3 馴れないことはしない方がいい
当日になり、俺はイベントが開かれる館を目指していた。どうやら山の中に建てられているらしく、現在急な階段を登っている。
朝早くにアパートを出発し、何回も電車を乗り継いだので尻が痛い。三時間もの間電車に揺られ、ようやく最寄り駅に着いたはいいが寂れた場所で人っ子一人見当たらない。右手にバスの停留所兼休憩所のようなものが見えるがかなり腐敗しボロボロと化している。周りも見渡すが民家はおろか建物自体がなく、田んぼのような平地と林しか広がっていなかった。
てっきり迎えのバスなりあると思っていたが甘かった。地図を印刷してきて正解だった。地図を見ながら俺は館を目指す。
目の前の一本の道をひたすら進み、T字路に突き当たる。そこを左に曲がりまた道なりに歩くと山へと入る階段が見え、今へと至る。
地図によればどうやら階段を登りきれば館に着くようだが、この階段がやっかいだ。全く整備されておらず、風化や雨水に晒されて所々欠けたり破損していたりしていて、気を付けないと足をとられそうだ。現に何回か階段の石が体重をかけた瞬間崩れて転びそうになった。気を回さなければならず余計な体力を消耗していた。レイはというと今は姿を消している。
彼女は自分の姿を見せるONOFFの切り替えができ、必要なとき以外は基本姿を消している。どうやら姿を見せるのは何かと消耗するようだ。幽霊に体力も気力もないと思うが、彼女がそう言うんだからそうなんだろう。
長い時間をかけようやく階段を登りきり、振り向くとなかなかの景色が見えた。青い空に白い雲、日の光を浴びて森の木々が輝いているように見える。かなりの高さまで登ったらしく麓が全く見えないが、空気が澄んでおり大きく息を吸った。肺に酸素が体内に取り込まれ、清潔で新鮮な空気を送り込んだことで細胞一つ一つが喜んだように身体が軽くなるのを感じた。こんな気分になるのは久しぶりだった。
俺は妄想癖持ちではないが、気分が高まったことでなぜか自分は詩人になっているつもりになり、突然詩を読みたくなった。詩など読んだことないのだが、したくなったんだからしょうがないだろう。
『空が僕を見つめている......』
おっ、いいんじゃない? なんか詩っぽい。よし次。
『空が僕を見つめている。青空が僕を見つめている。その視線に気付いた僕も見上げて青空を見つめる』
やっべ、なんかいい。どこがいいかなんて知らんが、なんかいい。自分のことを僕なんて言わないけど、今俺は詩人だ。詩人なら俺なんて言わないだろう。この調子でいくぞ。
『僕は空が嫌いだ。何も答えないから嫌いだ。ずっと見続けても空は何も反応しない。だけど今日は違った。向こうの空から大きな腕が......』
ん? 大きな腕?
我に還って改めてみる右側の空から暗い雲がこちらに迫ってきている。そのスピードは速く、あっという間に上空まで達した。その次の瞬間大粒の雨が降り始めた。
「うお、マジか!」
バケツをひっくり返したような雨が降り注ぎ、手を頭の上にかざすが焼け石に水で、瞬く間に全身がずぶ濡れになる。
「ちきしょ~。空なんて嫌いだ~!」
声をあげるが豪雨に消され、虚しいばかりだった。
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