第二の殺人
24 再び
「亡くなった?」
「はい! 火村さんが亡くなったんです!」
「いなくなったんじゃなくて?」
「いなくなったんじゃなく、亡くなったんです! 死んでいるんです!」
聞き間違いかとも思ったが、そうではなかった。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。何で火村さんが......」
「分かりません。私も知ったばかりで詳しくはまだ」
だいぶ取り乱しているようで、グシャグシャの髪が間宮のその気持ちを表しているようだ。
昨日あんなことがあった後だ。嫌でも死というものに過敏に反応してしまう。だが解決したのだ。もう終わったのだ。これ以上死に関わることはないはずだ。
「あの、事故か何か......ですよね?」
昨日火村が酒を飲むようなことを言っていたのを思い出した。だからお酒を飲みすぎて部屋に戻る途中、階段から落ちた。そんなところではないかと思ったが、間宮の口からは信じられないワードが出てきた。
「いや、鵜飼さんの話では、おそらく殺されたのではないかと」
殺された?
「いやいや、嘘でしょう。だって、もう......」
もう犯人はこの館から逃げた。それは昨日判明したではないか。
「詳しいことは下で話します。みなさんも集まっていますからすぐに食堂に来てください!」
そう言って間宮は部屋から出ていった。
「なんだよ、一体どうなってるんだよ......」
着替えもそこそこに俺はまっすぐ食堂に駆けつけた。ドアを開けると既に全員集まっており、長テーブルの中程に固まって立っていた。さらにその奥、昨日俺が座った席の所に男が一人テーブルに伏せ、鵜飼が身体を屈めて見ている。
「あ、あの、一体」
「今鵜飼さんが調べてる。終わるまで待って」
黒峰がきっぱりと言い、俺はそれに従い黙った。
テーブルに伏せている男は火村だった。昨日と同じ服装で、顔をこちらに向けている。こちらから犯人に責めるとあれほど攻撃的な火村だったが、その面影はどこにも見られない。目を薄く開いたまま、生きていれば誰もがする瞬きが見られず、その目が閉じられることはない。死んでいるのは明らかだった。
しばらくすると鵜飼が身体を起こした。
「鵜飼さん......」
土井が震えながら声をかける。
「残念ですが、もう既に亡くなっています」
鵜飼の結果報告に誰も何も答えられず、場はシーンと静まりかえっている。
「毒物、おそらくトリカブトを飲んだんでしょう」
「トリカブト?」
「トリカブトって、小説とかでよく出てくる猛毒の?」
「はい。トリカブトはドクウツギ、ドクゼリと並ぶ日本三大有毒植物です。北海道の山に多く生息していて、花や葉、花粉にまで毒が含まれるとされ、その中でも根が一番毒性が強い植物です。摂取すると舌がピリピリと痺れ、初期症状としては目眩や嘔吐を引き起こします。進行すると呼吸困難や心停止が起き、最悪の場合は死に至ります。若葉の見た目がニリンソウという食用植物と似ており、ベテランでなければ区別がつかず、誤って食してしまう事故がたびたびあるんです」
「では、彼はそのニリンソウを食べたと?」
「いえ、ニリンソウはおひたしなどにするそうですが、ここにはそれらしきものはありません」
テーブルを見ると缶ビールに焼酎、摘まみの袋が置かれていたが、料理されたものは何一つなかった。
「おそらく、このコップにトリカブトの粉末を入れて飲んだのでしょう」
お酒が少し残っているコップを鵜飼は示した。
「〇、二グラムから一グラム、錠剤一つくらいの量でほぼ確実に死に至ります。溶け残りはありませんが、これを調べれば成分が出てくると思います」
「そんな少ない量で......」
「それだけトリカブトは危険な猛毒植物なんです」
一グラム。風で軽く吹き飛ぶ量のものが、何十キロの重さの人間の命をあっさりと奪う。小さきものが大きなものに勝つ。聞こえは良いがこの場では恐怖にしか聞こえない。
「でも、そんな簡単に手に入るものなの?」
「手に入れるだけならネットで一発じゃない。山にも生えているっていうんだから自分で採ることも不可能じゃないんじゃない?」
長谷川の疑問に黒峰が答えた。
