追想ー7

0ー6 出会い

「うひゃぁぁぁ。マジかよ」

 男性はそう言いながら休憩所に飛び込んだ。全身ずぶ濡れで髪からは水が滴り落ちている。

「天気予報あてにならないな」

 肩にかけていたバッグを下ろし、上着を脱いで捻り、含んだ水分を絞り出す。その上着で男性は頭を拭き始めた。

 男性は鼻歌まじりに頭を拭いている。何の曲かは私には分からない。

 また見えない人かと思ったが、男性は私の存在に気付いた。

「えっ?」

 頭を拭く手が止まり、私を凝視する男性。

「えっ? えっ? えぇぇぇぇぇぇ!?」

 男性は叫んだ。

『どうせ、またいなくなるんだ......』

 私を見て叫び、走って逃げる。いつものパターンだ。この男性もすぐに逃げ出す。

 諦めて下を向く私。しかし、予想外のことが起きた。

「幽霊でも雨宿りするんだ......」

 男性は逃げ出さなかった。むしろ私を興味深そうに眺めている。

 私は驚いて固まってしまった。

「ここってもしかして、君の住みか?」

 男性が何か言っている。それが私への質問と理解して慌てて頭を横に振る。

「そっか、よかった。勝手に入っていたら不法侵入になってた。あれ? でも幽霊相手に不法侵入って適用されるのか?」

 わけの分からないことを男性は一人で口走っている。

「君はどうしてここに?」

 答えようとするが声が出ない。私の考えを伝えることが出来なかった。

「あれ、もしかして喋れない?」

 私は静かに頷いた。

「そっか~。どうしたもんか......。あ、ちょっと待ってて」

 そう言うと男性はバッグから紙とペンを出し、何かを書き出した。

「よし!」

 数秒して書きあげたのは幼稚園とかでよく見るひらがな表記だった。

「君、一文字づつ指を差していってくれないか?」

 私は驚いた。考えを伝えるのにこんな方法があったことと、彼が逃げずに私に関わろうとしていることの二重の意味で驚いた。

 私は恐る恐る指で一文字づつ差していく。

「なになに。こ、わ--」

『怖くないの?』

「怖くないの? か。う~ん、正直に言うならめちゃくちゃ怖い」

『じゃあどうして逃げないの?』

「ん~。興味を持っちゃったからかな」

『私に?』

「うん、幽霊に出会うなんてこれまでなかったから。見たときは逃げ出したいほど怖かったけど、実は足が震えて逃げれなかったんだ。でも雨宿りする君を見て、幽霊も濡れるの嫌なんだって思ったらなんか興味が」

 頭をかきながらアハハ、と笑う男性。

「もしかして、俺邪魔かな?」

『ううん、そんなことない』

「そっか。んじゃ一緒に雨宿りしますか」

 そう言って男性はまた頭を拭き始めた。

 それから男性は何度も私には話しかけ、私もそれに答えた。久しぶりの会話に私は気分が高ぶり、自分のことまで話してしまった。

「そっか、記憶がないのか」

『うん』

 しばらく沈黙が続いた。

「知りたい?」

『え?』

「君の記憶」

『私を知ってるの!?』

 私は男性に詰め寄る。

「いや、違うよ! 俺は君のことは知らない!」

『そう......』

「ごめん」

『ううん、私も驚かせてごめんなさい』

「ちょっと言い方が悪かったかな」

 男性は言い直した。

「君のことを調べてみようかってことだよ。近所の人に聞けば何か分かるかもしれない」

『でも私、どこから来たか分からない。この辺の住人じゃないかもしれない』

「う~ん。でもやらないよりはマシじゃないかな。あ!」

 男性が声をあげ、見上げると雨があがり、雲の切れ目から日の光が落ちていた。

「雨上がったね」

 男性は伸びをして、バッグに手をかける。

『もう行っちゃうの?』

「うん、雨上がったからね」

 男性は私に向き、お礼を言った。

「ありがとう。君と話せて楽しかった。それじゃあ」

『あ......』

 そう言うと男性は休憩所を出ていった。

『......そうだよね。ずっといられるわけないわよね』

『でも、楽しかった。会話がこんなにも楽しいと感じたのは初めてかもしれない』

『また、あの人と話したいな......』

 私と話してくれた初めての人。もうこれから今みたいな人は現れないだろう。

 落ち込んで自然と下を向いてしまう。すると一つの影が現れた。見上げるとさっきの男性が戻ってきていた。

「あ、あのさ......」

 男性は頬を掻きながら言ってきた。

「俺と一緒に来るかい?」

『え?』

「俺の傍にいれば、君の知りたいことを俺が調べられるんじゃない?」

 私は男性の言葉が信じられなかった。だから聞いてみた。

『何で?』

「えっ?」

『何でそんなに私に関わろうとするの?』

「あ~その、なんていうか。すごく辛そうだったから」

『......』

「君、じぶんのことを話すときすごい悲しそうな顔をしていたよ。だからすごく辛かったんじゃないかなって。それで力になれないかなって」

 そして男性は次にこう言った。

「俺が君の手足になるよ」

 私はすぐには答えられなかった。そして震えながら言葉を紡いでいく。

『......いいの?』

「えっ?」

『本当に私のことを調べてくれるの?』

「ああ。でなきゃ戻ってこないよ」

『......ありがとう。え~と......』

「あ、ごめん。自己紹介まだだったね」

 男性は自己紹介した。

「俺の名前は森繁悟史。よろしく」

 これが、私と悟史の出会いだった。

 

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