17 いざ、入らずの間へ
部屋を出た後、俺達はトイレ、残りの空室、参加者の各部屋を確認して回ったが誰もいなかった。各部屋はみんな鍵をかけているというので、ドアノブを回して鍵がかかっているかを確認しただけだった。土井にも聞いたところ、合鍵は一つしかなく、常に自分が肌身離さず持っていると鍵束を見せていた。つまり、鍵がかかっているということは犯人が部屋に侵入出来ないことを意味していた。
「あとはこの部屋だけですね」
俺達の目の前にある部屋のドアを見ながら間宮が言った。
階段から右に曲がり、左側の一番奥の部屋。
禁断の部屋。ミステリーイベント主催者水澤孝輔の部屋。誰かに殺され、主のいなくなった部屋。そして、俺とレイが探している手掛かりがあるかもしれない部屋。
このイベント中にこっそり忍び込もうと考えていたのだが、こんな堂々と入れることになるとは思わなかった。本来なら入ってはいけないが、状況が状況だけに土井も認めてくれた。
心臓がドクドク言っているのが聞こえ、気持ちが焦っているのが分かる。犯人がいるかもしれない、手掛かりがあるかもしれない、という二つの不安と期待から鼓動が速まっていた。
焦ったってなんにもならない、落ち着けと深く息を吸い込む。
これは願ってもないチャンスだ。危険があるかもしれないが、俺とレイの一番の目的を果たせるまたとない機会だ。
隣にいるレイも同じ気持ちなのだろう、何かを決意をしたような真剣な顔をしている。
「開けます」
間宮が中を確認してから俺達も部屋に足を踏み入れた。
侵入を禁止していたことから、部屋の中には人に見られたくない何かがあるのではないかと思っていたが、特に目立った物はなく質素な部屋だった。奥に机と椅子、左右には本棚や収納棚があり、中央にテーブルとソファーが二脚。ドラマとかで見る社長室や書斎のようだった。
ただ、その分死角が多かったので注意して観察する。テーブルの下、収納棚の中、机の後ろなど恐る恐る見てみるが誰もいなかった。
「どうやら二階には犯人は潜んでいないみたいですね」
ホッと一安心した間宮が言った。
「あとは三階と一階だけになりましたね」
「三階の人達は大丈夫でしょうか?」
「今のところ変化がないですからおそらく問題ないと思います」
鵜飼も安心したのかソファーに腰かけ、小休止している。彼も相当気力を消耗したようだ。
犯人がいないことに俺も安心したが、休むわけにはいかない。もう一つの目的を果たさなくてはならないからだ。次いつこの部屋に入れるか分からないし、もう来れないかもしれない。何もせず出ていくわけにはいかないのだ。俺はすぐに行動し、自分が見ていない本棚を調べてみる。
この本棚には最近使ったり利用しているだろうビジネス書や専門書、参考書が並んでいた。このイベントもここで考えたのだろう、トリックの作り方のような本もある。
そういえば......。
俺は書庫での出来事を思い出した。
頭上から落ちてきた本を戻そうとしたとき、本の表紙と本体のタイトルが違うことに気付いたことを。表紙のタイトルは『人の心を操る方法』だが本体は『殺人の方法』。
もしかして、ここの本も?
そう思って手に取り調べてみるが入れ替わっていることはなかった。他にも何かないか調べるが手掛かりになりそうなものは何もなかった。
ここも違うのか......。
レイがいつもと違う感覚を受けていたのでもしかしたらと思っていたが、どうやら外れだったようだ。
「ねぇ、これ何だと思う?」
諦めようとする直前に黒峰が尋ねてきた。彼女は机の引き出しを開けて何かを見つけたらしい。
「どうしました?」
休んでいた鵜飼も黒峰の傍に近付き、彼女が指摘した物を見る。
「これは......ファイルですね」
視線の先には黒い無記名のファイルが引き出しに入れてあった。
「見てみますか」
「いいのですか?」
「水澤さんが殺された手掛かりが何かあるかもしれません」
一度は止めたが、鵜飼も中身が気になったのだろう強くは止めず黒峰が捲るのを一緒に見つめた。
ファイルの中には新聞や雑誌の切り抜き、ネットからコピーしたような紙が貼られていた。内容を見ると殺人事件や推理小説のコメントなどが書かれていた。
「事件ものばっかりね」
パラパラと捲りながら黒峰が呟く。
「これはたぶん水澤さんが開くミステリーイベントの資料ではないですかね」
「資料?」
「実際の事件や小説からヒントを受けてイベントに反映してたのではないかと」
「じゃあ今回のイベントの元も」
「あるかもしれませんね」
次々とページを捲るが、俺には同じような記事しか貼られていないように見えた。
ただの仕事道具と分かり、拍子抜けしてしまった。俺はファイルから目を反らし、レイの様子を見てみた。彼女も同様にファイルを覗いており、落ち込んでいないだろうかと少し心配したが、杞憂だったようだ。
しかし、黒峰が次のページを捲るとレイに変化が起きた。
目を大きく開いて驚き固まっていた。小刻みに身体が震え、絶望というのか、それは今までに見たこともない顔だった。とてつもない衝撃を受けたようで口に手をあて後ずさり始めた。
何だ、どうした? とレイの異常な驚きに、俺は再びファイルに目を向ける。鵜飼や間宮の頭が邪魔でよく見えない。
「すいません、ちょっと見せてもらっていいですか?」
「どうしたの? 急に」
「いや、ちょっと気になる記事があったんで」
そう言ったが見つけたのはレイで俺はどの記事かは知らない。
「いいわよ、はい」
俺はファイルを受け取り記事を読む。『N県で一家殺害の男逮捕』『法の穴を突いた姑息な詐欺師』『今読むべきミステリーベスト五』『殺人者の今』
どれも目を引くような記事ではないなと読んでいたが、次の新聞の記事に俺は目が釘付けになった。
『またも被害者! 女性連続殺人五人目!』
『K県で起きている女性連続殺人事件。そこに新たな犠牲者が出てしまった。名前は○○○さん三十一歳。九月十七日夜八時頃、○○○さんは仕事からの帰宅途中犯人に襲われた。死因は首を絞められたことによる窒息死。死後腹部を何ヵ所も刺され、これまでの事件と同一の手順から同じ犯人と警察は判断。しかし現場はどこも人通りも少なく、目撃証言も出てこず、犯人の特定に困難を極めているそうだ。また、これまでの被害者達との関連は--』
「ああ、それ連続殺人の記事ね」
「今でも話題になっています」
「たしかまだ犯人が捕まっていないとか」
「全く。首を絞めた後にさらに腹を刺すなんて残虐極まりない」
黒峰達が何かを言っているが全く耳に入ってこなかった。
「それで、その記事がどうかしたの? 別に大した情報は書かれていないと思うけど」
その通りだ。特に目を引くことが書かれているわけでもない。そもそも俺は文字など読んでいない。俺が目にしているのは文字ではなく写真だ。
記事の中にこれまで被害にあった女性の写真が四枚載せられていた。左から順番に第一の被害者と記され、三番目、つまり第三者の被害者に俺は目が離せなかった。
レイだった。髪形、目、鼻、口とどこから見てもレイの顔がそこに載っていた。
名前は速水紗栄子。二十一歳。
「嘘だろ......」
ハッ、として俺はレイの方を振り向く。彼女は床に座り込んでいた。
「レイ!」
俺はすぐレイの傍に寄った。
「レイ! しっかりしろ!」
レイは放心しているのかどこか遠くを見つめている。
「レイ! おい!」
「ちょっと、ビックリするじゃない。急にどうしたのよ」
黒峰が文句を言っているがそれどころじゃない。
「レイ!」
「うるさいわよ。一人で壁に向かって何やってんのよ」
「森繁さん?」
レイの姿が見れない黒峰達は俺の行動に不思議がっているが、説明する暇など俺にはない。
「うるさい、少し黙ってろ!」
一喝して黒峰達を黙らせる。
レイはまだ放心したみたいになっている。肩でも揺らしたり頬を叩けば正気に戻るだろうが、幽霊のレイにはそれができない。触れることが出来ないからだ。こうして声をかけるしかない。
「レイ! 大丈夫か!」
するとようやくレイの目線が動き、目があった。
「レイ!」
もう一度声をかけるとレイは俺に気付いた。安心しホッとしたと思った瞬間、今度は頭を抱えて苦しみ始めた。
「レイ! どうした、レイ!」
酷く苦しそうに悶えている。こんなことは一度もなかった。
「レイ! レイ!」
必死に声をかけるがレイは次第に身体が消え始めた。
「おい、レイ!」
触れないと分かっていたが手を伸ばさずにはいられなかった。当然触ることもできず身体をすり抜け、そしてレイは完全に姿を消した。
「レイ......」
消え方を見れば普段通りだが、頭を抱え苦しんでいた様子を見てしまった以上、何も変わりないなんてことはないはすだ。
自分が自分でなくなる。
レイはたしかそう言っていた。そして記事を見てしまったことで、それが本当に引き起こってしまったのではないかと、俺は今更ながら後悔してしまった。
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