2 痛い出費
「ミステリーイベントですか?」
「ああ。ある館で開かれるイベントで、簡単に言えば犯人探しをするんだけどさ」
三週間前、バイトの勤務中一緒に働いている先輩からミステリーに興味あるかという質問を受けた。人並みにはある、と答えると、あるイベントに参加しないかと、家でネットからプリントアウトしてきたイベント内容の紙を見せながら聞いてきた。
「どこでやるんですか?」
「県外なんだけどな。それも四泊してやるイベント」
「あ~、じゃあ無理ですよ。四日もシフト変わってもらえませんよ」
日時を聞くとそのイベントはちょうど俺のシフトと日にちが被っていた。一日だけならともかく、三日も被ってはまるまる休みを貰いづらい。それに野郎と行っても楽しくない。
「俺が変わるからさ。どうよ?」
「えっ、先輩は行かないんですか? 先輩に来た招待状でしょう?」
「いや、実は俺も行けなくなったんだよ。急な予定が入って二日目と被っちゃってさ」
「キャンセルすればいいんじゃないですか?」
「それがキャンセル料が発生しちゃうんだよ。キャンセルは一ヶ月前までらしくてさ。三週間前の今じゃ手遅れってわけ」
聞くとキャンセル料は申込み料の半分の値段、つまり五千円を払わなければならないらしい。フリーターの自分達には痛い出費だ。
「誰かに行ってもらいたいけどなかなか見つからなくてさ。だからどうよ森繁、行かない?」
「う~ん、どうですかね。参加するほど興味はないんですけど」
「食事は豪華らしいし立派な部屋で寝れるらしい。イベントじゃなくそっちで楽しむのもありだぜ?」
「でもな~」
チラっと先輩の横を見る。そこにレイが佇み紙を覗き込んでいた。どうやらレイは少なからず興味があるらしい。
「彼女もいないから一人旅気分でどうよ?」
「余計なお世話ですよ」
あんたにもいないだろう、と口にはせず心の中で呟く。先輩は彼女いない同士として俺に仲良くしてくれている。仲良くしてもらえるのは嬉しいが、最近『同志』として括られているような感じを受け正直微妙な気分だ。
え~、俺には彼女はいませんよ。でも居候の女の子ならいます。幽霊ですけど......。
レイのことを言ってもいいがまず信じられてもらえないだろうし、気味悪く思われるのが関の山なので口にしない。
「っていうか先輩ミステリーに興味あったんですね。知らなかった」
「いや、ないよ」
「じゃあ何で!?」
「いや~、このイベント倍率かなり高いらしくてさ。そういうのを聞くと参加したくなるんだよ」
またか、と思った。この先輩はよく分からない嗜好を持っていた。興味もないくせに倍率の高い懸賞やアイドルのイベントの参加権を手に入れようとする。そして見事当選すると自分の運の強さを自慢し、純粋に行きたかっただろう一人分の枠を潰してざまぁ、と蔑む部分があった。以前も二人で面白半分で応募した懸賞で先輩だけが当選したが、その時のウザさときたら。それ以外はまともな人間なのに。
すると横にいたレイがしきりに紙を指差して見ろと急き立てていた。何か面白いものでもあったのだろうか。
「先輩、その紙見せてもらってもいいですか?」
「お、興味出てきたか。いいぜ、ほら」
先輩から渡された紙を見てみる。インターネットから印刷したイベントの紹介や内容が印字され、『選ばれた君が解を解き明かせ!』とデカデカと見出しがついていた。先輩ホント好きだな~こういうの。
一通り見るが特に変なところは見つからなかったが、それに気付いたレイがある一点を指差す。そこには前回のイベントで見事問題を解き明かした参加者の男性の写真とコメントが載っていた。レイの指は写真を差し、俺はその意図を理解した。
胸から上だけだがカジュアルな服装をした男性が、笑顔で白い歯を見せ顔の横でガッツポーズをしている。黒の短髪で眼鏡をかけ、知識豊富そうな顔立ちだ。よく見るとその男性の首から銀色のネックレスが垂れていた。
おいおい、まさか......。
視線を戻すとレイは頭を縦に激しく振っている。釘でもあれば打ち付けられる速さと勢いだ。
行けと? こいつに会わせろと?
安直な意見かもしれないが、一応手がかりと一致しているので確認したい気持ちも分かる。だが、イベントに参加してもこの人がまた来るとは限らない。むしろ参加しない、できない方が確率が高い気がする。
俺が写真の男性を見ているのに気付いた先輩が言ってきた。
「ああ、その人前回の参加者で完璧な推理をしたらしいぜ」
「へ~、頭良さそうですもんね」
率直にそう思ったが、先輩は手を振った。
「それがそうでもないらしいよ。どんな仕事をしているか知らないけど、ネットの噂ではフリーターをしてるんじゃないかって」
前回のイベントについて書き込む掲示板があるらしく、あれこれ情報が飛び交っているらしい。
「フリーターだから頭悪いとは......」
物知りなフリーターもいるのではないだろうか。まあ会ったこともないし聞いたこともないが。
「でも特別な理由もなくて賢かったらエリートとはいかないまでも定職には就いてるはずだろ。何かやりたいことがあれば話は別だけど」
「まあそうですね」
「それにこいつを見たって奴がいるらしいんだけど、仕事中にこっぴどく怒られてたらしいんだよ」
「別に変でもないでしょ」
「怒られること自体はな。でもその内容がアホらしくてな」
「どんな?」
「休憩時間を過ぎても仕事に戻らなかったらしい。理由はダルくなったから。連絡もしなかったとか」
「はあ? 何すかそれ」
「呆れるだろ。俺でもあり得ないと思うよ」
そりゃ怒られて当然だ。きっちり仕事をこなすのは当たり前であって最低限のマナーだ。
「良識のある人ならまずやらないだろ? そんな奴が難問を見事推理するなんておかしい、ってネットで話題になってるんだよ」
確かにおかしいと俺も思う。ただ噂は噂であって事実ではないかもしれない。実際は賢い人なのかもしれないが、会ったこともないので判断できない。
「でも、その人またイベントに参加するんだよ」
「えっ、来るんですか?」
「ああ。前回の唯一の正解者だから特別参加するらしい。それで噂が本当かどうか確かめに行こうとしたら、この様よ」
肩を透かした先輩の横で、レイがこの男性と会えると知ってますます興奮している。指差して振っているのだろうが、あまりの速さに全く見えない。少し落ち着けお前。
「だから森繁、行ってきてくれないか。噂の真偽を確認してきてくれ」
頼む、と手を合わせてお願いをする先輩。その横で同じ格好をするレイ。
こりゃ、断れないな......。
今の話を聞いて俺も少し気になったのも事実だ。一応レイの調査にもなるし、うまい御飯にもありつけ、噂も確認できる。正に一石三鳥と言ったところか。
「分かりました。行きます」
「本当か? サンキュー。マジ助かったわ」
そう言って先輩はポケットからイベントの招待状を出した。受け取ろうとして右手を出すがヒョイ、と交わされた。不思議に思っていると反対の手を差し出してきた。
「五千円になります」
「金取るんかい!」
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