25 犯人の意図
また犠牲者が出た。水澤に続き今度は火村を殺した。犯人はまだ殺害を続けるつもりなのだろうか。だとしたら狙いは誰か。考えるがどう頑張っても分かるわけはなかった。
「でも犯人はどういうつもりかしら?」
「どうとは?」
黒峰の疑問に間宮が聞く。
「何でわざわざ死因を教えるようなことをするのかしら。胸ポケットにそんなもの入れなければ事故か発作とかに見えたかもしれないのに」
黒峰の言葉に俺はハッとした。
たしかにその通りだ。自分の犯行を教える必要がどこにある。もしまだ犯行を続けるつもりなら、火村を自殺と捉えられ自分がいないと思われた方が犯人に都合がいいに決まっている。
「毒殺っていうのも腑に落ちないわ。前の殺人では首を落とすような残虐な行動を起こしているのに、何で次は毒殺? それに毒を仕込んだのも火村がトイレとかに行った隙にしたかもしれないけど、だったら後を付けてトイレで殺した方が楽だったはずよ」
全く同意見だった。目の前で堂々と毒を入れて火村が止めないわけがない。彼がいない内に仕込んだはずだ。だが食堂から出たのを見たのなら黒峰が言ったような行動が犯人像としてはしっくり来るような気がした。
「もしかしたら、犯人にとってそうせざるを得ない理由があるのかもしれません」
鵜飼のその言葉を聞いて、それは何があるだろうかと考えた。だが俺の頭では『いろんな方法で殺せる俺かっけー!』という馬鹿げた発想しか思い浮かばなかった。犯人は自分を誇示しているのだろうか。
誇示という言葉で、俺はさっきのレイとのやり取りを思い出した。そういえばレイも似たようなこと言ってたな。
なぜ犯人は音をたててドアを閉めていったのだろうか、と。こっそり出ていけばいいものを犯人は慌てて館を出ていった。まるで自分の存在を教えるかのように。ここにも、やはり犯人の意図が含まれているのだろうか。
「なんだよ、もう何なんだよ......一体どうなってんだよ!」
織斑の声が食堂に響き渡った。
「犯人は一体何がしたいんだよ!」
「織斑さん、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか! また犯人がいつ襲ってくるか分からないんだぞ!」
織斑の言うことはもっともだった。犯人が戻ってきたと分かった今、俺達は再び死の恐怖の渦中に引き戻されたのだ。
「くそ、何なんだよ!」
「あ、あの、織斑さん......」
怒りをぶちまけている織斑に鈴木が声をかけた。
「何だ!」
怒鳴られてビクッと身体を震わせる。
「あの、その」
「何だ!」
「な、何とか出来ませんか?」
「は?」
鈴木の懇願に、いきなりなんだというような顔をする織斑。
「何だよ、それ?」
「だ、だって織斑さんは前回のイベントで唯一の正解者だったんですよね?それも、警察顔負けの解答を導き出したと聞いてます。そんな織斑さんなら対策や犯人について何か分かることはないですか?」
前回のミステリーイベント正解者。専門知識もさることながら、発想力、構成力、そして推理力。すべてが高い力の持ち主でなければ解答できないイベント。その中で前回のイベントで完璧とも言える解答を導き出した織斑。鈴木はそんな彼に助けを求めた。
「お願いします。織斑さんの推理で犯人を見つけてください!」
「な、何を。これはイベントじゃなくて、本物の殺人事件だぞ」
「分かってます。でも、織斑さんならきっと出来ると思います。だから--」
「無理だ」
「お願いします!」
「無理だと言っている」
「でも!」
「しつこいぞ! 俺には無理だ。聞いてた話と違うんだからな。これは本物の殺人事件だ。一般人が手を出すべきじゃない、こういうことは警察に任せろ。違うか?」
「それはそうですが--え?」
織斑の言葉に鈴木は困惑した。だがそれは俺も同様だった。
「織斑さん、今、聞いてた話と違うって言いましたよね? どういうことですか?」
「......」
「織斑さん!」
鈴木の問いに織斑は黙ったままだった。
「あなた、やっぱりそうだったのね」
納得したような声を上げたのは長谷川だった。
「噂は本当だったみたいね」
噂?
何かを理解した長谷川。しかし、彼女が何を言っているのか俺には分からない。
「一体何の話ですか?」
間宮も同様だったらしく、長谷川に尋ねた。
「今彼女、鈴木さんが言ったように彼は前回のイベントで唯一の正解者となった。それも完璧な解答を提示して」
長谷川が説明を始めた。
「でも、それに対して他の参加者達からネットでずいぶん叩かれていたわ」
「それはただの嫉妬というか、当て付けでは?」
「そうではないのよ。彼らは織斑の推理が完璧なのは認めていた。でもこうも言っていたわ。完璧すぎる、と」
「完璧すぎる?」
「え~と何だっけ、ミスリードだっけ? それがイベントにあったんだけど、それは誰もが気付かない程疑う余地がないものだったらしいのよ。それを見抜くのは不可能だと」
「その噂なら私も知ってる」
黒峰も話に入ってきた。
「私が知っているのは別のこと。森繁君、一+一は?」
「は?」
いきなりの問題提示に一瞬固まる。
「一+一は?」
「......二、ですよね?」
「違うわ、十よ」
「なぞなぞですか?」
「いいえ、ただの足し算よ」
「じゃあ何で十なんですか?」
「簡単よ。五個詰めの箱が一個ずつ。つまり合わせて十よ」
「いやいや、そんなん分かるわけないじゃないですか」
「そうね。でもこれと同じようなことがイベントであったらしいわ。全く提示されていない問題に彼は引っ掛かることなく正解した。まるで最初からトリックを知っていたように。そうでなければあの解答を導くのは無理だって」
「ちょっと待ってください、それじゃあ......」
「そう、彼は推理したんじゃなく、元々知っていた答えを言っただけ。つまり、彼は主催者側の人間、あるいは答えを買い取ったとか」
「そ、そんなの反則じゃないですか」
「だからネットで叩かれているのよ。あいつは卑怯者だって」
黒峰の話が終わると全員が織斑の方を見た。本人は下を向いたまま動かない。
「......ははっ」
すると織斑の口から笑いが漏れた。
「あ~あ、気付かれたか~。まあ、別に構わないけどね」
「織斑さん、それじゃあ......」
「ああそうさ。そこの二人の言う通り、僕は元々推理なんかしちゃいない」
織斑は肯定の言葉を出した。
「どうして?」
「ただのバイトだよ」
「バ、バイト?」
「ああ。知り合い良いアルバイトがあると紹介されてね。その先があの水澤のイベントだった」
今まで『さん』を付けていた水澤のことを呼び捨てにした織斑。
「参加者として紛れ込み、解答するときにあらかじめ答えを書いた紙を提出するだけ。それだけでいいと言われたよ。結構な額を貰えたよ」
「何でそんなことを?」
「決まってる。金儲けさ」
「金儲け?」
「水澤はイベントで正解者に賞金を渡すとうたっていたんだ。賞金をちらつかせればそれ目的にアホな人間がやってくる。狙い通りわんさか来たよ。そういう連中は高い参加料を払ったとしても正解すれば関係ない、って考えているんだよ」
織斑の話で思い出した。バイトの先輩はこのイベントの参加料として一万円を払っていた。正直高いなと感じたし、倍率も高いと言っていたがこんな背景があるとは思いもしなかった。
「だけどそんな連中に本当に頭のいいやつがいないとも限らない。もし正解なんかされたら賞金を払わなくちゃならない。本当はそんなつもりないんだけどね」
ははっ、と馬鹿にしたような笑いを上げる織斑。
「だから絶対に正解者を出すわけにはいかない。誰もが間違うように誘導し、そして正解者を出させない。でも誰一人いないとなると怪しくなるし参加者に疑問や不満を抱かれない。そのための僕さ。身内の人間が正解すれば賞金は払わなくて済むし、正解者がいれば参加者も自分の推理が足らなかったんだと勝手に判断する」
「それはりっぱな詐欺ではないですか」
鵜飼が驚きと怒りが混ざったような口調で答えた。
