8 入らずの間
一通り自己紹介も終わり、このあとどうするかという話になった。
「私は館内を見て回ろうと思います。他のみなさんはどうします?」
間宮は全員に尋ねる。
「私は部屋で少し休んでから見回ります」
「私も」
そう言ったのは鵜飼と黒峰だった。
「俺は探索する」
「私も」
「僕も」
アゴ(名前を聞きそびれ、特徴のある顎から)と長谷川、織斑は探索側になった。
「森繁さんと鈴木さんは?」
「わ、私は部屋に戻ります」
「俺は--」
館の間取りを把握したいし、レイが調べたいと言う織斑も探索するので同行しようとも思ったが、織斑にはできるだけ二人きりの時がいいだろうし、今は別のことが気になっている。
「俺も部屋で休みます」
こうして探索組と休息組に分かれた。各自動き始めたが、鈴木は動かず椅子に座ったままで最後まで残っていた。謝るチャンスと思い俺は真っ先に声をかけた。
「え~と、鈴木さん、だったよね?」
「は、はい! あ、あの、森繁さん!」
「は、はい!」
鈴木がいきなり立ち上がり、直立不動で声を張ったので思わず俺も同じ動きをしてしまった。次に彼女は上半身を前に曲げて言った。
「さっきは、すいませんでした!」
「は、はい?」
「ですから、その、き、着替えの最中に部屋に入ってしまって......」
思い出したのか羞恥でだんだん声が小さくなり、顔も赤くなっている。
「いや、気にしないで。というより俺の方こそごめん。すぐに隠せばよかったのに呆然としちゃって」
「いえ、私がノックするべきでした。そうすればあんなことには」
「いや、誰かいるとは思わなかったんでしょ? 俺もまさか誰かが入ってくるとは思わなかったし」
「でも私、おもいっきり悲鳴あげちゃって誤解されてしまいますし」
「いや、もう解けてるから。間宮さん達もからかってただけだから。女の子なら悲鳴をあげて当然だよ、あんなもの見ちゃったら......」
そう言ってしまった、と後悔したが鈴木はさらに顔を赤らめている。
俺は何を余計なこと言っているのだろうか。バカなのだろうか?
異性に見られたということにようやく気付いて耳やら頬が熱くなる。
「と、とにかくあれは事故だよ! 君は悪くないし、俺も悪くない。あ~いや、俺は君を辱しめたから悪いや。いやいや、でも全くそんなつもりなかったからね。あ~でも俺が結果は......」
途中から頭がパニックになり、何を言っているのか分からなくなる。
「......ふふっ」
「えっ?」
鈴木が口を押さえて笑いを堪えている。
「森繁さんって面白い方ですね」
「あ、いや、その」
腹を抱える姿を見て恥ずかしさなど吹き飛び、冷静になるのを感じる。
「......ごめん」
「もういいですよ。私の方こそごめんなさい」
「いいよ俺の方が悪、あ~埒があかない! この話はなし!」
腕を大きく振って終了のジェスチャーをする。
「そうですね。それじゃあ改めて自己紹介します。鈴木鈴華です。よろしくお願いします」
「森繁悟史です、よろしく」
あんな事故があったおかげか初対面から随分仲良くなれたような気がする。
俺と鈴木は食堂を出ていき、会話をしながら部屋へと向かう。
「鈴木さんは大学生だっけ?」
「はい。J大学の二年生です」
「そこってたしか駅伝が強くなかった?」
「はい、毎年箱根に出ています」
箱根駅伝の常連校。過去に何度か優勝もしていたはずだ。他にも運動部で好成績を残していたような気もする。
「鈴木さん、部活は?」
「部活は入っていませんがサークルに」
「何の?」
「ミステリーサークルです」
イベントに参加している以上やっぱりみんな何かしらミステリーに触れているのだろう。たまたま代役で来た自分とは違う。
「森繁さんはどうしてこのイベントに?」
「え~と、それは」
一番聞かれたくない質問が、直球ど真ん中に飛び込んできた。誤魔化そうとも思ったが、鈴木の人柄の良さを信じて正直に話す。
「実は、俺ミステリーに全く興味ないんだ」
「えっ? そうなんですか?」
「うん、指で収まるぐらいの数しか読んだことない」
「じゃあどうしてこのイベントに?」
「本当はバイトの先輩が来るはずだったんだけど、予定が入って来れなくなったんだ。キャンセル料も払いたくないってことで代役で俺が」
レイの調査も目的で来たがそれは言わず黙っておく。玄関にあった階段にさしかかり二人で並んで昇る。
