7 自己紹介
土井は引き下がり、それと同時ぐらいにレイも姿を消した。
レイが消えた後も俺は考えていた。
まだ館の間取りを把握してないから断定できないが、先程のレイの様子から察しは付いていた。
先程土井が言っていた、入ってはいけない部屋であろう。
部屋の名前までは言ってなかったので、とりあえず禁断の部屋とでも名付けておこう。幽霊としての直感なのか、その禁断の部屋にレイは何かを感じたに違いない。すぐさま調査に行きたいとせがむと思ったが、彼女はすぐに消えてしまった。
まあ、禁止されたからどのみち無理だけど...... 。
禁断の部屋について考えていると、突然パン! という音が聞こえた。
「うぉい!」
「おっ、やっと気付いてくれたね」
見ると隣の男が俺の顔の前に手を伸ばし手のひらを合わせていた。どうやら手を叩いたらしい。
「何ですか、急に」
「急にじゃないよ。さっきから声をかけてるのに君、無反応だったからね」
ふと見ると、周りの目線が自分に集中していることに気付いた。
「ずいぶん考え事に集中してたみたいだけど、何考えてたんだい?」
「あ、いや別に大したことじゃ。それより俺に何か用ですか?」
「君にというより君にも、だね。みんなで自己紹介しないかと話していたんだ。どうだい?」
そういえばまだ土井と織斑しかここにいる人達の名前を知らない。名前を知らないままじゃ何かと不便だ。
「いいですよ」
「よし、じゃあ順番にいこうか。まずは君から」
「え、俺から?」
「流れ的に君からだろう」
「えっと何を言えば」
「そうだな。シンプルに名前、出身、職業、好きな推理小説ぐらいでいいんじゃないかな。他にも伝えたいことがあれば言ってくれて構わないよ」
「じゃ、じゃあ」
俺は椅子から立ち上がった。
「森繁悟史です。H県から来ました。えっと職業はフリーターです。好きな推理小説は、え~っと」
ここで口が止まってしまった。
まずい。俺小説なんてほとんど読まないから好きな推理小説なんてないぞ。
自己紹介が途中で止まり、みんな俺の次の言葉を待っている。
推理イベントに来てて推理小説を読まないなんて言ったら変に思われる。どうする。何かあっただろうか。
「あ~」
「あ?」
とっさに思い付いた名前を口に出す。
「アガサ・クリスタルです」
「は?」
みんなポカンとした顔をしている。
あれ、間違っただろうか? たしかそんな名前ではなかったか。
「もしかして、アガサ・クリスティのこと?」
「は、はい。そう、それです」
間違っていた。微妙に。もしかしてバレてしまったのではないかと内心焦る。
「クリスティをクリスタルなんて普通間違えるか?」
「いや、一番手だったから緊張して噛んだだけでしょう。違いますか?」
すぐに頷く。隣の男がフォローしてくれたおかげで、どうやらうまく誤魔化せたみたいでホッとする。これ以上ボロが出ないようによろしくお願いしますと締め、椅子に座る。
「じゃあ次は僕がいきますか。あとは順番に半時計回りに」
そう言うと隣の男が自己紹介し始めた。
「僕の名前は間宮将太。N県でスポーツトレーナーをしています。趣味はテニスです」
体育会系らしい短髪に爽やかな笑顔と口調で間宮は言った。服のせいで見えないが、それでも鍛えられた雰囲気を感じる。
「実は推理小説は読み始めたばかりの新参者です。まだまだ数を読めてませんし、作家さんも全然知りません」
今読んでいる小説を名に挙げ、もし他におすすめの小説がありましたらぜひ教えてください、と締めくくり、次へと順番が回る。
立ち上がったのはウェーブのかかった黒髪の女だった。
「黒峰美代。T県から来た。作家をしているわ」
そう無愛想に話して黒峰はすぐに椅子に座ってしまった。単調な自己紹介に微妙な空気が流れ、おずおずと間宮が彼女に質問した。
「えっと、黒峰さん。好きな推理小説は?」
「それ必要?」
「え?」
「好きな推理小説言って何になるの?」
「いや、自己紹介の一つとして」
「だったら名前と出身と職業で十分。違う?」
「ま、まあ、そうですが」
それ以降間宮は何も聞けず、黒峰も喋ろうとしない。
「そ、それじゃあ名前と出身、職業を軸に、任意で項目を増やすようにしていきますか。じゃあ次の人お願いします」
「は、はい」
間宮に指名され、慌てて立った次の人を見て俺はギョッとする。
「す、鈴木鈴華といいます。H県から来ました。大学に通っています」
ショートヘアに赤い眼鏡。先程休憩室で着替え中に遭遇した女だった。あちらも先程の出来事が頭から離れないのだろう、俺の方をチラチラ見ている。
まだ謝ってなかったな。後で声かけてみよう。逃げられるかもしれないが......。
そう思っている間に鈴木は座っていた。
次は鈴木の前にいる織斑の番だった。
「織斑健吾です。T県出身です。知っている人もいると思いますが前回もこのイベントに参加しています。今回は主催者のご厚意に甘えて来ました。よろしくお願いします」
笑顔で丁寧に頭を下げて織斑は挨拶した。改めて見るとだいぶ印象が変わっている。写真では短い黒髪に眼鏡をかけ、いかにも勉強していますという感じだった。しかし今目の前の織斑は眼鏡もなく髪も伸ばして茶髪に染め整髪料もつけている。なんとなくチャラチャラしているような風に見えた。写真と雰囲気もまるで別人のようでとても賢そうに見えない。
「ネットにあなたの写真が載っていましたが、随分雰囲気が変わりましたね」
同じ思いを抱いた間宮が織斑に尋ねる。
「ええ。ちょっとイメチェンでもしてみようかなと」
「前回の参加者、しかも正解者がいるとなると私なんか不利ですね」
「いや、前のはたまたまですよ。運が良かっただけです」
「でも前回のはなかなかの難問だったと伺いましたよ。それに推理は運だけで解けるものでもないでしょう」
俺の前にいる男が二人の話に入ってきた。
「でも、本当にたまたまとしか」
「いやいや、そんな謙遜なさらず。推理は知識もそうだが発想力や頭の回転力も必要とされている。他に誰もおらず、唯一正解したというなら胸を張って良いと思いますよ。少なくとも私はそう思います」
「そ、そうですかね」
「素人の私にも一つご教授お願いします」
二人に褒めちぎられ、織斑は照れて頬を掻いているが、あながち自分でもそう思っていたのではないだろうか。
「ねぇ、私の自己紹介していいかしら?」
織斑の隣の女が頬杖をついてうんざりそうに聞いてきた。
「ああ、すいません。お願いします」
女が立ち上がったことで香水の匂いが漂い、遠くにいる俺でさえ鼻につんとくるほど強力だった。
「初めまして、長谷川祥子よ。N県から来たわ。モデルの仕事をしているわ」
長谷川は明るめのロングの茶髪に赤いワンピースを着ている。首からは派手なネックレスを身に付け、モデルと言うだけあってスタイルはたしかに良いと思う。ただ、顔が厚化粧で本人は若く見せようとしているのだろうが、それが逆に年がいっていることを物語っている気がする。「おねえさん」ではないことはたしかだ。
彼女は気付いていないのか、モデルと言ってすましているが周りは微妙という雰囲気が漂っている。
「私は前にあの有名な女性誌の専門モデルになったことがあるのよ。それにテレビにも出たことがあるわ。それから--」
次は自慢話が始まり、進行役の間宮が止めようにもタイミングを掴めずにいる。
十五分ほどの時間を使い、ようやく長谷川の話は佳境に入ってきた。
「--とまぁ、私は一人でのし上がってきたのよ。以上かな?」
「あ、ありがとうございます長谷川さん。素晴らしい経歴を持った方だったんですね」
「ありがとう。でも、私の人生を変えたのは--」
まだ話足りないのか長谷川がさらに喋りだそうとする。
バカやろ間宮! そんなこと言ったら喋り出すに決まってんだろ。おばさんの半分はお喋りでできてるって昔CMでやってただろう! と頭の中で罵る。記憶が曖昧だが似たようなフレーズのCMがあったはずだ。
長谷川が喋りだそうとした時、黒峰がそれを止めてくれた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何よ、人が話をしようとしている時に」
「あんた、本当に推理小説が好きなの?」
「どういう意味?」
「そのままの意味。見た目からもとても推理物好きには見えないから」
「ああ、それならあなたの疑問が正解よ」
えっ? と俺は目を見張る。
「えっと、長谷川さん、それは」
「私はそんなに推理小説なんて好きじゃないわ」
まさかのカミングアウト。
「ぶっちゃけこのイベントに参加したのは別の目的」
「別の、とは?」
「ひ、み、つ」
そう言うと長谷川はウインクした。おばさんのウインクを見て俺はかなり引いた。いろんな意味でパンチ力があった。
話を削がれたせいか自慢談をせず椅子に座ろうとする。しかし一瞬織斑にチラッと目を向けたのを俺は見た。座ってからは一切織斑に見向きもしなかったが、気のせいでなければ長谷川は織斑を見ていた。
何だ、目的って織斑か?
織斑が目的とはどんなことだろう。まさか狙っている? そうだとしたら俺は彼にお手ての皺と皺を合わせて幸せを祈ってやる。いや、お悔やみの間違いか。
そんなくだらないことを考えている内に長谷川の隣の男が紹介を終えていた。
余計なこと考えていたせいで名前を聞きそびれ、しまったと思った。
気付いたがもう遅い。既に最後の男が立ち上がり、自己紹介をした。
「みなさん、初めまして。医者をしています鵜飼一と言います。これから四日間お手やらわかに」
鵜飼が終わり、これで全員の名前を把握することが出来た。一人を除いてね。
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