6 いきなりピンチ?
着替えを終えて俺は食堂に向かった。ドアを開けて入ると、白のテーブルクロスのかかった長いテーブルが目に入った。奥に向かって延び、等間隔で赤い花が生けられた花瓶と燭台が置かれている。燭台には火は着けられていない。食堂には違いないがどちらかというと、映画で見るような外国の城の食事室のように思えた。両サイドに八脚づつ椅子が置かれており、その内の七個は既に埋められ、さっき休憩室に来ていた面々が座っていた。奥の壁には大きな振り子時計があり、ずいぶん古そうに見えた。左には食器の入った棚がずらりと並び、右にはドアが一つだけあり、ちょうど土井がカートを押して姿を表し、俺に気付くと声をかけてきた。
「お待ちしておりました森繁さん。さっ、奥の席へどうぞ」
これだけの席がありながら、奥から積めた状態でみんな座っている。もっと広がって座っても良さそうだが、そうすると土井の給仕が大変になるかもと隙間なく積められているのかもしれない。左の奥の角が空いており、そこに向かう。
おいおい、なんだよこれ。まさかとは思うが外国料理が出てくるんじゃないだろうな? もしそうなら俺テーブルマナーとか知らないぞ。フォークやナイフの使う順番とか食べる順番とか
軽く焦るがこんなことを言うと、またさっきみたいにからかわれるかもしれない。なるべく表に出さないよう努めながら椅子に座る。
カートを傍らに止め、土井が頭を下げてから話始めた。
「皆さま、本日はこのミステリーイベントに参加していただきましてありがとうございます。近場の人もいれば遠路はるばる来てくれた方もいらっしゃると思います。そして、年齢、性別共に片寄ることなく幅広い方達が来てくれたことにも感謝の意を示したいと思います」
みんな黙って土井の話を聞いているが、俺は疑問に思った。なぜ土井が説明する? 普通こういうのは主催者がするものではないのか。
同じ疑問を持ったのか一人の男が土井に質問する。
「すいません土井さん。お聞きしたいのですが、いいですか?」
「はい、何でございましょう織斑さん?」
土井の言った名前に少し驚く。その男は前回のこのイベントで解答した織斑健吾だった。眼鏡をはずしており、髪も伸びていて、先輩に見せてもらった紙に載っていた織斑と同一人物とは思えなかった。どうりでここに入ったとき、姿が見えないなと思った。
「このミステリーイベントの主催者の水澤さんはどうしたんですか? 前回は水澤さんが説明をしていたと思うんですが」
「はい。実は彼から私用で遅れるという連絡を受けまして。一応間に合うよう調整はするつもりらしいのですが、もし時間までに来れなければ代わりに私が進行するようにと言われました」
「あ~、そうだったんですか。それは残念。すぐにお礼の言葉をかけたかったのですが」
「申し訳ございません。後程来ますのでお待ちください」
土井が頭を下げて謝罪する。
「質問のある方もいると思いますが、まずは昼食に致します。質問はその後にお願いします」
そう言って土井は料理を運び始めた。
昼食は先輩の言っていた通り、豪華な料理にありつけた。一皿ずつ運ばれてきた料理を思い返すと、彩られたサラダに始まり、魚料理、肉料理、最後のデザートまで高級感が滲み出ていた。腹の空腹感を助長させる薫りに、見たこともないようなトッピングと具材、そしてこれまで味わったことのない極まれた料理に、視覚、嗅覚、味覚と五感の内の三つを鮮やかに刺激された。これらを五千円で食べられたのは本当にラッキーだった。他の参加者達も満面の笑みを浮かべている。ただ一つだけ言わせてもらうなら......。
量少ねぇ......。
最初はナイフやフォークをどう使うのかと緊張していたが、料理はすべて箸で頂くものと土井に言われ安心した。安心したとたん空腹を覚え、さらに食欲をそそる料理に余計にお腹が空いた。しかし、俺は基本大盛で食べる大食漢なのでまず絶対的に足りない。腹の半分も満たしていないような気がする。
それに旨かったからよかったが、ちびちび食べてたから不満というか不足だった。
おもいっきり遠慮なくいきたがったが、質素に食事する周りの人達や雰囲気から一人だけ汚く食事するわけにもいかず、みんなに習い俺もなるべく少しずつ口に運んだ。結果、舌は満たされたが腹は満たされなかった。
食後のコーヒーを飲みながらそんなことを考えていると、土井がタイミングを見計らい再びイベントについてついて説明を始めた。
「皆さま、料理の方はお口に合いましたでしょうか? もし何か要望があれば遠慮なく申し付けください」
量が少ないです! と手を挙げて言いたいがそんな勇気は俺にはない。誰か言ってくれないだろうか。
「では、一息ついたと思いますので改めてイベントについてお話しさせていただきたいと思います」
全員姿勢を正し、土井の言葉に耳を傾ける。
「まず、今日から四日間皆さまにはこちらに宿泊していただきながらイベントに参加してもらいます。食事は私がご用意致します。食事時間は朝は八時、昼は十二時、夜は七時にここ食堂で取っていただきます」
誰も口を挟まず土井の話を聞く。
「次に皆さまの泊まる部屋ですが、こちらで部屋割りを決めさせていただきました。後で部屋の鍵を渡しますのでお使いください。なお、部屋の交換等はご遠慮ください」
一度頭を下げる土井。
「では本題です。イベントについてですが、まず皆さまにある映像を観てもらいます」
「映像?」
織斑が訝しげに聞いてきた。
「はい。前回はある部屋で起きた殺人、スタッフが用意した人形、を参加者の皆さまで考察し、番号を振られた候補者から犯人が誰か探しだす方法を取りました。今回もだいたい同じですが、違うのは最初に見せるのが映像ということです」
「なるほど、それが今回の問題になるわけだ。映像を観てそこから犯人を探す、と」
「その通りです。映像を観ていただかなければ事件解決は困難かと思われます。ですので必ず観ていただきます」
「どんな内容なんですか?」
「それは申し上げられません。後程流しますのでその時ご確認ください」
「バカだな、前もって言っちゃったら意味ないだろう」
「うるさいわね。ただどういう系統なのか気になったから聞いてみただけよ」
「あれ? もしかしてビビってる? ホラーとか苦手な感じ? ミステリー好きにそれはないよ」
「別にビビってないわよ、失礼ね」
派手な服装を来ている男女が軽い言い合いを始めたが、スーツの男が二人を止める。
「まあまあ二人とも落ち着いて。まだ土井さんから説明を聞いている最中ですよ」
そう言うと二人は黙り込み、土井が再び話をする。
「ありがとうございます。映像は夕食後、八時に休憩室で流しますのでお時間になりましたらお集まりください」
振り子時計の時刻を見ると今は二時半を指している。まだまだ時間がたっぷりあった。
「五時間半もあるじゃん。その間何してればいいんだよ?」
「まだ皆さまにはこの館の間取りを把握できていないと思います。その間にどこに何があるかご確認していいただければと思います。もちろん、部屋で寛ぐのも構いません。そこは皆さまの自由にしていただいて結構です」
「まあ、妥当だわな」
「ただし、二つ条件があります」
「条件?」
「一つは一日ごとに皆さまにはご自分の推理した旨を書いた紙を提出していただきます。もし、何も手がかりを見つけらなかった場合はその場で失格とさせていただきます」
「まあ、それはないんじゃないかな。みんな推理をしたくてここに集まったんだから」
「当然ね」
「だったら見て回っておいた方がいいだろう」
「それで、二つ目は?」
「二つ目は必ず守っていただきたいのですが......」
土井の声のトーンが下がり、その変化に皆少し強張っている。
「二階の奥、皆さまの宿泊する部屋の一番奥の部屋ですが、絶対に入らないようにお願いします」
威嚇とも言える土井の表情と声に、全員萎縮してしまった。
「な、何故ですか?」
「それは申し上げられません」
「何かあるんですか?」
「無用な詮索は控えていただきます。何卒ご理解を」
頭を下げる低姿勢を見せるが、身体からは絶対に許さないという念のようなものが滲み出ており、それ以上誰もその部屋について尋ねることはなかった。
「わ、分かりました。頭に入れておきます。部屋に近づかなければ良いだけですしね」
「そ、そうですね。そうだ、土井さん。提出する紙は何時までに出せばいいんですか?」
「おっと、肝心なことを伝え忘れていました。その日の零時までと致します」
うってかわって土井は通常の声に戻り、穏和な表情をしている。
「それはただ紙に書いて出せばいいのかしら?」
「いえ、こちらでご用意しております。そこにその日最低限解いていただきたい謎が書かれておりますので、それについてご自分の推理を書いて提出してください」
「お、なんだか面白そうになってきたな」
みんな笑顔で、早く事件が起きて推理をしたいと言わんばかりにウキウキしているように見える。一人を除いて......。
......ヤバくね?
それを聞いて俺は焦った。正直言うなら俺は推理好きでもないし、そのつもりで参加していない。旨い料理とレイの調査のためだけに来ただけだ。このままでは早ければ明日にはここを追い出される。そして俺は自他共に認めるように頭が悪い。推理なんて頭が良い奴にしかできないものだと思っている。
ただ四日間旨い飯にありつけられると思っていたが甘かったようだ。
どうする?
頬に手をやり考えようと横を見るといつの間にかレイが姿を見せていた。
ア、アホ、誰かに見られたらどうする! と慌てて周りを見ると誰もレイに気付いている者はいないようだった。これまでレイが見える者はいなかったが、姿を見られたことを考えるとあまり良い状況になるとは思えないので、極力人が大勢いるところでは姿を見せないように言っていたのだが......。
あぶねえな。全く何考え--。
人がいる中、口には出せないので心で怒っているとレイの様子がおかしいことに気付く。
天井を見つめたまま全く動こうとしない。てっきり脱落の可能性がでてきて推理なんてできない俺に『諦めるな! あんたが脱落したら元も子もない!』と伝えに現れたと思ったが、そうではないらしい。
何だ? 天井に何かあるのか?
そう思い俺も見上げるが、特に変わった所のない質素な蛍光灯と天井があるだけだった。玄関はあんなシャンデリアがあるのに何でここは蛍光灯なんだと思ったぐらいだ。レイもそこに疑問を持ったのだろうか。
いや違う。レイの目はさらに奥、二階の何かを見ている、もしくは感じているように思えた。
ちょうど端の部屋ぐらいの位置だろうか。ということはまさか......。
俺の思い付きと土井の合図が同時だった。
「それでは、夕食まで自由行動とさせていただきます」
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