「ミステリーに関わることよりもぶっちゃけ御馳走にありつけるって理由で参加したんだ。だから自己紹介の時なんか焦ったよ。推理小説なんて全く読まないのに言えだなんて。ミステリーに興味ないやつがなぜ来たのか、って怪しく思われたくないから何かないかって考えて、唯一知っていたのはこの前たまたま手にしてパラパラ読んだアガサ・クリスティなんだ。内容なんかほとんど覚えてない。名前も間違えるくらいにね」
あはは、と苦笑いし鈴木の反応を待つ。てっきり蔑まされるような目で見られたりするかと思っていたが、微笑んで答えてくれた。
「そうだったんですか」
「あれ、怒らないの?」
「怒る? 何でですか?」
「だってイベントに興味ないやつが来たんだよ?」
「別に大したことはないと思いますよ。それに御馳走を食べたいっていう理由があるじゃないですか。イベントだからってそれだけが目的で来なければいけない規定もありませんし」
現にイベントの内容ではなく雰囲気を楽しみに来る参加者もいる、と鈴木は補足する。
「だから私はそんなに気にしなくてもいいと思います」
「そっかな~。主催者からしたらやっぱ怒りそうだけど」
「あっ、たしかにそうですね」
やっぱり? と思い鈴木にお願いする。
「だからこの事は他の参加者や主催者には内緒で」
「そうですね。分かりました、黙ってます」
ちょうど会話が終わったところで二階へとたどり着いた。左右へ廊下が延び、木製のドアが点々としているのが見えた。
「じゃあ、私はこっちなので。失礼します」
そう言うと鈴木は右へ歩いていき、部屋へと入っていった。
振り返ると同じように廊下が続き、分かれ道一つない。今更ながら、この館は横に長い作りになっていることが分かった。
左右の廊下を見比べながら、俺はそこであることを思いだし、立ち止まったまま動けずにいた。
しまったと思った。土井さんに俺の部屋どこだか聞くの忘れていた。
どうするか考えていると目の前にレイが姿を現した。
「何だよレイ?」
尋ねるとレイは顔を右に向けた。右に行けと言っている。しかし彼女は俺の部屋がそっちにある、と教えているわけではないと瞬時に理解できた。
禁断の部屋......。
土井が言っていた絶対入ってはいけない部屋。そして食堂でレイが見つめていた部屋が向こうにある。左側の奥の部屋だった。
今なら部屋を探していたっていう言い訳ができるかもしれない。俺は奥の部屋へ向かって歩き出した。
部屋の前に着くとここが禁断の部屋で間違いないと確信した。なぜなら別の部屋とは明らかに違うことが分かったからだ。
まずドアから違う。他の部屋の質素な木製の茶色いドアに対して、この部屋のドアは黒く凝った作りで、模様も入り乱れ凹凸の激しい様相をしている。立派なものなのだろうが、芸術に縁のない俺にはすごいというより汚いドアとしか見えなかった。
そして、一番大きな違いはその部屋が発している負のオーラを感じとることができたことだった。レイが見えることからある程度の霊感はあるかもしれないが、それがなくてもこの部屋からは何か重い空気が滲み出てきているように感じられた。
レイはこの空気を感じ取っていたのだろう。ドアの前に立って初めて気付いた俺とは違い、レイはこれを食堂で感知したのだ。
でもなんだろう、この感じ...... 。
例えが難しいが、肌に纏まり付くようではあるが染み込んでは来ない。表面は重そうだが中身は空っぽというか、質が濃くないというような感覚だ。
「行くか、レイ?」
レイを見ると彼女も戸惑っているような様子だ。気になるが手を出しづらい、行きたいがいまいち乗らないというような顔をしている。
レイがこんなに渋るなんて。珍しかった。
レイは幽霊でありながら活発な性格をしている。調査に行けと急かしたり物を投げ飛ばしたりと内気でないことはたしかだ。だが彼女がそんな戸惑っている様子を初めて見た。
しかし、こんな突っ立ってたって何も分からないままだ。意を決してドアノブに触れようと手を動かそうとした瞬間、声をかけられた。
「森繁さん」
ドキッとして振り向くと、階段を昇ってきた土井が小走りに近づいて来た。レイも一応姿を消す。
「ど、どうしたんですか?」
「申し訳ありません。森繁さんにまだ部屋の鍵を渡していないことに気付きましてね」
そう言いながら土井は鍵を見せてきた。
「そ、そうでしたよね。俺もどこの部屋に行けばいいのか探してたんです」
