19 一安心
休憩室に戻ると思った通り三階のメンバーは既に戻っていた。
「そっちはどうだったよ?」
椅子に座っている火村が首だけを回して聞いてきた。
「誰もいませんでした。そちらは?」
鵜飼も聞くが回答は同じだった。
「こっちもいなかった。展示室なんか隠れやすいだろうからくまなく探したがネズミ一匹いやしなかった」
あっさり言う火村だが、他のメンバーを見ると疲労と不安がない交ぜになったように暗い表情をしていた。
「んじゃ後は一階だけか。こいつらも戻ってきたことだし、行くか」
「ま、待ってください!」
立ち上がろうとした火村が中途半端な位置で止まった。声のした方を向くと織斑が悲痛な顔でこちらを見ていた。
「あ、あの......」
「何だよ?」
火村が織斑を睨み付ける。
「ぼ、僕はここに残っていいですか?」
「あ? 何言ってんだ、お前」
「そ、その、つ、疲れたんです。休ませてください」
「みんな疲れてるんだよ。休みたいのはお前だけじゃねぇ」
「で、でも」
「それに話し合ったよな? 二階、三階は別々で調べて、最後に一階は全員で調べるってよ」
「そ、それはあなたたちが勝手にそう決めたことで」
「でもお前は反論もせず三階に付いてきたじゃねえか」
「それは、そうですが」
「だったら文句言わず付いてこいよ」
「......断る」
「今、お前なんつった?」
「断ると言ったんだ」
「てめぇ......」
火村が近付き、さらに睨みを効かせたが織斑は怯まず叫んだ。
「そんなに犯人と戦いたいならお前達だけでやれよ! 僕を巻き込むな!」
「巻き込むな? ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ! お前にも関係あることだろうが!」
「勝手に連れ回して何が関係あるだ! 一緒に行動させて無理矢理巻き込んでいるだけじゃないか!」
「お前、本気で言ってるのか?」
「本気も本気だ! 人の首を切るような狂った殺人鬼がいるっていうのに何をゲームみたいに探し回ってるんだよ! 勇者にでもなったつもりか?」
「いい加減にしろ、それ以上アホなこと抜かすと黙ってねぇぞ」
「アホ? どっちがアホだ! 自分から危険に飛び込んでいるお前と一緒にするな!ここに集まって入り口を固めた方が良いに決まってる! そうすれば向こうは手出しが出来ないんだからな! それをお前は、犯人探し? それが僕達みんなを危険に晒しているって気付かないお前の方がアホだろうが!」
「てめぇ!」
とうとう我慢の限界を超えた火村が織斑の顔を殴った。華奢な身体の織斑は派手に殴り飛ばされ、壁に強く叩きつけられた。
「火村さん!」
「止めなさい!」
間宮、土井、俺と三人掛かりで火村を止めに入る。興奮が治まらない火村はなおも織斑を殴ろうと前に出る。力がすごく、必死にしがみついた三人でやっと抑えられるぐらいだった。
「てめぇ、立てこらぁ!」
「火村さん落ち着いて!」
「暴力はいけない!」
「うるせぇ、離せ!」
完全に頭に血が上り、治まりそうもない。
「ふざけんじゃねぇ! 自分でどうにかしようとは思わねぇのかよ! 根性無さそうに見えてたがそのままかよ! 情けないとは思わねぇのか?」
「根性なんかでどうにかなるんですか?」
殴られて唇を切ったようで、口を拭いながら織斑が立ち上がった。ダメージが大きいのかフラフラと足元がおぼつかない。鵜飼が織斑を支えていた。
「てめぇは男だろ! 男なら戦うという意志はねぇのか?」
「僕は武術を習ったことはない」
「戦うったって格闘だけじゃねぇだろう! 頭でも戦えるだろうが! お前は前回の正解者で切れ者だろうが!」
「そういうことは切れ者に言ってくれ」
「あ?」
織斑の言葉に火村の動きが止まった。
「おい、そりゃどういう意味......」
バタンッ!
大きな音が聞こえた。
突然聞こえた音に俺達は固まった。
何だ? 今の音は?
耳を澄ませるがこれ以上何か聞こえることはなかった。
「今のは一体......」
間宮が火村の腕を抱えながら辺りを見て、音の出所を探している。
「ドアみたいなのが閉まる音でしたね」
織斑の傍にいる鵜飼がドアの方を向いた。しかし休憩室のドアは元々閉まっていた。最後に入った俺が閉めたので間違いない。それにさっきの音は大きかったが遠くから聞こえてきたような気もする。
「もしかして、玄関ですか?」
鈴木が震えながら言った。
それを聞いた火村が俺達を振り払い、休憩室を飛び出していった。
「火村さん、待ちなさい!」
「僕達も行きましょう」
間宮の言葉に頷き、俺達は火村の後を追った。
玄関に向かうと火村がドアのノブをガチャガチャと鳴らしていた。
「くそ、なんだよ」
どうやらドアが開かないようだ。
「そこは鍵がないと開きません」
後ろから土井が近付いて言ってきた。
「そのドアは特殊でして、一般の家のものとは異なります。普通、家の中からならつまみを回して鍵をかけますが、そのドアは外からと同じようにこの鍵を使わないと鍵をかけられないのです」
胸ポケットから取り出した鍵を見せながら土井は説明した。
「いつから鍵をかけていたんですか?」
「森繁さんが到着した後です」
ということはそれ以降、一度もこのドアが開いたということはない。
「じゃあ、さっきの音はどこから?」
「そういえば、キッチンの向こう側にもドアがあったわよね?」
長谷川が思い出したように言った。
「そうだ。たしかにあった。そうですよね? 土井さん」
「はい、ございます。裏口になります」
間宮の問いに土井は答えた。
「そこの鍵は?」
「...... まだかけておりません」
それを聞くと火村はまた真っ先にすっ飛んでいった。
「一人では危険です、火村さん!」
止める鵜飼の声も届かず、俺達は急いで火村を追った。
キッチンの隣に細い通路があり、右側にはドアが二つ存在した。一つは土井の部屋、もう一つは倉庫となっている。通路の奥には一枚のドアがあり、土井の言っていた裏口があった。火村はその手前で立ち止まっていた。
「火村さん、どうしました?」
間宮の質問に火村はアゴでドアを示した。ドアを見ると少し開いており、隙間から雨と風が入り込んでいた。強い風に押され、小さくだが開いたり閉じたりを繰り返していた。
火村がドアを閉じるがまた自然に開いた。
「すいません、この裏口のドアだけ立て付けが悪いのか、きちんと閉めないと独りでに開いてしまうんです」
そう言って前に出た土井がドアを閉めた後、グッと力を入れて押し、手を離すとドアが開くことはなかった。
「立て付けが悪いと言いましたが、風で開くほどですか?」
「いや、そこまでは。一度ちゃんと閉めたらドアノブを回さない限り開くことはないはずです。それに、たしかに閉めたはずなのですが......」
土井は不思議そうにドアを見ている。
「じゃあこのドアが開いてたってことは......」
「誰かが開けたからだな」
火村が答えた。
「誰かってまさか」
「犯人しかいねぇだろ。音がしたとき俺達全員休憩室にいたんだからな」
その通りだ。バタンという音を聞いたとき、誰一人欠けてはいなかった。それはつまり、自分達以外の人間がいたということ。
「犯人は出ていったんだよ。慌てて出ていったからドアが閉まらなかったんだ」
「出ていった?」
「ああ」
「本当に?」
「間違いないぜ」
「じゃあ、もう安全なのね?」
「そうだ。犯人はビビって逃げたんだよ」
「やった~!」
織斑が歓喜の声をあげた。
「よかったわ。これでもう何も心配要らないわね」
「そうですね」
「ホントよかったです」
「あ~やっと解放される」
それぞれ恐怖から抜け出せたことに喜び、俺も安堵した。
もう不安になる必要はない。神経を研ぎ澄ませ襲われないようにする必要もない。俺達は解放されたのだ。
しかし、一つの不安要素はなくなったが、別の不安要素が残っていた。
レイの安否だった。いまだ姿を現さない彼女が大丈夫なのかと不安が渦巻いている。
「もうヘトヘトだわ。私部屋で休ませてもらうわ」
「僕も」
「わ、私も」
「俺は飲むぜ。今いい気分だからな。こんなときに飲む酒はうまいぜ~」
みんな回れ右をし歩きだした。俺も肉体的にも精神的にも疲れ果てていたので、部屋に戻ることにした。
「こりゃ酷いな」
振り向くと土井が裏口前の床を見て嘆いていた。大量の水が入り、左の壁側に大きな水溜まりが出来ていて、これから処理するとなると結構な時間が掛かりそうだなと思った。
手伝った方がいいかなとは思ったが、疲れ果てていたので早く休みたく、土井には悪いと思いながら声をかけずに俺はその場から立ち去った。
部屋に向かう階段でボーン、ボーン、と零時を示す鐘の音が響き渡った。
長い長い一日がようやく終わった。
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