第一の殺人

14 被害者は誰?

 プレゼント箱から出てきた人の頭部に悲鳴や驚きの声が飛び交う中、俺は声をあげることが出来なかった。驚いていないわけではない。あまりの衝撃に理解が追いつかなかったのだ。

「ねえ、あれって......人の頭よね」

 黒峰が最初にその事実を台詞にしたが、その声は震えていた。

 目、鼻、耳、口。形といい見た目といいどう見ても目の前にあるのは人の頭部だ。

「い、いや、冗談だろう。作り物だろ? 本当に人の頭な訳」

 そう言いながらアゴが頭部に近付き触れようとした。

「触れてはいけない火村さん!」

 鵜飼が怒鳴ってアゴを止めた。どうやらアゴは火村という名前らしい。思わぬ所で名前が知れた。

 鵜飼は頭部に近付き触って調べている。そう言えば鵜飼は医者だと自己紹介の時に言っていた。そのことを俺は思いだし、他のみんなも黙って鵜飼を見ている。

 鵜飼はすぐに頭部から手を離しため息をつく。

「あの、鵜飼さん。それはほ、本物ですか?」

 間宮が鵜飼に尋ね、みんなも返答を待っている。

「ええ、間違いありません。作り物なんかじゃなく、本当に人の頭部です」

 鵜飼の言葉で場はシンと静まった。

 本物の人の頭。胴体部分のない人間の一部。これはすなわち人一人が死んだという事実を物語っていた。

「まさか......これもイベントの内?」

 黒峰が小さな声で呟いた。

 黒峰の疑問も分からなくはなかった。今自分達はミステリーイベントに参加している。そして映像を見せられ、しかもその中で首を切断するシーンがあった。彼女がそう思ったのも無理はない。俺も一瞬同じように思ったし、他のみんなも同様だったはずだ。これが本物でなければ......。

「そんな訳ないでしょ!」

「そうだ。本当に死体を出すなんて馬鹿げてる」

「じゃあ、この首は何ですか?」

「私が知るわけ......」

 みんな困惑し、床に貼り付けられたかのようにその場から動けずにいた。

「とりあえず首を戻しましょう。あまり見続けるものではない」

 唯一動けた鵜飼はそう言ってそっと首を持ち上げて箱に入れる。俺は思わず目を背けてしまったが、たった今目にしたものを忘れられるわけもなく、目を瞑ると余計に首の顔が鮮明に浮かんでしまった。なるべく何かを見ていた方が思い出さずに済みそうだった。

 一体何なんだろうか。

 まさかミステリーイベントで本物の死体と直面するなんて想像もつかなかった。

 


「どなたかまだ気分が悪い方はいますか?」

 鵜飼が首を箱に戻し、隅の方へ持っていった後、椅子に腰掛けた全員に声をかけた。首が見えなくなったおかげかみんな少し落ち着いてきたようで、不安が顔に出ていながらも口調はしっかりとしていた。

「平気です」

「大丈夫だ」

「俺も」

「私も」

 鵜飼の心配の声に手を挙げる者はいなかった。

「そうですか。よかったです」

 よかったと言った鵜飼だが、安心したようには見えない。それも当然だ。彼自身も相当参っているはずなのだから。

「すいません、土井さん」

「は、はい」

「この館に電話はありますよね?」

「はい、あります」

「すいませんが、警察に連絡をしてもらえませんか?」

「あ、はい。分かりました」

 土井は慌てて休憩室を出ていった。

 当然だが死体が出た以上警察に連絡しないわけにはいかない。ましてや......。

「みなさんも気付いていると思いますが、あの首の人は殺されています」

 そう、これは。自分で自分の首を切り落とすということはありえない。もちろん、ギロチンみたいな刃の下に首を置けば切れないことはない。だがその首を箱に入れ、リボンを結び、暖炉の上に置くなんて行動は絶対に不可能だ。もう一人いなければできない行動だ。すなわち、そのもう一人が殺害して首を切断し、一連の行動をしたのだ。

「まあ、そうだろうな」

「自殺なわけない」

 全員納得し、静かに頷いている。

「一応話しときますが、首はおそらく斧みたいな物で切断されています。断面がボコボコだったので一度で終わらず、何度も振り下ろして切ったのでしょう」

 その様子を想像したら心から恐ろしく感じ、一気に体温が下がったような気がした。

「相当恨まれてたんだな」

「どうして?」

「首を落とすなんて行為、正気ならやんねえだろ」

「猟奇的な犯人かもしれない」

「ま、それもあるわな」

「いやだ、恐い」

 それぞれ犯人のイメージを浮かべ、恐怖に震えていた。

「あの~」

 遠慮がちな声を出しながら鈴木が手を挙げ、疑問を口にした。

「ずっと聞きたかったんですけど、あの首の人は誰なんですか?」

 俺もさっき気付いてから聞いてみたかった。少なくとも俺の記憶にはあの顔に見覚えはなかった。全員参加と土井が言っていたことからイベントの参加者の誰かということでもない。

 お互いを見合い、首を横に振る様子を見て誰も知らないか、と思っていたら例外がいた。

「俺、知ってます」

 声の方に顔を向けると織斑がいた。まだショックから抜け出せていないのか声が弱々しい。

「知っているんですか?」

「はい」

「誰ですか?」

 織斑にみんなの視線が向いている。

「誰も知らないとはちょっと驚きですね」

「私、あんな人と会ったことないわよ」

「俺もねぇ」

「私も」

 全員否定する。

「みなさんにも無関係な人ではないですよ。俺は前回会いましたから」

 前回? ということは前のイベントの関係者だろうか?

「まさか......」

 鵜飼が何かに気付き、驚きの表情をしている。

「あの人はこのミステリーイベントの主催者、水澤孝輔さんですよ」

「ウソ!?」

「本当ですか!?」

 何も答えないが、それが逆に答えになっていた。

「何でイベントを開いた主催者本人が殺されたの?」

「分かるわけないじゃないですか。僕だって今だに信じられないんですよ」

「見間違いとかじゃないの?」

「いえ、間違いないと思います。水澤さんは右目の上に傷があったんです。結構大きな傷がね。鵜飼さん、あの首にもありましたよね?」

「たしかにありました。眉毛の上から耳の方へ指一本分ぐらいの長さのものが」

「じゃあ本物?」

「土井さんにも後で聞いてみたらいいと思いますよ。彼も会っているはずですから」

 すると休憩室のドアが開き、名前を呼ばれたからというように、ちょうど土井が戻ってきた。

「あ、土井さん。どうでしたか? 警察はいつ頃来られると?」

 鵜飼の問いに土井は無言で首を横に振った。

「土井さん?」

 もう一度鵜飼が聞くと土井は申し訳なさそうに言った。

「すいません。電話が全く通じません。警察への連絡は出来ませんでした」

 

 

 


 

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