15 殺人鬼

 電話が通じない。その報告を受けてみんな戸惑いを隠せないでいた。

「電話が通じないって。何で?」

 織斑が不安そうに聞いた。

「分かりません。お昼のときには使えたのですが、今はウンともスンとも言いません」

「だったら携帯で」

「それは無理だ。こんな山奥で、しかもこの天候のせいか全く電波が通じない」

 間宮が携帯を見せながら言った。

 窓を見てみると厚い窓ガラスなのだろう風や雨音はほとんど聞こえない。しかし窓に打ち付ける雨の強さや量は目にはっきり見え、外の様子を容易に判断できた。

 俺も電話を確かめてみようとズボンのポケットから携帯を取り出したが、電波どころかトップ画面すら映らない。

 忘れていた。そういえばレイに壊されたのだった。

 横目でレイを見ると、惚けたように明後日の方向を向いている。ちくしょう、覚えてろよお前。

 ひび割れた無能な携帯を俺は虚しくポケットに戻した。

「じゃあ、山を降りて直接知らせるしか」

「それは無茶です! 夜になるとここら一体は灯りが全くありません。懐中電灯だけでは完全に道を把握できません。それにこの天気の中歩くのは無謀です。足を滑らして、最悪死んでしまいます」

 必死に止める土井。たしかにそうだ。こんな雨と風、まるで台風の中を進むようなものだ。軽傷では済まないだろう。

「そんなこと言ってられないでしょう!」

「ですが危険すぎます」

「でも早く来てもらわないと!」

「織斑さん、落ち着いてください。あなたの気持ちも分かりますが、まずは冷静になってください。この天気の中歩くのは危険だというのはあなたも分かっているでしょう?」

「でも......でも......」

 織斑は徐々に静かになった。ただ落ち着いたというよりは諦めたかのような様子だ。

 何をそんなに織斑は焦っているのだろう。この天気では動きようがないのは分かるだろうに。

「あの、すいません。いいですか?」

 遠慮がちに間宮が尋ねた。

「織斑さんは何を慌てているのですか?死体が出た以上早く警察に連絡するのは一般人である僕達の義務かもしれませんが、この天気では......」

「何言ってんだ、あんた。まさか気付いてないのか?」

 呆れたような声で火村が言ってきた。

「な、何にですか?」

「はっ! さすがミステリー初心者」

 手を振り間宮を嘲笑っている。俺も何が何だか分からない。

「いいですか? 間宮さん」

 鵜飼が説明を始めてくれた。

「先程も言いましたが、水澤さんは殺されたというのは分かりますよね?」

「はい」

「では誰が殺したかは分かりますか?」

「わ、分かるんですか!?」

「いや、さすがにそこまでは私も分かりません。でもどこにいるかは想定できます」

「本当ですか? どこに?」

「すぐに分かります。よく考えてください。水澤さんの首が出ました。では?」

「そ、そういえば......」

 俺もすっかり失念していた。頭があるんだから胴体もなくてはならない。だが、胴体はこの休憩室のどこにも見当たらない。

「どこか別の場所に?」

「その通りです。まだ探していませんが、この館のどこかか、あるいは遠い所かもしれない。でも問題はそこじゃない。問題なのは首が入った箱があそこに置いてあったことです」

 そう言って鵜飼は暖炉の上を指差した。

「どうしてですか?」

「暖炉の上に置いてあったことは一つの事を意味しています。ではお聞きしますが、あの首の入った箱はどうしてあそこにあったと思いますか?」

「誰かが置いたのでしょう?」

「そうです。では誰が?」

「それは、外から来た誰かが......」

「いいえ、それは。なぜなら窓を見てください」

 鵜飼に言われ、俺も窓を見てようやく理解できた。

「外は暴風雨です。土井さんが言った通りあの中を歩くのは危険すぎます。しかももう。もし外から来たのなら床が濡れていなければならない」

「でも、もっと前なら乾いたかも......」

「たとえだいぶ前でも、その頃は私達は館を見て回っていました。館のあっちこっちに人がいたんです。そんな中誰にも見られず暖炉の上に箱を置いて去っていくことは余程の運がなければ不可能です。もし私達が食堂で食事をしていた間に行ったとしても、床を濡らさずに行うのも無理です」

 そうだ。どんな人間でもずぶ濡れの身体から水を垂らさずに動くことはできない。防雨着を着ていて玄関で脱いだとしても変わらないはずだ。さらに、さっき食堂から休憩室に移動するときに見た玄関の絨毯には、

「もう分かりますよね?」

 そして鵜飼はある事実を告げた。

「犯人はこの館のどこかに潜んでいる可能性があります」

「そんな......。じゃあ早く警察に!」

「だから織斑さんも慌てたんです。その可能性に気付いたから」

 織斑を見るとまだ不安な顔をしている。それも今なら気持ちが分かった。首を切断する殺人鬼が潜んでいるかもしれないのだ。

「じゃあどうするんですか?」

「さっきも言ったように、ひとまず天気が回復するのを待ちましょう。それまではここに留まるしかありません」

 鵜飼の提案に従うしかなく、誰もが不安な表情で佇んでいる。元々泊まるつもりだったとはいえ、俺達は館から出ることが出来なくなった。

 殺人鬼と共に......。

 

 

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