも4階にも出入りするので番号は知っているのだ。ただし、4階に直接つながる階段のドアは別の番号になっている。美咲がステージ衣装の関係でその階段を使うために番号を教えてもらっていたが、そんなに使わないのでよく忘れるという。
シャワールームは3階にあるので当然誰か従業員が同行した方がいいわけで、必然的に残りの佐竹とさくらという組み合わせになった。ここでわがままをいうのもどうかと思うところで、2人はそそくさと着替えの準備を済ませると口数も少なく本社D館に向かった。
アウローラのユニットオフィスから外に出てきたSVが、エレベーターホールで待っていたさくらたちに気が付いて「これからシャワー? 湯冷めしないようにね」と声をかけてきた。SVさんは、まだお仕事ですか? とさくらが聞くと、ちょっとやり残してたことがあってね、と答えて、別の部署の方へと向かって行った。
エレベーターが到着すると、さくらは手慣れた感じで入り口脇の暗証番号ボタンを押してから3階のボタンを押した。佐竹は「なるほど、そういう仕組か……」とつぶやいた。それを聞いたさくらは「3階の、階段の自動ドアも、同じ仕組み、だよ」と教えてあげた。佐竹はふーん、と答えたが、それで雑談は終わってしまった。
さして広くないシャワールームの更衣室でも、会話が弾むというようなことはなく、黙々とシャワーを浴びていた。シャワーが完全個室でお互いの声も聞こえにくく姿も見えないのも影響してはいるだろうが、水が流れる音だけが室内に響いているだけだった。
シャワールームは窓がなく、建物の中央にあるので外の音は聞こえない。
だが、ときどき雷の音が微かに聞こえ、天井のライトが少し瞬くことで、外が嵐だという事を思い出させる。佐竹より先に出たさくらはドライヤーで髪を乾かしながら、ちらつく照明を少し不安そうに見上げた。
その時、シャワーの個室から佐竹が髪をタオルで拭きながら出てきた。
さくらは髪をとかしていて、となりの化粧台に並んで座ると、「借りるね?」と声をかけて備え付けのドライヤーを手に取った。さくらが「うん」と返事をすると、佐竹はうなずいて鏡に顔を向けた。
――― その時、外から大砲を撃ったような巨大な空気の破裂音が響いてきた。
「ひっ!」
小さく、でも、少しかわいらしい悲鳴がさくらの耳に届いた。
さくらも雷の音に驚いてはいたが、それ以上に佐竹はどうやら雷が苦手なようだった。さくらが声の主に顔をむけると、自分が悲鳴を上げたことに気が付いたらしく、少し顔を赤くしながら、表情をいつものクールな感じに強引に戻して鏡に視線を向けなおした。佐竹がドライヤーのスイッチを入れて髪を乾かし始めたので、さくらも鏡に視線を戻した。
佐竹ちゃん、雷苦手、なんだ。……でも、今の、ちょっと、かわいかった、な……
さくらは口にはしなかったが、そんな感想をもった。クールな感じの佐竹が、雷が苦手というのが意外で、そこが少しかわいいと思えたのだ。もっとも当の本人は恥ずかしかったらしく、雷の件には一言も触れずに、わざとらしいほどそっけなかった。
仮眠室でTシャツとジャージに着替え、さつきといっしょにスマホでリズムゲームをやっていた美咲は、協力ライブプレイの画面で「通信が遮断されました。接続環境が良好な場所で再度お試し下さい:(エラーID 16)」と書かれたダイアログが表示されて思わず「おわ!?」と声を出した。
「なになにぃ~ スマホ、こわれちゃった?」
「えー……あ、アンテナ立ってないや」
いずみもネットを見ていたらしく、自分のスマホを確認してから「いや、こっちもアンテナ切れたから、多分電話会社のアンテナだと思う」と美咲に教えた。
窓の外を見ていたわかばが不安そうな顔をした。
「さっきの雷のせいですしょうかぁ 不安ですねぇ」
秋田は冬も夏も雷が多い地域で雷自体は珍しくない。だが、アンテナや送電線への直撃で影響が出る事はそんなに多くは無い。たまに住宅街に落雷して個人宅のWIFIルーターが壊れたり、電線のヒューズが飛んだりする程度だ。今日のように頻繁に落雷することはそうそうないので、ある程度なれているわかば達でもさすがにちょっと不安になったようだった。
