(4) みんな集合!
――10分後
ユニバーシティルームには1名の欠員もなく全員がそろっていた。
「全員そろいました」
久保田がSVにほっとした顔で報告した。
エンターテイメント部の常として、この入社の儀式でたいてい欠員が出るのだが、1人もかけることがないというのは珍しいことなのだ。みんなの顔をみると、決意が固まった表情だった。
「それじゃ、あらためて」
SVがいかにもなテーマパークのキャストの笑顔を作った。
「みんな、ようこそ! ここにいるみんなが『アウローラユニット』のメンバーです。私はスーパーバイザー(SV)としてパークアンバサダーの皆さんをサポートします。そして、オフィスデスクの久保田さん、スケジューラーとマネージャを兼任する城野さん。この二人も裏方としてみんなをサポートします」
「デスクを担当する久保田です。どうぞよろしくおねがいしますね」
「スケジュールやマネジメントを担当する
青いブレザーの久保田と、スーツ姿でメガネをかけた城野がそれぞれ頭を下げた。
「では、さっとく……」
ホワイトボードの前に立ち、SVが出欠をとる。
「じゃあ、返事してね」
名前を呼ぶと、メンバーが答える。そのやり取りが終わると、美咲が感心したような表情で
「なんか、学校みたい」
とつぶやいた。
「そうよ。学校よここは。今日1日、みなさんにはこのテーマパークのキャストとして必要な知識を身に着けてもらいます」
SVはアゴに手をあてて、すこし苦々しい表情を浮かべた。
「集合教育っていうのは他のロケーションの子と一緒にやるべきなんだけどね……」
SVが教室の後ろの方に視線を向け手招きすると、高級そうなコスチュームの女性二人組が前にやってきた。
「今日みなさんにキャストとしての知識を授けてくれるのは、このお姉さんたちです」
手を伸ばして、自己紹介を促す。
「は、はじめましてみなさん。わ、私がこのウェルカムクラスを担当する佐藤です」
「ようこそ、みなさん、同じくトレーナの田所、です、どうぞよろしくおねがいします……」
カチコチ状態であいさつ。いったいどっちがトレーニーなのかわからないな、とSVは思った。
「あとは、このお姉さんにお任せしますから」
少し間が空き、思い出したように田所がわざとらしく、ああ、そうだ、というしぐさをする。
「そういえば、皆さん、まだお互いの事よく知らないですよね」
佐藤も同じようにまだギクシャクしながら話を続けた。
「でも、まだ皆さん緊張してるみたいですね。自分で自分のことを話しても、お話が一方通行になっちゃいそうぉ」
台本通りに送った視線の先の田所はまだまだギクシャクしていた。
「そ、そうなんです! そこで、今日は自分のことではなく、他人の事を紹介してみましょう!」
「題して、た、
田所と佐藤の漫才的なやり取りとともに、ホワイトボードの前におかれたイーゼルにタコの絵がかかれたフリップが出される。
「キャストの基本は、相手の話をよく聞くことです。ですから、ここで、それを実践してみましょう! キャストとしての初めの一歩です!」
なんとかやり取りを終わらせた二人を見ていたSVは、人の悪そうな笑顔でみんなに種明かしする。
「ちなみに、ここまで全部台本よ」
えー、という声が上がる。
まん丸メガネの女の子が
「やらせ!」
というので
「違います、演出ですっ」
と田所が答えて、会場に笑い声が上がり、空気が柔らかくなる。さらに種明かしすれば、トレーニングなどの前にわざとおかしなことをして笑いを誘うような技法をアイスブレイクといい、SVの一言はそのためのものだった。
もっとも、田所も佐藤も必死でそれどころではなさそうだったが。
さっそく影響されたのか舞が目を輝かせていた。
「なんか、キャストになった実感わいてきた!」
SVから話を引き継いだ佐藤が話を進める。
「それでは、パートナーにインタビューしていただきますが、その際に守っていただきたいルールがあります」
タコの絵のフリップを紙芝居のように交換すると、そこには注意事項が書かれていた。
1つ、お話を聞くとき、視線は相手と同じ高さにしてください。
2つ 反論したり、話をさえぎったりしないでください。
3つ、質問に答えていただいたらかならず「ありがとうございます」とお礼を言いましょう。
「それでははじめてください」
田所がパンと手を叩いて合図を出した。
人数の関係で広森には、トレーニー代わりに城野が付くことになった。
席順の関係で組んだいずみが、表情を曇らせつつ「幼稚園みたい」と可聴範囲ギリギリでつぶやいて美咲は驚いた。が、いずみは「ふふん」と笑うと、美咲が驚きのあまり目を丸くするほど表情を一変させた。
「こんにちわ、はじめまして。私は
うふっ、と少し顔を傾けながら、映画とかドラマでしか見たことのないようなモデルスマイルを披露した。あまりのことにポカンとしていると、いずみは完璧かつ耳に心地よい声で質問してきた。
「お名前は?」
「飯島美咲です!」
「高校生でしょうか?」
「は、はい高校1年です」
「あら、私は高校2年生なんですよ、じゃあ、私がちょっとお姉さんなんですね」
と笑顔を見せる。
あまりに完璧なので見とれていると
「メモ、された方がいいですよ?」
とにっこり微笑んでくる。
が、美咲がメモっていると、いずみは
「ドヤァ!」
とでも表現すべき得意げな顔を見せていた。
「どうよ?」
その落差と完璧さに、美咲はあざとさを感じるよりもなんだか感動してしまった。
「なんか……なんか、かっこいいよ!」
「ふふふん」
いずみと美咲のファーストコンタクトは、こうしていずみのペースで進められていった。その後ろでは、丸メガネの女の子がボーイッシュな女性相手に
「高校!1年!」「未経験!」「美術部!」
のように単語をつなげつつ、身振り手振りで会話していた。
その姿を見た広森と城野が心配そうにしていた。
一方、さくらは相方のちんちくりんな女の子の話を聞いていた。
恥ずかしがり屋なのか、終始オドオドしていたので、気を使った。
さくらの事を年上だと思っているらしく、
「大丈夫、同じ、高校1年だから!」
と安心させたり、励ましたりして何とか話を進めた。
しばらくすると手を打つ音が聞こえ「は~い終了で~す」と田所が促す。
佐藤がみんなの前に立ち、多少は余裕ができたのか、自然な笑顔でみんなに指示を出した。
「では、いまインタビューした内容で、パートナーをみなさんに紹介してあげてください」
最初に発表するのは美咲だった。渡されたトレーニング用のプリントに書いてあるセリフを参考にしながら、その場に立って読み上げ始めた。
「えーと、こちらの菅野いずみさんをご紹介します。菅野さんは高校2年生で、モデルをしているそうです。出身は東京だそうです……」
いずみが「うんうん」とうなずいていると
「笑顔が素敵で、ちょっと腹黒……じゃなくて、サバサバ系、そんな感じなクールビューティーさんです」
腹黒!? と聞こえないぐらい小さな声でうなり、眉がぴくぴくさせた。すぐに表情を隠し、笑顔を作る。いずみはその点に抜かりはない。
拍手が起こり、美咲が座ると、今度はいずみが指名された。完璧な笑顔で美咲を「元気で明るいお姉さんキャラ」と紹介する。拍手を受けて笑顔で座るいずみだったが、「私は、こういう場でいちいち仕返ししたりしないから、感謝しなさいよ」と心でつぶやいていた。この事実を知ったら美咲は「腹黒キャラであってるじゃんか! 」というに違いない。
次は丸メガネの小さな女の子の番だった。
単語の連発で会話するその女の子の説明を翻訳しようと身構えているみんなだった。だが、その女の子は軽く深呼吸すると、流暢に話し出した。
「私のパートナーは"
その後の説明を言い終えると、
「言えた!」
とつばさに得意げな顔を見せた。
「あー、書いてあるのを読むのは得意なんだな」
と、つばさは感心していたが、予想がはずれたほかのみんなはポカーンとした顔だった。今度はつばさが相方を説明した。こまちとは逆に、こういうのはあまり得意ではなさそうだった。
「えっと……私のパートナーを紹介します。"
美咲が思わず「翻訳できてる……」とつぶやくと、つばさは
「なんでだろう? なんかわかったんだよね」
と自分でもよくわかってない様子だった。
タコ紹介は続き、「
広森は
「私のパートナーは、スケジューラーの"城野 真奈美"さんです。私たちのスケジュールの管理やマネジメントを担当されるそうで……」
最後まで言い終えたとき、広森が胸に手をあててドキドキしているのに気が付いたのか「大丈夫、うまくできてたよ」と城野がフォローした。
広森が感動するような目で城野の顔を見てきたので、城野は口を微妙にゆがめて汗がダラダラ湧いてくるのを隠した。城野はこういう「かわいい女の子」な反応が苦手なようだった。
さくらの番になり、相方の女の子を紹介する。
「私のパートナー、"
その後もすらすらと紹介が続き、拍手で終わった。
美咲はさくらがあらかじめ書いた文章を読むときは、いつもと違ってとても流暢に話すことに気が付いた。そして、こまちと同じ特性だと思いついて、ちょっと面白かった。
順番上、最後の取りを務めるハメになった藤森は、さくらとは逆にガチガチだった。あまりに緊張しているようなので、さくらの方がハラハラして、「おちついて、おちついて」と何度も諭すことになった。終わった時にはさくらも藤森も一緒にぐったりしていた。
タコ紹介が終わると、今度はキャストとしての基本的な心構えやパークの用語などを教える授業が始まる。田所が話を進めてゆくのだが、緊張しているのか、説明がぎこちない。舞の真剣みを帯びた「おねーさんがんばってー」の声で涙声になってしまう。
この授業で教えられたことをまとめると、
