11 探索ー1

 廊下に出た俺はまず三階へ目指した。腕時計の時刻を見ると四時半を差している。上から順に見て行けばちょうど夕食時間になり、そのまま一階の食堂へ行こうと思った。

 階段を昇りきると目の前に談話室のようなスペースが広がっていた。小さいテーブルが三ヶ所にあり、一つに対して椅子が三脚置かれている。灰皿があり、中にはタバコの吸い殻が入っている。既に誰か来ていたようだ。

 大して広くはなく、左右を見るとそれぞれドアが一つずつあり、展示室、書庫と上にプレートが埋め込まれていた。俺は右の書庫へ向かい、手をかけると鍵はかかっておらずスムーズにドアが開いた。

 中に入ると大量の書物が目に飛び込んできた。奥に向かって延びる本棚が四つあり、すべて隙間なく本がびっしり詰まっている。四方も本棚で囲まれ、さすがに窓を隠すようなことはしていない。最初から明かりが点いていたとはいえ、それでも暗い感じがした。

 時計回りで一週してみるかと考え左から見て回る。棚に仕舞われた本のタイトルを見ると様々な物があった。経営学、心理学、ビジネス書とまるで大学の図書室のような専門書や情報紙が並んでいた。縁のない俺には中身を読まずとも、そのタイトルを見るだけで頭が痛くなりそうだった。

「やっぱできる奴って色々知ってるんだよな」

 水澤はこれを全部読んで、しかも頭に入っているのだろう。俺には到底無理だ。一冊の専門書を理解するだけでも一苦労するだろう。

 徒労に終わるのは目に見えているので、手には取らず眺めるだけに終わっている。他にも建築学や法律関係など分野が違うものまで見つかり、余計に手が延びることはなかった。次の角を曲がれば一周する。

 元々本を読まない俺にはここは居心地の悪い場所でしかなかった。この本独特の匂いや本に囲まれる圧迫感が窮屈に感じられ、早く出たかったので軽く急ぎ足でドアへと向かう。

 ドサッ。

 目の前に一冊の本が落ちてきた。

「うお、あぶねぇ」

 あと少し早く歩いていたら頭にぶつかっていた。見るとそこそこな厚さの本だ。死ぬことはないがたん瘤や切り傷は間違いなかっただろう。

「えらいタイミングいいな」

 なぜ本が落ちてきたのか考えるが、原因はすぐに分かった。

「レイ、危ないだろう」

 後ろに付いてきていたレイに注意する。彼女は首をかしげていたが、俺の台詞の意味に気付いた彼女はすぐに首を横に振った。

「あれ、お前が落としたんじゃないのか?」

 今度は首を縦に振った。

「んじゃ自然に落ちたのか?」

 落ちた本を戻そうと手に取ったが表紙が外れて本体がまた床に落ちた。面倒だなと思いながら再び拾おうとしたが、そのタイトルを目にしたとたん俺は身体が固まった。

『殺人の方法』

「えっ?」

 殺人。人を亡き者にする行為。その方法。

「何だこれ......」

 恐る恐る本を取り、中身を確認してみる。タイトル通り刺殺や撲殺、絞殺と殺人の方法とその特徴や難易度みたいなことが書かれていた。こんなものが本になっていいのかと疑問にも思う。

 しかしタイトルにも驚いたが、一番はそこではなかった。手にしている表紙のタイトルを見ると『人の心を操る方法』と書かれている。つまり

「どういうことだ?」

 右手の表紙と左手の本を交互に見る。レイも気味悪そうな顔して同じように見ている。

 イタズラか?

 そう考えたがそれはないなとすぐに否定する。本棚を見ると手を伸ばした辺りの高さに一冊分の空きがあった。どうやらそこから落ちてきたのだが、人目に付くような位置ではない。もしイタズラなら相手に気付かれなくては意味がない。あそこでは効果は見込めない気がする。

「そうなると......」

 表紙と中身を変えたのは持ち主である水澤が行ったことになるが、その意図はなんなのだろうか。

「もしかして、イベントのヒント?」

 だがそれもあり得ないなと思う。なぜならイベントはまだ始まっていないのだから。たまたま仕込んでいたヒントが出てきたとも言えなくはないが、スタートもしていない以上手に入れたところで意味はない。

「さっぱりだな」

 色々考えても分かりはしないと判断した俺はすぐさま興味を失い、表紙を付けて本を棚戻した。レイの方を見ると彼女は顎に手をやり何か考えていた。

「何だ、どうした?」

 声をかけるとレイはハッとして、何でもないと手を振った。

「んじゃさっさとこの部屋出ようぜ。息苦しいしさ」

 俺とレイは書庫を後にした。

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