第12話
駅音当日。朝早くから駅前広場では会場の設営が行われていた。音響のチェック、ステージ及び観覧席の準備、ステージ進行の打ち合わせ等など。
サキは先日の実行委員の田中さんに、事情があって七人ではなく、自分ひとりで出演することを伝えた。急なことに田中さんは少し戸惑ったが、ひとりでも出演し
たいと申し出るサキを見てOKを出した。前日寝ていないサキは目が充血していたし、顔も真剣そのものだったからだ。
開演時間が迫って来ると、徐々にお客さんが集まり始めた。観覧は無料なので誰でも気軽に参加できる。
夏休みの間、ずっと通っていた駅前広場での路上ライブ。いつかは駅音のステージに立ちたいと思っていたが、まさに本当に叶うとはさすがのサキも思ってもみなかった。が、しかし自分ひとりである。七人で出演できないことへの歯がゆさがあった。
トップバッターのバンドが演奏を始めた。高校生バンドだった。どこの学校かはわからないが上手かった。世の中にはたくさんの上手い奴がいる。サキは思い知らされた気がした。次々に登場する若手のバンドもみな上手だ。サキに少し動揺が現れ始めた。
そしていよいよサキの出番になった。ひとりでステージに上がると、客席からはパラパラと拍手が起きた。
「えーと、本当は七人のバンドなのですが、わけあってひとりだけでやります。昨夜寝ずに作った曲です聞いてください」
「歯車」
(アルペジオで静かに始まる)
時計から歯車がこぼれ落ちた
時計は止まる
でもあたしは指で時計の針を無理やり動かす
それって本当に時を刻んでいるというのか?
歯車はもう戻らない 見つからない
それでもあたしは指で時計の針を無理やり動か
す
バンドからみんながいなくなった
空中分解
でもあたしはひとりでだってギターをかき鳴らす
それって本当にビートしてるのか?
みんなはもう戻らない どこかへ行ってしまった
それでもあたしはひとりでだってギターで爆音鳴
らすんだ
(ここより激しくなる)
悪いのはあたし? みんなあたしのせい?
あの純粋な思いはどこへ行った?
教室にひとり取り残される
窓の外の校庭にみんながいる
でももう届かない
たった一個の小さな歯車がなくても動かない時計
今一体どれくらいの時間が経ったのだろう?
(その後リフの応酬が始まる。そしてギターソロ。
ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ。メロディ無視の
めちゃくちゃな演奏になり、突然息途絶える)
駅前が静まり返った。演奏が終わったというのに誰も拍手しない、というより金縛りにあったかのように動けなかったのだ。
「これが今のあたしにできる精一杯。じゃああたしはこれで…」
とステージを後にしようとしたサキの後ろから、ドスンというバスドラムの重低音が響いた。びっくりしたサキが振り向くとドラムキットにはいつの間にかユキが
いた。そしてその横にはベースを構えたミキがいた。
「え? どうしてふたりがここに?」
「いや、ユキがどうしても行こうって誘うからさ」
「ミキもサキが気になってたくせに~。やっぱりウチらは三人一緒じゃないとね~。ミキからメール来たでしょ? あれもウチが送ったら? って言ったんだよ」
「そうか、来てくれたのか…」
「ほかのみんなもいるよ」
ミキが客席を指差すと、最前列には横断幕を掲げた茉莉と美登利他幽霊部員がいた。急ごしらえの手作り感たっぷりの横断幕だったが、サキミキユキの大きな文字
が心強い。さらに後方の席には瑠璃と手を振るふたばがいる。ステージ袖を見れば、次の出番を待つ橋本バンドの中に陽子がいた。形はどうあれ、七人が駅音に集結して
いた。
とっさにサキは実行委員の田中さんに目線を送った。大きく丸を作っている。どうやら時間は大丈夫なようだ。
「サキミキユキの三人がそろったということは!」
サキが威勢良く掛け声を掛けると、ミキとユキは声を合わせた「サキミキユキのテーマ!」
「サキミキユキのテーマ」
ギターは任せろなんでも切り裂くぜ
爆音騒音公害なんでもありだ
まっすぐにしか走れない
まっすぐにしか走れない
GO! GO! GO!
それがサキだぜ覚悟しな!
ベースでブイブイいわせる乙女
チョッパーベース鉄の指
ツンデレ女王はあたしのこと
ツンデレ女王はあたしのこと
チェケラ! チェケラ!
ミキ様のお通りよ
ドラムよ轟け雷のように
リズムはずれてもビートは外さない
天然キャラはなおらない
天然キャラはなおらない
1234!
ユキですよろしくね
(ギターソロ 相変わらずメロディ無視)
そんじょそこらのガールズロックじゃねえ
誰もが恐れるウチらはモンスターロックだぜ
怪獣みたいにあばれてやるぜ
怪獣みたいにあばれてやるぜ
Here we go!
ウチらはサキミキユキ
相変わらずの下手くそで衝動的なロックだったが、やはり独特のビートが込められていて、切れ味鋭いサキのギターをはじめ、合ってないミキのベース、遅れるユキのドラム。そのどれもが欠けてもこのサキミキユキの曲は成り立たなかった。
本来サキたちは出演する予定のなかったはずだし、時間枠を超えての二曲演奏は、実行委員からすると叱責ものだったが、最終的には大盛り上がりとなった。客席
にいる女子ロック部員たち、ステージ袖の陽子も拍手を送っていた。
本当にこれで悔いはない、とサキは拍手を浴びながら感激に浸っていた。
しかしそれもつかの間。次に出演した橋本バンドの声援は凄まじいものがあった。新たに陽子を加えて、ボーカルに専念した橋本の布陣は、まさに最強だった。その姿にサキはまたライバル心が芽生えるのだった。
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