憑依

33 初めまして

 俺達は食堂に移動していた。

 土井の自供により、この館で起きた連続殺人の事件は解決した。しかし、俺達はまだこの館から出ることは出来なかった。

 それは嵐のせいだった。昨日より威力がだいぶ弱まっているようだが、まだ出ていくには危ないレベルだ。俺達は嵐が治まるのを待っていた。

「ここを出たらどうするんですか?」

 間宮がみんなに聞いてきた。

「まずは警察に連絡するのが最初でしょう。これだけの殺人が起きたのです。後回しにするわけにはいきません」

「いろいろ聞かれるんですかね」

「間違いないと思います。しかも、水澤さんは一部では名のある方です。下手したら報道もされるかもしれませんな」

 その可能性はあるだろう。テレビで事件の関係者や知人が喋っているのをよく見るが、まさか自分がそれになるとは思いもしなかった。しかし、かえって好都合かもしれない。

 警察に行けることは、もしかしたらレイの事件についても何か話が聞けるかもしれない。警察なら守秘義務があり、犯人が潜んでいる可能性も低い。一番安全な情報獲得場ではないだろうか。まあ、無理だろう。警察がそう簡単に一般人に事件の内容を話すとは思えない。レイの話をしたとしても信じてもらえないだろう。

 レイの事件について今後をどうしようか考えていたが、横にいるレイも何かを考えている。

 その様子を見ていると、何かに気付いたのかレイは俺に語りかけてきた。

 何だ、どうした?

 切羽詰まったような感じで俺に何かを伝えようとしている。しかし、ひらがな表記は部屋に--。

 するとレイは俺のお尻を指差した。

 尻がどうした?

 手で触れてみると、尻ポケットに何かが入っている感触があった。手を入れ、中身を取り出した。それはひらがな表記だった。どうやら朝起きたときにどさくさに紛れてポケットに突っ込んだらしい。くしゃくしゃになったひらがな表記をテーブルに置き、シワを伸ばす。

『悟史、おかしいよ』

「何が?」

 俺は小声でレイに答える。

『この事件よ』

「どこが? もう終わっただろう」

 そう。もう終わったのだ。犯人の、土井の自殺でこの事件は終わりを告げたのだ。

『違う。

 しかし、レイが驚きの一言を放った。

「何言い出すんだよ。土井さんが自供しているじゃないか。自分が殺ったって」

『でも、それは誤りよ』

「じゃあ土井さんは何で死んだんだよ?」

『決まってる。真犯人に殺されたのよ』

「おいおい」

 俺はレイに少し腹が立った。

「お前も見たろ? 土井さんの遺書と事件について書かれた手紙を。あれに変なとこはなかったぞ」

『たしかに無かったわ。でも--』

「今日まで何回もお前の言うことが当たっていたから、お前の話は信じられる。でも今回ばかりは否定させてもらうぜ」

『悟史、聞いて!』

 俺は無視して話を続けた。

「土井さんは水澤さんを恨んでいた。火村さんにはその水澤さんの影を見たから殺した。そのことで脅された長谷川さんを殺した。辻褄は合っているじゃないか」

『悟史、お願い! このままじゃ犯人が逃げちゃう!』

 レイは切羽詰まったように俺に語りかけてくる。

「土井さんの告白で終わったんだ。これ以上むせ返すな」

 俺はもう話すことはないとレイから視線を反らした。

「ねえ、見て」

 黒峰が窓を指差しながら言った。見ると窓から光が差し込み、外の天気が回復したのを告げていた。

「やった! やっとここから出られる!」

 一番にはしゃぎ喜んだのは織斑だった。他のみんなも自然と顔に笑顔が浮かび、俺も気持ちが軽くなるのを感じた。

「また天気が崩れるとも限りません。今すぐ山を下りましょう」

 間宮の一言にみんなドアへと向かう。椅子に座っていた俺も立ち上がり、あとに続こうとした。しかし、レイが前に立ち塞がった。

「レイ......」

 レイは真剣な表情で俺を見つめ返していた。

「いい加減にしろ。さすがに怒るぞ?」

 俺も睨み返すがレイは引かない。その後ろで間宮達が先に行こうとする。

「もう終わったんだ。納得しろ」

 するとレイは一度何かを考えてから決心したように、俺に突っ込んできた。

「うわ!」

 いきなりこっちに迫ってきたので思わず声をあげてしまった。幽霊であるからぶつかることはなかったが、咄嗟に腕を顔の前でクロスしてしまう。

「森繁さん、どうしましたか?」

 鵜飼達が立ち止まり、俺の方を見る。

 いや、何でもないです。すぐ行きます。

 そう言おうとした。

 しかし、俺の口からは別の言葉が出てきた。

 えっ? と思うが、今そう言ったのは間違いなく俺の口で、俺の声だった。だが

 何だ、これ?

 意識はあるが身体が思うように動かない。気付くと俺は声も出すことが出来ないでいた。そして俺の口から、俺の声でこう言うのを聞いた。

「少し身体を借りるね、悟史」

 まさか--レイ!?

 疑いようはなかった。レイが俺に乗り移っていた。

「みなさん」

 レイが俺の身体を動かし、みんなに声をかけた。

「この事件はまだ終わっていません。席に座っていただけませんか?」

 レイの言葉に鵜飼達は眉をひそめた。

「森繁さん、今何と仰いましたか?」

「この事件はまだ終わっていません」

「何を言ってるんだよ。もう終わっただろう」

 織斑が反発した。

「いいえ、終わっていません」

「犯人は自殺したじゃないか」

「あれは誤りです。土井さんは自殺じゃありません。殺されたんです」

「なぜそう思うのですか? それに森繁さん、何か雰囲気が変わっていませんか?」

「それらを今から私が話しますので一度席に座っていただけませんか?」

「は?」

「わ、私?」

 みんな事件より俺の豹変ぶりに疑問を抱いていた。

「あんた一体どうしたの?」

「そういえば自己紹介がまだでしたね」

 黒峰の質問にレイは答えた。

「私の名前は風神レイです。悟史に憑りついている憑依霊です。悟史の身体を借りて、私が事件の真相をお話します」

 

 

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