「そうだね。でも僕はお金さえ貰えれば何だろうと構わない」
「あんた、腐ってるね」
黒峰が嫌悪感全開で織斑を蔑んでいる。
「そうかもね。でも、僕がどんな人間だろうが赤の他人であるあなたには関係ない」
ここまでひねくれた人間を俺は初めて見た。彼のこの性格はどう頑張っても更正することはない気がする。
「じゃあ、もしかして今回も?」
ショックをあらわにしながら間宮が質問する。
「ああ、そうさ。バイトで来たよ。今回も前と同じように言われた通りにやるだけだったのに、水澤は殺され、そのあと火村ってやつも。何なんだよ、何で僕がこんな目に」
それはこっちの台詞だ。
もし部外者として見ていたなら、いい気味だと思っていたかもしれない。だが同じ状況下にいる俺もいることから、そう口にすることは出来なかった。
「だから僕は推理はしない。そもそも出来ないんだからね。それに推理がなんだっていうんだい? 名探偵にでもなるつもりかい? バカだな、現実を見ろよ。小説みたいな探偵なんかいやしない。なることだって無理だ。言わせてもらうなら、そんなことよりもどうやって生き延びるかの方が重要だと思うけどね」
織斑には腹が立っていたが、最後の台詞には同感だった。
「......そうですね。今はどうやって犯人から身を守るかを考えましょう」
鵜飼が話を現状に引き戻した。
「で、でも何をすればいいんですか?」
不安を滲み出させながら鈴木が問う。
「やっぱり休憩室に閉じ籠った方が--」
「でもそれだと逃げ場がない。唯一の入り口に火なんか付けられたら全員焼死よ」
「犯人を捕まえるとか?」
「それはリスクが高すぎます。どんな人物か分かりませんから」
あれこれと話し合いを始まったが、明確な対策は中々出てこない。
「せめて犯人の狙いさえ分かれば......」
鵜飼の言葉に俺は少し迷った。
レイの考えを言った方がいいのだろうか?
レイの意見は的を得ていたと思う。彼女は最後結論を言おうとしていたが、その前に間宮が部屋に来たので聞き損ねてしまった。
誰かが何かに、レイと同じ答えに気付くかもしれない。
横をチラッと見るとレイがいた。目が合うと俺の思っていることが分かったのだろう、一度頷いた。
俺はみんなに声をかけた。
「あ、あのちょっといいですか?」
みんなが振り向き、俺はレイの考えを伝えた。もちろん、レイのことは言わず、俺が思いついたように。
「たしかに、森繁さんの言う通り疑問がありますね」
間宮が最初に答えた。
「でも、どんな意味が?」
「俺もそこまでは」
「いや、二つ考えられるわ」
黒峰が指摘した。
「ど、どんな?」
「一つは、犯人が自分はこの館を出ていったと思わせること。本当は出ていっていないのに大きな音を出して勘違いさせる」
「そうか! それでまた火村さんが殺されたのか!」
「でも、それはおかしい」
「えっ、でも当てはまりませんか?」
「もしそうなら裏口のドアを開けっぱなしにしとく必要がない。騙すだけなら行動するときに開ければいい」
「あっ、そうか」
「じゃあもう一つは?」
黒峰に聞くが話そうとしない。何か躊躇っているようだ。
「黒峰さん?」
「......これは信じたくないことだけど。犯人が存在しているように見せかけること」
「何言ってるんですか? 犯人は現に--」
「水澤と火村を殺した犯人はいるわ。でもそれは、私達以外の人間の仕業じゃない」
「え?」
黒峰の言葉に俺は驚愕をあらわにした。
「あたかも部外者がこの館に侵入して犯行をした、いわば架空の犯人を作り上げることが考えられるわ」
「ち、ちょっと待ってください! それじゃあ......」
信じられない結論が黒峰の口から発せられた。
「そう。水澤と火村を殺した犯人は私達の中にいる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます