第一の殺人(続き)

18 驚愕の事実

 俺達の求めていた情報がたしかにあった。

 レイを殺した男の情報。いまだ捕まっていないらしく、しかも目撃されていないのでどんな男か見当もつかないが、それでも俺達にとっては大きな進展だった。K県での事件とされているので犯人の行動範囲が限定され、日本のどこかとも分からなかった今までに比べたら恵みの情報と言っても過言ではない。

 さらにレイの本名まで知ることができた。

 速水紗栄子。二十一歳。

 出会ったときから俺より年下かなと疑問に思っていたが、それは間違いではなかった。本名を知れたことは大きな一歩だ。名前から家族や住まいを特定できるだろうし、そこを起点に犯人特定までたどり着けるかもしれない。

 だがそれと同時に、いやそれと引き換えにレイは苦しむことになってしまった。本当なら大喜びしていてもおかしくないのだが、逆に彼女は頭を抱えて苦しんだ。

 レイはこの部屋に何かある気がすると言っていたが、同時に危険も匂わせてもいたのだ。自分が自分でなくなると。俺はそれを聞いていたはずだ。なぜもっとそのことを頭に入れていなかったのか。

 今さら後悔しても遅い。既にレイは苦しみ、姿を消してしまっている。おそらく大丈夫だと思うが、しばらくは姿を現せないだろう。

 何やってるんだよ、俺は!

 悔しさと自分の愚かさに例えようもない怒りが込み上げ、自然と握りこぶしを作っていた。手のひらに爪が食い込み、血が滴り落ちたがそれでも力は弱まるどころか強くなる一方だった。

「--さん、森繁さん!」

 気付くと目の前に鵜飼の顔があった。肩に手をやり、どうやら揺すっていたようだ。

「鵜飼...... さん」

「よかった、気が付きましたね」

 鵜飼の表情が一気に柔らかくなり、心から安堵したようだった。間宮も黒峰も同様だった。

「大丈夫ですか?」

「あ...... はい」

「一体どうしたのですか?」

「いや、別に...... 」

「別にじゃないでしょ。あんなに取り乱しといてそれが通用すると思ってるの?」

 黒峰の言うことはもっともだった。あれだけの行動をしたのだ、説明した方が良いのは承知している。しかし、本音を言えば話したくなかった。

 レイの存在は秘密にしていた。それは話しても信じてもらえないというだけではなく、無闇にこちらの情報を与えないという意味も含まれていた。

 今まで情報がないと嘆いていたが、実は最初のうちから最も情報が手に入りやすい方法を思い付いていた。

 それは似顔絵だ。レイの似顔絵を描いて周辺に聞き込みをするなりすれば簡単に情報が入っていたかもしれない。

 しかし、これはリスクが高いとレイが止めたのだ。なぜなら、この方法は犯人と対面する可能性があったからだ。誰が、どんな人物がレイを殺したのか分からない。もし聞き込みをしていたら、たまたま聞いたその人物が犯人、もしくは犯人の知人ということが起こりかねない。そうなった場合、犯人に自分が探されていることが知られ、邪魔と判断した犯人が俺を消そうとして危険が迫るかもしれないと彼女は言ったのだ。

 俺は構わないと言ったのだがレイは断固として反対した。話し合いの結果、結局俺が折れ、似顔絵作戦は中止になった。

 そんなことがあり、俺は誰にもレイのことを話さず、資料を漁るという方法を取らざるを得なかったのだ。たとえ家族であろうとも口にすることはなかった。

 しかし、これは誤魔化しようがない。ふざけてやりました、等という理由は通用しないだろう。

 正直に話すしかないか......。

 俺はそう判断した。本当ならレイにも同意を求めたかったが無理であろう。

「分かりました。話します。俺が今誰に話し掛けていたのかを--」

 俺は三人にレイのことを説明した。


 

「幽霊ね...... 」

「これは、何と言えばいいのか」

「そんなことが...... 」

 話終えると鵜飼達は複雑な表情をしていた。

「信じられませんよね」

 やはり無理だなと思った。

「いや、そうではないですよ」

 しかし鵜飼は否定した。

「たしかに信じがたい内容ですが、突拍子もない話ではない。矛盾点が見つかるどころか、妙にしっくりくる話のように聞こえました。個人的に言わせてもらえば現実的だなと思います」