・パークで働くすべての人は身分に関係なくキャストと呼ばれること
・パークを訪れるすべての『共演者』をゲストと呼ぶこと
・すべてのゲストはVIPであること
・ゲストから見える場所がオンステージ、それ以外をバックステージと呼ぶこと
というようなことだった。
大手のテーマパークの教育とほぼ同じ内容だった。
他のパークと違うのは、パークの成り立ちだった。
佐藤が逸話を紹介した。
初代の監督が海外のテーマパーク(当時は遊園地と呼ばれて、テーマパークという言葉は日本にはなかったそうだが)を視察した後、日本の遊園地に子供たちを連れて行ったとき、自分が監督した作品のキャラクターが無造作に使われているのを知った。
初代の監督がそれを見て
「こんな使われ方をされるなら、いっそ海外のパークのように自分でパークを作った方が、お客さんは喜んでくれるはずだ」
と考えたことがこのパークの始まり……
だから、アーニメントのテーマパークでは、オンステージを「作品」と考えている。
そのため、ネコのメインキャラクター、男の子のココ、そのガールフレンドのミミなども、キャストと同じように実在する存在として、キャストと「共演」しているのだ……
田所がプロジェクターを使い、あるキャストの写真を写した。
「このキャストは清掃を担当していますが、なんというキャストか知ってますか?」
誰も知らないようなので、田所は話を進めた。
「このキャストは掃除係でも、清掃スタッフでもありません。クリンナップ・アーティストと呼ばれています」
プロジェクターの写真が切り替わり、ある風景を見せる。
「ここは、パイレーツコーストです。海賊たちの世界ですが、この中になにか違和感のあるものはありませんか?」
海賊たちが並んで勇ましいポーズをとっているが、その前に大きなペットボトルとごみの入ったコンビニの袋が落ちている。何人かに答えさせると、
「後ろの旗がどくろじゃない」
「実は海賊じゃない」
「CG!」
といった大喜利のような答えが出てくる。田所が苦笑しながら、ココの猫の手を模した差し棒で、ペットボトルとコンビニの袋を示した。
「ここは歴史で言えば18世紀、アメリカはまだ植民地だった時代です。その時代にペットボトルやコンビニの袋があるのはおかしいですよね?」
納得したような声がみんなから聞こえた。
「クリンナップ・アーティストは、こうした『作品』の中の誤りや汚れを除去することでその作品の世界観を守っているのです。だから、作品を描くアーティストの仲間なんです」
美咲やさくらが感心してうなずいたのを確認すると、田所は最後の締めに入る。
「つまり、私たちキャストは、それぞれが自分の役割を演じることで、私たちの『作品』の世界観を守り、演出し、それによって、ゲストが作品の中で自分の物語の主人公になることをお手伝いすることができるんです。その考え方を私たちは『テーマショー』と呼びます。このテーマショーの考え方が、アーニメント・スタジオが遊園地ではなく、テーマパークであることの証なんです」
授業は順調に進み、
「それでは、まとめますよー」
「ここテストにでますからねー」
と、時々、佐藤や田所が注意を促してゆく。
テスト、という言葉に美咲が反応した。
「テストがあるんですか?」
「大丈夫ですよ、ここで習ったことしか出ませんから」
と佐藤が手のかかる子をあやす小学校の先生のような顔をして、美咲を諭した。佐藤は、差し棒を使ってフリップを示す。
「それでは行きますよー」
オンステージ ゲストのいる場所
バックステージ ゲストには見せない場所、舞台裏
キャスト みなさんのこと
ゲスト パークを訪問されるすべての方
全員で復唱させて、
「覚えたかなー」
と尋ねると
はーい、という全員の声が聞こえた。
にっこりほほ笑む田所も佐藤も、額に玉のような汗を浮かべていた。
壁の時計を見ると、ちょうど正午をすぎていた。
田所はSVに視線を向けると、SVがうなずいて返事した。
佐藤がみんなに向けて促した。
「それでは、ここでお昼休みになります。SVさんがみなさんを食堂までご案内しますので、一緒に行ってくださいね」
もともと、これから仲間になるグループだからだろうか、初回の集合教育の割には和気あいあいとした雰囲気でみんなが荷物をまとめている間、佐藤が「どうでしたか……?」と少し不安そうにSVに尋ねた。
「トレーニーに励まされるようではまだまだね。でも、初舞台、最後までやりきったじゃない」
とSVがフォローすると、田所も佐藤も顔を合わせてほっとしていた。
二人ともちょっとうれしそうだった。
パンパンと手を叩いてSVが注目させる。
「はーい、ごはんにいくわよー。車も走ってるから、1列に並んでね」
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