「こちらが森繁さんの部屋の鍵です」
土井は俺に鍵を渡した。鍵に付いたキーホルダーに『ⅩⅠ』記されており、どうやら反対側の部屋のようだ。
「どうされましたか?」
「いえ、なんでも!」
部屋に入ろうとした所を見られたかと思ったが、大丈夫そうだ。あと少しでも早く手を動かそうとしていたら、間違いなく見られていただろう。その瞬間即失格となり、ここから追い出されていたかもしれない。まさに間一髪。そう思うと心臓がバクバク暴れていた。
心の動揺を悟られないように話を振る。
「あの土井さん、この部屋が......」
「ええ、先程私が入らぬよう注意したお部屋です」
土井もドアに顔を向け、俺ももう一度見る。いまだ負のオーラご滲み出ており、彼はこれを感じているのかと横顔を覗くと、その表情はどこか悲しそうに見えた。
「どうされましたか? 私の顔に何か?」
俺の目線に気付いた土井が尋ねてきた。
「いや、その~」
何か話題がないかと頭を回転させる。
「そういえば、どうしてあんなこと言ったんですか?」
「というと?」
「いや、食堂で入るなと忠告をしたじゃないですか。絶対に入るなと言われると逆に入りたくなるんじゃないかなと」
「カリギュラ効果ですね」
「カリギュラ効果?」
「今森繁さんが言ったように人は何か禁止されると反発してやりたくなる心理のことです。見るなと言われると見たくなる、近づくなと言われれば近づきたくなる、というように」
その心理は知っていたが名前までは知らなかった。
「実は、あれはわざと言ったんです」
「どうして?」
「主催者の指示です。そう言えば森繁さん、主催者の方をご存知ですか?」
「あ~、いや知りません」
「主催者の方の名前は水澤孝輔。こういったイベントを専門に企画することを仕事にしています」
土井は簡単に説明してくれた。
水澤孝輔。四十三歳。ミステリーが主だが他にも旅行やデパートでのイベントなど多岐に渡って手掛けているイベント企画のスペシャリストらしい。そのイベントの面白さや質の高さに評判が良く、わざわざ彼に依頼する企業もあるそうだ。その中でもミステリーイベントは質や難易度の高さからマニアの間ではかなり高い評価を受けていて、彼のイベントに参加したいがために取引やトラブルも多々あるらしい。
そんなにすごいイベントなのかと今更ながら気付き、この招待券を取得した先輩に感心した。こりゃ帰ってからお礼した方がいいかな。
俺はこの幸運に遅まきながら感謝した。
「この館は彼のモノなんです。前々からここでイベントをやるつもりだったんですが、ようやく準備が整って今日に至ります」
館が家もしくは別荘として使う水澤はかなりの財の持ち主だ。人生の成功者という彼に少なからず嫉妬する。
「詳しいですね。土井さんは水澤さんの部下とかですか?」
「いえ、実は私もみなさんと同じ部外者です」
土井いわく、派遣をしているのだがそこに今回の仕事が舞い込み採用された、という。
「今言ったのも私なりに主催者の素性を調べたことです」
「じゃあこの部屋はその主催者の水澤さんの?」
「みたいですね。プライベートの物が入っているから中には人を入れないでほしいと」
「鍵かければいいんじゃ?」
「鍵を無くしてしまったらしいんですよ。だから注意をして欲しいが、あることも確認してほしいと」
「あること?」
「はい。忠告をして誰が、何人が部屋に近づいた、入ったかを教えてくれと」
ここでようやく話が元に戻った。土井が入るなと言ったのはカリギュラ効果により、あえて人を呼び込むためだったようだ。俺もその一人となり、水澤に報告がいくのだろうが......。
「何のためにですか?」
「すいません、そこまでは」
本当に何のためだろう。脱落者を募らせるためか。いや、それならいちいち報告させる必要は無い気がする。
「というか俺にそんなこと話していいんですか?」
「本来ならいけませんが、森繁さんには先程ご迷惑をおかけしましたから」
どうやら着替えの件を言っているようだ。
「いえいえ、平気ですよ」
「ありがとうございます。すいませんがまだ仕事がありますのでこれで」
一礼して土井は立ち去った。
俺もこれ以上ここにいられないと感じ、『ⅩⅠ』の部屋へ向かった。
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