「え?」

 思わぬ返答が返ってきた。

「僕もそう思います。あなたが嘘を言っているようには見えません」

「私も同感よ」

 黒峰も間宮も同様に信じてくれた。

「もし作り話だったとしたらいくらなんでも緻密すぎるわ。それに、さっきのあなたの変容ぶりはとても演技に見えなかったし」

 誰一人否定しなかったことに俺は驚いてしまった。幽霊の存在を信じる者がどれくらいいるのかは知らないが、心から信じている者はおそらく少ないと思う。その存在を信じ、ましてや目的さえも信じてくれる者など一握りしかいないと考えていた。その一握りが今目の前にいる。それも三人全員。

「私達は、あなたの話を信じますよ」

 鵜飼がはっきりと言った。後ろの二人も頷き、嘘をついているようには見えなかった。

「あ、ありがとうございます!」

 俺は心から感謝し、深々と頭を下げた。こんなに嬉しく思ったのはいつ以来だろうか。

「あっ、でも一つお願いがあります」

「何ですか?」

「このことは他の人達には話さないでください」

 俺のお願いに間宮が疑問を持った。

「えっ、どうしてですか? 他の人にも話せばもしかしたら情報が」

「あんた馬鹿? 私達が信じたからといって他の人達も信じるとは限らないでしょうよ。それに話聞いてなかったの? 無闇に周りに知られたくないって」

「あっ、そうか。すいません、森繁さん」

「いえ」

 黒峰と間宮のやり取りを見て思わず笑みが溢れてしまった。信じてくれる人がいることがここまで心を軽くするとは思わなかった。

「分かりました。このことは私達だけの話にしましょう」

 鵜飼がそう言い、間宮と黒峰も約束してくれた。

「しかし、この記事は妙ではないですか?」

「どういう意味ですか?」

 鵜飼の言葉に疑問を持つ。

「別に変ではないでしょうよ。水澤は殺人やミステリーの記事を集めていたんだから、それがあっても不思議じゃないわ」

「いえ、そうではなくこの記事が貼ってある部分のことです」

 そう言って鵜飼は指を差し、俺、黒峰、間宮はその先を見た。よく見るとその記事の回りだけ少し汚れているように見え、傷んでもいるようだった。

「たしかに、その記事の辺りだけずいぶんボロボロですね」

 間宮が率直に見たままを言った。

「たぶんですけど、これは垢ですね」

「垢?」

「はい。何度も同じところを触ると垢が付きこのように汚れたりするんです」

 鵜飼が見解を言った。

「ってことはこの記事を何度も触った?」

「というよりは何度も読み返したと言った方が正しいと思います」

 レイが被害者となった連続殺人の記事を水澤は読み返していた? どうして?

「すいません、鵜飼さん。もう一回最初から捲って他にこの連続殺人の記事がないか見てもいいですか?」

 そう言うと鵜飼は頷き、一ページ目から捲り始めた。今度はゆっくり捲り、注意深く記事を探していく。

「あっ、これ」

 途中黒峰が指を差した。そこには連続殺人の発端となる最初の事件について書かれていた。

「ここも汚れていますね」

 その記事もさっきと同じように回りの記事に比べ明らかに汚れていて、今にも崩れそうな程だった。その後も探すと、連続殺人の記事だけ異様に読まれていたことが分かった。

「この事件だけ...... 」

「今回の事件と関係が?」

「分かりません。ですが、水澤さんはこの連続殺人について特に関心を抱いていたのは間違いないでしょう」

「なぜでしょうか?」

「それが分かれば苦労しないわ」

 水澤はなぜこの連続殺人について何度も読み返したのだろうか。理由を知りたかったが、それはもう叶わぬ願いだ。水澤はもう死んでしまっているのだから。

「水澤さんに聞けば何か分かったかも知れませんでしたね」

「ええ、ちょっと残念です」

 非常に悔しかったが、落ち込んだところで何かが分かるわけでもない。気持ちを切り替えて俺は言った。

「あの、そろそろ戻りませんか? たぶん三階の人達も降りていると思いますから」

「そうですね、一旦戻りましょう」

 ファイルを元に戻して、俺達は部屋のドアに向かった。最後だった俺はドアを閉めようと身体を室内側に向けたとき、ふと机を見た。

 あの机で水澤は記事を読んでいた。

 そう思うと、椅子に座り熱心に記事を読む水澤の姿が見えたようだった。その目は興奮しているようにも見えた。

「あんたは一体、何を知っていたんだ?」

 声をかけるが、想像の水澤が答えるわけもなく、その姿は自然と消え、誰もいない机があるだけだった。

 間宮に声をかけられ、俺は静かにドアを閉めた。

 

 

 

 

 

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