「でも、知らなかったわ。普通毒物による死亡かどうかは遺体を解剖しないと分からないものだと思ってた。トリカブトの場合は何か特徴とかあるの?」
「いや、何もありません。黒峰さんの言う通り解剖して詳しく調べてみないと判明しません」
「じゃあ何でトリカブトだと?」
「これです」
そう言って鵜飼はあるものを俺達に見せた。手のひらサイズで細長く、白く薄い紙だった。
「これって......栞、ですか?」
鈴木が自信なさげに答える。
「はい。本に挟む栞です。和紙で出来ています」
本屋によく置いてある固そうなものではなく、ふわふわとした見た目で柔らかそうな栞だった。その栞には一輪の押し花が付けられている。花の色は紫。
「まさか、この花が......」
「はい。トリカブトです。火村さんの胸ポケットに入っていました」
火村の身体を調べているときに見つけたようだ。
「たしかに、あの男には栞なんて似合わないわね。しかも新しい。まるで今さっき購入したみたいに」
黒峰の言う通り栞は汚れ一つなく、折れ目すらない。
「つまり、最近入れられたってことね」
「入れたって、誰が......」
「決まってる。犯人しかいない」
「犯人って?」
「水澤を殺した犯人しかいないじゃない」
「そんな! そいつはもうこの館から出ていったじゃないか!」
黒峰の言葉に織斑が取り乱す。
「戻ってきたってことでしょ」
「そんな......」
「嘘......」
黒峰の言葉に再び恐怖に飲み込まれる。
「いえ、それはありえません!」
しかし、土井が叫んで否定した。
「昨日あれから私はすべてのドアを施錠し、確認しました。入れるところはありません」
「窓を割って侵入したかも」
「この館の窓は今のような天候がたびたびあるので、すべて強化ガラスだと聞いております。以前太い木の枝が飛んできて割れたので付け替えたと」
「じゃあ、どうやって犯人は......」
ドアはすべて土井によって施錠されている。窓は強化ガラス。あと外と繋がる場所は暖炉の煙突くらいだが、いくらなんでも上り下りは無理だろう。
「だから犯人なんかいない! そいつはもうこの館にはいないんだ! 昨日それが分かっただろう!」
「だったら火村は何で死んだのよ?」
「自殺さ! 自分でトリカブトの粉を酒に入れて飲んだんだよ!」
「いえ、それはないと思います」
織斑の答えを鵜飼が否定した。
「織斑さん、自殺しようとした人間は食事をどうすると思いますか?」
「知るかよ!」
「答えてください」
怒鳴る織斑に対し落ち着いた声で言った鵜飼だが、威厳は鵜飼の方が勝っていた。その威厳に圧され、怯みながら織斑が答える。
「た、食べると、思う」
「毒を飲む前と後では?」
「ま、前かな」
すっかり萎えてしまった織斑たが、俺も同様に思った。鵜飼は何を聞きたいのだろう。
「その通りです。自殺者の多くは食べてから毒を飲むか何も食べずに毒を飲むかのどちらかしか属しません。毒を飲んでから食事をする人はまずいません」
「どういうこと?」
長谷川が疑問を上げる。
「火村さんの口の中に砕けたナッツが見えました。これはナッツを咀嚼中に毒が回って亡くなった証拠です。自分で毒を飲んだならナッツを食べることはしません」
「じゃあ何で口にナッツが?」
間宮が疑問を口にした。
「そ、それって毒を飲んだことを知らずに食べていたってことですか?」
鈴木が不安がりながら答えた。
「はい、その通りです。自殺なら自分が毒を飲んだことを知らないわけがありません」
「そ、そんなこと分からないじゃないか。もしかしたらまた食べたくなって食べたのかも」
「その可能性もなくはないでしょうが、極めて低いと思います。それにもう一つ自殺ではない根拠があります」
「ど、どんな?」
「容器です」
「容器?」
「トリカブトを入れていた容器です。紙でもいいでしょう。それらしき物がどこにも見つかりませんでした」
毒を運ぶのにまさか手に乗せたり握ったりして運ぶ者はいないだろう。鵜飼の言う通り、自殺ならそれを入れていた容器が手元になくてはならない。
「よって火村さんは自殺ではありえません。事故という線も薄い。残るは他殺、殺されたとしか考えられません」
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