34 真相
鵜飼達は俺の、いやレイの向かいでテーブルに腰かけている。
「あの森繁さん、いや、風神レイさんでしたかな。あなたは一体......」
鵜飼が代表して尋ねてきた。
「先程説明しましたが、簡単に言えば幽霊です」
「ゆ、幽霊?」
「はい」
何の躊躇いもなくレイは自分を幽霊と紹介した。
「お前、頭でも打ったか?」
「ご心配なく。至って平常よ」
「じゃあ、頭がおかしいんだな」
「信じられない?」
「当たり前だろうが」
織斑の言うことはもっともな気がした。
「信じようが信じまいがどうでもいいわ。私は事件の話をするためだけに登場したんだから」
レイはそう言うが俺はそうはいかない。
『アホ! ちゃんと説明しろ。いきなり女言葉を話すなんておかしいだろ。俺が変人みたいじゃないか』
「別に悟史がどう思われようと私には害はないわ」
『なにぃぃ!?』
「あ、あの?」
「ああ、ごめんなさい。なんでもないわ」
レイは座り直し、鵜飼たちを一瞥した。
「単刀直入に言います」
そしてレイは犯人を名指しした。
「犯人はあなたですね、鈴木さん?」
鈴木を指差し、レイは犯人と告げた。
「え?」
いきなりの犯人指摘に鈴木は呆けていた。しかし、それは鵜飼達も俺もどうようだった。
「な、どうして私が?」
「手掛かりがそう語っているからよ」
「う、嘘です! 私じゃありません!」
鈴木は叫んで否定した。
「私もそう思います」
鵜飼が鈴木を庇う。
「土井さんの手紙には疑いようのないことが書かれていました。あれが真実だと私は考えています」
「私もよ」
黒峰も賛同する。
「あの手紙に不審な内容はなかった。あなたはどうして土井さんが犯人でないと思ったの? どこか引っかかる箇所があったかしら?」
「ええ、ありましたよ」
レイは即答した。
「でもそれは手紙の中じゃなくて外にです」
「外?」
どういう意味だ?
「鵜飼さん、机の上に何があったか覚えていますか?」
「ええと、遺書に手紙が入った封筒に、トリカブトが入った瓶でしたな」
「はい。あともう一つありましたよね?」
「何かありましたか?」
「ペンです」
「ペン? ああ、たしかにありましたな」
俺も記憶にある。なにせそのペンは俺が絵を描いたペンなんだから。
「でも、そのペンが何か?」
「おかしいところがありませんでしたか?」
「いや、別にどこか欠けていたり壊れている様子はなかったと」
俺もそう思った。
「はい。そういったことがないのは私も確認しました」
こいつ、いつの間に見ていたんだ?
「何が言いたいのよ、あなた」
黒峰が苛ただしげに質問した。
「ペン自体に変わったところはありません。問題なのはペンがあった場所です」
ますますレイの言いたいことが分からなくなる。
「間宮さん、あなたは手紙を書いた後、ペンをどこに置きますか?」
レイは間宮に尋ねた。
「え? え~と、私なら書いてそのまま机の上に」
「それは手紙のどこに置きますか?」
「そうですね、横だったり、上だったり」
俺も想像するがそんなところだと思った。
「その通りです」
「それが何か?」
「あのペンは手紙の右側にありました。変だと思いませんか?」
どこが変なのだろうか。今レイは自分で横に置くこと認めたではないか。
「何が変なのよ?」
黒峰が問いかける。
「もし、土井さんが本当にあの手紙を書いたのならそれはありえません」
「何でよ。手紙を書き終えてそのまま置いたんでしょうよ」
「でも、土井さんは左利きです。なぜ手紙の右側にペンを置くんですか?」
レイの指摘に黒峰は驚いていた。
「昨日みなさんで土井さんが絵を描くところを見ましたよね。彼は左で絵を描いていました。ならば字を書くのも左のはずです」
レイの言葉に俺は思い出した。そうだ、たしかに土井は左で絵を描いていた。
「何か物があって置けなかったというなら話は別ですが、綺麗に整頓されていたのでそれもありません」
「じゃあ、どうして?」
間宮が尋ねるが言うまでもない。
「犯人が間違えたのです。おそらく焦っていたのではないでしょうか。土井さんが左利きであることを忘れ、普段の自分のように置いてしまったんです」
「それのどこが私が犯人ということになるんですか?」
鈴木はレイを睨めつけている。俺の身体だから当然俺が睨まれることと同じであり、嫌な気分になる。
だが鈴木の言うことも正しい。それだけでは土井が自殺ではないことを証明しただけで、鈴木が犯人ということにはならないはずだ。
「ええ、そうです。土井さんの点ではあなたが犯人とは言えない。でも、長谷川さんの事件であなたが犯人という証拠を見つけました」
レイの言葉に鈴木の肩がピクッと震えるのを見た。
「ど、どこに、そんなものが」
「順に説明しましょう」
レイは説明を始めた。
「まず、長谷川さんの遺体からも土井さんが犯人ではないという痕跡がありました」
「そんなもの、どこに?」
黒峰が尋ねた。
「頭の傷です。鵜飼さん、長谷川さんは後ろから襲われたと言いましたよね?」
「ええ。右側頭部辺りに最初に殴られた痕のようなものが--あ、そうか!」
鵜飼が何かに気付いた。
「左利きの土井さんが後ろから襲ったのなら、右ではなく左になくてはなりません」
「そうです。左手に鈍器を持って殴ったのなら真ん中、もしくは左寄りに傷がなくてはなりません。でも長谷川さんの傷は右側にありました」
「でも、左腕を右に持っていって降り下ろした可能性も」
鈴木の指摘はありえそうでもあったが、レイは否定した。
「たしかに出来ますが、その振り方だと力が入りません。相手を殺したいのですから力の入る、右利きなら右から、左利きなら左から振り下ろす振り方をしたはずです」
さっきの手紙と同様に土井が長谷川を襲っていないことが分かった。
「だからなんだよ。それも犯人が右利きってことが分かっただけじゃねえか」
織斑が口を挟むが、レイはあからさまな嫌悪を口にした。
「うるさいわね、あんたは黙ってて」
「なっ!」
レイの言葉に織斑が怒る。
「なんだよその態度! 偉そうに! 僕の方が年上だぞ!」
「あんたは敬語に値しないわ。それに、私の話の邪魔をしないでくれる?」
そう言って織斑を睨むと、彼は怯え震えていた。こいつ、嫌いな奴にはあからさまに態度に出るからな。
これまでレイは気に入らない人間を見るとまるでゴミを見るような目線を向けていた。その様子からだけでもかなり震えたが、肉体を手にした今はさらにすごいに違いない。身体は俺だが雰囲気は金剛のような感じではないだろうか。
『もしかしてレイって、生きていた頃はめちゃくちゃ怖いやつだったんじゃ--』
「聞こえてるわよ」
『え?』
「は? 何だって?」
「何でもないわ」
手を振って誤魔化すレイ。
『まさか、思考が読み取られてる!?』
肉体を共有している状態ならあり得なくはないのかもしれない。迂闊に考えを浮かべられず、なるべく考えないように努めようとし、レイがまた話を続けた。
「まあ、今そいつが言ったみたいに、これも犯人が右利きであることしか分かりません。でも、長谷川さんが犯人を特定する手掛かりを残してくれました」
「手掛かり? そんなものどこに?」
黒峰の質問には答えず、レイは鈴木に質問した。
「鈴木さん、今何時ですか?」
「え?」
「今何時ですか?」
「いきなり何を?」
「答えてください」
「何でですか! 時間が何の関係あるんですか!」
鈴木はレイに叫んだ。
「鈴木さん」
隣に座る鵜飼が鈴木をたしなめた。
「何か重要なことかもしれません。答えてくれませんか?」
「鵜飼さん......」
鈴木は諦め、レイの質問に答えた。
「......分かりません」
「分からない?」
鵜飼が聞いた。
「見えないんです。私、目が悪くて」
「そうでしょうね、あれだけ度が強い眼鏡をかけているんですから」
「な、何で知って......」
「見ましたから。あなたが悟史とぶつかった後、ポケットから取り出しましたよね。そのときに」
あのときにもこいつはそんなところを見ていたのか。
「でも、それが何か?」
「あなたは目が悪い。ここからあの時計の時刻が見えないくらいにね」
レイは振り子時計を指差した。俺には見えたが、時刻は十時半くらいを差していた。
「だったら何で眼鏡をかけなかったんですか?」
「そ、それは壊れたから」
そうだ。俺がぶつかったせいで倒れてポケットに入れていた眼鏡が--。
「いえ、今じゃなくて朝です」
「ッ!」
鈴木の身体が震えた。
「そんなに目が悪いのに何で今朝あなたは眼鏡をかけていなかったんですか?」
「そ、それは、慌てていたから」
「それはないでしょう。慌てて忘れたというなら分かりますが、慌てて耳にかけずにポケットに入れるんですか? だったら手に持ったまま出てくるでしょう?」
「......」
レイの指摘はもっともだった。すぐにかけるのだからいちいちポケットに入れる必要はない。
「じゃあ、何で彼女はポケットに眼鏡を入れていたの?」
黒峰が聞いてきた。
「理由は一つ。かけなかったのではなく、かけれなかったんです。既に壊れていたから」
「壊れてた?」
「はい。だから彼女はポケットに仕舞っていたんです」
「いや、だったら部屋に置いとくなりすればいいじゃん」
「それができなかったんですよ」
「なぜ?」
「眼鏡が証拠になるからです」
鈴木はレイの話を黙ったまま聞いていた。
「鵜飼さん、長谷川さんの右手を見ましたよね。何かを握っていたような形をしていませんでしたか?」
「たしかにそうですが、何も手にはありませんでした」
「あったんですよ。それが鈴木さんの眼鏡です。おそらく長谷川さんを襲った際に落とすなり抵抗されるなりして壊し、それを長谷川さんは握ったんです」
「どうしてそう言えるんですか?」
「長谷川さんの手のひらに小さな傷がありましたよね? あれは眼鏡を握ったときに割れたレンズで切ったものです」
そういえばレイはやたらにあの傷を気にしていた。
「彼女は長谷川さんの手から眼鏡を奪った。手のひらの傷はその時見たはずです。もしかしたら、その傷から何か鋭利な物を握ったと誰かに気づかれるかもしれない」
レイは説明を続けた。
「壊れた眼鏡なんか持っていたら真っ先に疑われる。朝になったら長谷川さんだけ顔を出さないことから遺体もすぐに発見される。だから彼女はこう思った。発見後から眼鏡を壊してしまえと」
「あ、あの、意味がわからないんですけど。眼鏡はもう壊れているんですよね?」
間宮がレイに質問する。
「物理的にまた壊すのではなく、時間的にまた壊すんです。もし、遺体発見後に壊れたと思われれば手のひらの傷とは無関係になる。悟史に倒された時に壊れたと思わせて、その前まで壊れていない自分の眼鏡では傷はつかない、と」
「ち、違います! これは本当にあのときに壊れたんです!」
「じゃあ、その眼鏡を私に預けてくれますか?」
「え?」
「長谷川さんの手のひらに傷がありました。それならあなたの眼鏡のレンズにも長谷川さんの血液が付着しているはずです。目には見えない程度かもしれませんが、警察で調べてもらえばほんのちょっとでも出てくるはずです。もし違うと言い切れるなら預けられますよね?」
レイは鈴木から眼鏡を預かるため手を差し出した。しかし、鈴木は差し出さない。
しばらくの沈黙の後、鈴木が言葉を紡いだ。
「......ここまでですね」
「じゃあ、鈴木さん。あなたが......」
鵜飼の問いに鈴木は答えた。
「はい。私があの四人を殺しました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます