16 気は張りつめすぎずに
水澤孝輔を殺した殺人鬼がこの館のどこかに潜んでいる。そのことが分かった以上、自分達がすべきことは一つしかないと鵜飼は言った。
「私達は単独行動を取らず、この休憩室から動かないことです」
「閉じ籠るのですか?」
「絶対に必要なとき以外はそうです。これが一番安全です」
「ちょっと、それじゃあトイレや食事はどうするのよ?」
長谷川が絶望したような顔で訴えてきた。
「トイレに行く際は複数で行ってください。女性だけでなく男性も付いて行った方がいいかもしれません。食事は幸い夕食を取った後です。明日の朝までは大丈夫でしょう」
「そ、そうですね。ここなら暖炉もあるから暖かいし、集まっていれば襲われることもないですよね」
鈴木が安心したように笑みを浮かべている。
「ええ、ですからとりあえず明日の朝までは......」
「そんなんでいいのかよ」
鵜飼が締めようとしたとき、火村が横やりを入れた。
「というと?」
「こっちから攻めなくていいのかってことだよ」
「それはあまりにも危険です。相手がどんな人物なのかも分からないのですから」
「だからって籠ってたんじゃ何も変わらねぇじゃねえか。あんたの言う通り安全かもしれないが、それは状況が良くもならないってことだぞ」
たしかに火村の言うことにも一理あると思った。ここに閉じ籠るのは安全かもしれないが、進展もないということでもあるのだ。犯人が諦めて出ていけばいいが、それが分かるまでは閉じ籠っていなければならず、それもいつまで続くのかも分からない。
「まだ犯人が俺達の誰を殺したいのかどうかも分からねぇんだぞ」
「殺さないつもりなら閉じ籠ってもマイナスにはならないです」
「殺すつもりだったら?」
「ここにいれば何もされません」
「それでも何かしら向こうは行動を起こすだろ」
「諦めるまで続けます」
「そんな簡単に諦めると思うのか?」
「簡単ではないでしょう。ですが、人数もいるしこちらが有利なのは間違いないです」
「人数で言うならこっちから犯人に近付いた方が有利なんじゃねえのか?」
「相手がどんな凶器を持っているかも分からないのにですか?」
「『かも』とか『れば』なんて言ってたらきりねぇぞ」
二人は睨み合っている。どっちの言い分も間違ってはいないと俺は思う。鵜飼の言うように閉じ籠れば安全だろうし、火村の言う自分達から動いて犯人を押さえた方が安心するというのも分かる。安全を取るが精神的に負担がかかり、リスクは伴うが早く解放される、用は好みの問題だ。もちろん、どちらも成功すればの話だが。
「悪いが俺は勝手にやらせてもらう。引き籠るってのは性に合わないからな」
「駄目です、危険です!」
「俺はそんな簡単に殺られるような男じゃねぇ。自分の身は自分で守らせてもらう」
「あんた馬鹿なの?」
黒峰が割って入ってきた。
「誰が馬鹿だ、誰が」
「この状況なら鵜飼さんの提案が的を得ているわ。あんたみたいな奴は映画じゃ真っ先に死ぬタイプよ」
「映画と現実を一緒にするなよ。夢想家かお前は」
「違うわよ。でも映画でもよく取り上げられるってことは、それが理にかなっている部分があるからでしょうよ。今行ったらきっと後悔するわよ」
「自分で判断してやるんだ。後悔なんかするかよ。他に俺に付いて来る奴いないか?」
火村が周りに声をかける。
「いるわけないでしょ」
「いや、彼の言うことも正しい」
そう言ったのは間宮だった。
「本気?」
「こちらから何もしないのは向こうがやりたい放題です。逆にこちらが不利になるかもしれない」
「おっ、あんた話分かるじゃん」
「ですが鵜飼さんの言うことも正しい」
「は?」
「あ?」
「鵜飼さんの言うように相手がどんな人物か分からないのに挑むのは無謀です」
「あんたどっちの味方なんだよ?」
「う~ん、難しいですね。そうだ、これならどうですか?」
名案と言うようにそれを伝える。
「まず、みなさんで一緒に館を見て回りその後ここに籠るってのはどうです?」
間宮の言葉に一同ポカンとしている。どう? どう? と答えを手で受け止めるような動きをしている。
「はぁ~。いいでしょう。私もあなたや火村さんの言うことが理解できないわけではなかったですから」
大きなため息を付いて、諦めたかのように鵜飼が言った。
「よし。んじゃ行くぞ」
先頭を歩くように火村が進もうとしたが、鵜飼が止めた。
「待ってください」
「んだよまだ文句あんのかよ」
「いや、そうではなくて人数を二つに分けませんか? この人数のまま行くのは効率も悪いし動きも鈍くなる」
「言われてみりゃそうだな」
「三階と二階に分け、最後に一階で合流して探すというのは」
「ああ、それで構わないぜ」
それからチームを二つに分けて、俺達は捜索へと向かうことになった。
チーム分けの結果、二階は間宮、俺、黒峰、鵜飼が、三階は火村、長谷川、鈴木、土井、織斑となり、今から向かうことになった。時刻は二十二時ちょっと過ぎだった。
「いいですか。もし犯人と出くわしたなら大声をあげること。すぐに駆けつけます。また探していて何かを見つけたとしても、深追いせず一旦ここに戻ってください」
「ああ、分かった」
「くれぐれも気を付けてください」
「ああ」
俺達は休憩室を後にした。
外が台風みたいな暴風雨でありながら、停電が起きていないのは唯一安心できたことだった。もし停電なんかしていたら、この館は真っ暗になり何も見えないのではないだろうか。電灯も無ければ月明かりもない状態なら文字通り暗闇が訪れるはずだ。右も左も分からない、そんな中捜索するとなっていたら俺はたぶん休憩室から出られなかっただろう。ここに着いたときは眩しかったシャンデリアからの明かりが今は頼もしく思え、俺の不安を溶かすようだった。
ぞろぞろと固まりながら周囲に気を配り、階段を上り始める。普段なら絶対に気にしない階段を踏みしめる音が耳に響いてくる。大した音ではないはずだが、神経が張りつめている今、うるさいくらいに聞こえた。
二階に着いて俺達は二手に分かれた。
「では、お気をつけて」
小声で声をかけた鵜飼に火村や土井が静かに頷いた。
火村達が三階へ行ったのを見送ってから、間宮を先頭に俺達も行動を開始した。
「さて、どっちから行きますか?」
間宮が問いかけてくる。左なら男性陣の部屋と空室が一つ、右なら女性陣の部屋と空室が二つにトイレ、水澤の部屋の禁断の部屋がある。
「左から行きましょう」
鵜飼の指示に従って俺達は左へ向かった。
この二階には背の高い木が植えられた鉢が置かれているが、人が隠れられる程ではない。他にも窪みや曲がり角もなく、一直線の廊下と部屋しかない。もし犯人が隠れるとしたらどこかの部屋に入るしかないはずだ。
一番手前、階段側のドアの前に立ち、俺達は身構えた。ここは誰も使っていない空室だ。間宮が目で合図を送る。右手には休憩室にあった火掻き棒が握られていたので、左手でゆっくりドアを開けた。
いきなり全開にせず、少し開けて中の様子を窺う。無人の部屋なので当然明かりは付いていないが、だいぶ暗いのでよく見えない。
あの暗闇から突然犯人が飛び出して来ないだろうか......。
そんな想像が頭に浮かび、足取りが重くなる。
間宮が部屋に一歩入り、明かりのスイッチをつけると同時に構えた。しばらく膠着したが何かが動く気配もなく、この部屋には誰もいなかった。
「......誰もいないみたいですね」
一応確認してみようとみんなで中に入り、見渡してみる。内装は俺の部屋と大差なく、荷物か無いという違いだけだった。
いや、まさかベッドの下に......。
恐る恐るシーツを捲ってみるが、人が隠れられるようなスペースはなく、杞憂に終わった。
もしかしたら窓に?
今度は窓周辺を調べる。窓にぶら下がっているのではないかと思ったが違った。
まさかどこかに隠し通路が......。
「わっ!」
「わあ!」
突然後ろから黒峰が声をかけてきたので驚いて飛びはね、大声をあげてしまった。
「な、何ですか?」
「あんた、ちょっと気を張りつめすぎ」
「え?」
「そんなんじゃ参っちゃうわよ」
「そうですね。森繁さん、少し肩の力を抜いてください」
そこで、俺はかなり神経質になっていることに気が付いた。
「す、すいません」
「いや、謝る必要はないですよ。気持ちは分かりますから」
「でも黒峰さん、わっ! とはちょっとひどいですよ。あれでは誰もが驚きます。せめて肩を叩くとか」
「それじゃつまんないわ」
「つまんないって......」
また人をからかったのかとも思ったが、黒峰達のおかげで落ち着き始め、冷静になっていくことを自覚できた。
どうやら、俺は周りが見えてなかったようだ。何だよ、隠し通路って。ゲームじゃないんだぞ。
妄想もいいとこだ。こんなこと恥ずかしくて言えないと思っていた。
「じゃあ、次に行きますか」
「そうね。隠し通路もなさそうだし」
「え?」
隠し通路?
「あんた、思ってただけのつもりかもしれなかったけど、全部口に出てたわよ」
まさか、と思ったが視界の隅にレイの姿が見え、必死に笑いを堪えている様子が目に入った。そんなにおかしいかお前!
みるみる顔が赤くなるのを感じながら、二度と妄想はしないと心に誓った。
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