シャワールームで身支度を終えたさくらと佐竹は、エレベーターにのって2階に降りようとしていた。エレベーターが到着しドアが開いた時、またしても近い場所で落雷があり、かなり大きな音が響いた。エレベーターホールにある窓から閃光が差し込んできて、佐竹は「ひゃわっ!」と悲鳴を上げた。
その声はかなりかわいいもので、自分で自身の声に気が付いた佐竹は、照れ隠しのようにエレベーターに先に乗り込み、暗証番号を打ち込んだ。だが、1回目は間違いだったらしく、短いビープ音が2回なった。
さくらが思わず「大丈夫?」と声をかけると、「だ、大丈夫、大丈夫だから」と上ずった声で反応した。2回目は大丈夫でボタンの上の液晶画面に「success」という文字が表示された。佐竹は安心して、ふぅっと軽く息をはいた。そして、いつも白井プロの事務所の上にあるレッスンルームに向かう時と同じように無意識に「4階」のボタンを押した。すぐにドアが開いて籠が"上昇"し始めた。ミスに気が付いて佐竹の眉が気まずそうに曲がっていた。
「あ……ごめん、いつものくせで……」
「大丈夫、だよ?」
佐竹は2階のボタンを押した。
―――その瞬間、エレベーターの照明が非常用のオレンジ色のものになった。
「ふえぇ!? わ、わたし、なにかマズいことした!?」
すぐに4階に到着しドアが開いて、さくらには見慣れた4階のエレベーターホールの景色が見えてきた。ただ、いつもなら夜中でも明るいはずなのに、非常灯と非常口の案内灯が付いているだけで、普段とは雰囲気が全くちがった。
え? え? と佐竹は周りを見渡していた。
さくらは非常灯が付いている事と、エレベーターが操作を受け付けなくなったことから事態に気が付いた。
―― 停電してる、と、思う……
「て、停電!? さ、さっきの雷かな?」
「たぶん……」
「でも、なんでエレベーターうごかないの!?」
「あれ、かな?」
さくらがエレベーターのボタンの上、天井付近の表示を指差した。
"このエレベーターは震災時および停電時には自動的に最寄りの階で停止します 扉が開いた後はエレベーターの外に避難してください IWAYAエレベーター株式会社"
佐竹は「えー……」というと絶句していた。
さくらは佐竹を安心させようと佐竹に顔を向けて、笑顔を作った。
「4階なら、階段で下に降りられる、から……」
そういって、階段を指差した。だが……
「あ、あれ? シャッター……」
さくらは目の前にある見慣れないシャッターに驚いて、あれ? という表情を浮かべていた。さくらは知らなかったが、22時30分以降、4階は保安上の理由でエレベーターホールにある階段はシャッターを下ろして閉鎖しているのだ。佐竹がそばに近づいて壁に貼られた表示を見ると「22時30分以降はエレベーターまたは中央階段をご利用ください。総務部・セキュリティー部」と書かれていた。
さくらは意を決して、「何か、明りに、なりそうな物……」とトートバッグをガサゴソ探すが、スマホは部屋に置いてきたようで、明りになりそうなものはなかった。
佐竹も自分のトートバッグを同じようにまさぐっていたが、結果は同じようだった。
さくらは、廊下にある消火器の下に簡単な作りのLEDライトが置いてあるのに気が付いた。後で、返すから……と誰に言うでもない言い訳をしながら、それを取り出してスイッチを入れると明かりがついた。
佐竹に、これ、使えるよ? と教えて、廊下の奥を指差した。
「反対側に、階段、あるから。 そこから、降りよ?」
「う、うん……」
その時、また雷鳴が轟いて、廊下の奥の窓が青白い光で一瞬満たされた。
他に誰もいない廊下にその光と音が反響して、さすがにさくらも気味悪く思えた。
ひぃっ と後ずさりして青い顔をした佐竹に、さくらは左手を差し出した。
「手、つなご?」
一瞬ためらった佐竹だったが、黙ってうなづくと右手を差しだした。互いに手を重ね合うと、ふたりは目的の階段目指して、その少し不気味な廊下を幼い姉妹のように歩き出した。
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