第10話
「みんな音姫7にさらなる躍進のチャンスが来たぞ!」
学園祭の後、視聴覚室に集合した女子ロック部員たちを前にして、教卓に立つサキは興奮気味に顔を真っ赤にした。
ステージ実行委員で体育館の片付けをしていた茉莉と美登利他幽霊部員には疲れの色が出ていたし、瑠璃は相変わらずパソコンの前だった。まともに聞いてるのはミキとユキと陽子とふたばだけだった。
「駅前市民音楽祭、通称駅音に出場できることが決まったんだ。今度は屋外ステージでやれるんだ。あたしたちのやってたことが認められたんだよ」
サキは教卓を叩きながら大声を張り上げた。がしかし陽子が冷めた顔で言った。
「申し訳ないがわたしは出演できない。覚えてるかな? 契約では学園祭ライブまで所属だったよな。だからわたしは今日を持ってバンドを抜けさせてもらうよ」
「ちょ、ちょっと陽子。それはないだろ。確かに学園祭までとは言ったけど、駅音までのあと一週間。一週間だけ一緒にやってくれればいいんだよ」
慌ててサキは陽子の前に来ると詰め寄った。だが陽子の決心は固いのか、サキを避けるように立ち上がった。
「それにわたしは橋本のバンドに行くことになったんだ」
「え…」
その場にいた全員が陽子の顔を見た。突然の陽子の告白に誰もが耳を疑った。
「駅音には出演する。だけど音姫7じゃなくて、橋本のバンドのギタリストとして出演する。それだけだ」
「橋本に引き抜かれたんだな? あいつめよりによって陽子に手を出すなんて…」
「まあ誘われたのは事実だけど、わたしも橋本の才能に興味を持って近づいたんだよ。今だから話すけど、学園祭前から橋本に接触して色々と話をしていたんだ」
「そんな…」
サキは絶句した。あれだけ一緒になって築き上げた音姫7が、実はすでに崩壊の道を進んでいたことが信じられなかった。
「じゃあ、わたしはこれで。あとは六人でがんばってくれ」
全くもって悪びれた様子もなく陽子は視聴覚室を後にした。サキはしばらく黙っていたが、おもむろにギターを取り出した。
「さあ、みんな駅音に向けて練習するぞ!」
「ちょっと待ってくれよ。今日学園祭ライブしたばかりで、みんな疲れてるんだ。せめて明日からにしようよ」
ミキがほかの部員を気づかって言った。
「あの…サキ先輩…」
ふたばがおずおずとサキの前にやってきた。伏し目がちで落ち着きがない。
「なんだ」
「えっと、その、実は…退部したいんです。ごめんなさい。今回の曲でダンスを作っていてもっと別な何かができるんじゃないかって、ずっと思っていたんです。そしたら学園祭でダンス部を見ていたら、ふぅの本当にやりたいことがわかった気がしたんです。ダンス部に移籍します」
「ふたばまで!?」
サキがふたばの肩をつかんだ。
「瑠璃先輩とは音楽の趣味は合いますし、歌やダンスで自分を表現できて、確かに楽しかったです。でももっとダンスをしたいんです。創作ダンスももちろんですけど、古典的なダンスにも興味があります。だからふぅは…自分のやりたい道に行きたいです。みなさんごめんなさい!」
「瑠璃、なんとか言ってやれよ。相棒だろ?」
サキはパソコンの奥の陰気な女に声をかけた。しかしかえってきた答えは意外なものだった。
「自分も今日限りでクラブ活動は終了したい。本当は夏休み前にでも終わりたかったのだが、サキが学園祭学園祭って言うので付き合ってやっただけだ。自分はこれから進学に向けて学業優先で行く」
「は? ウチの学校のレベルで進学? 専門学校か?」
「ちょっとちょっとサキ」ミキが割って入った。「瑠璃は進学コースの生徒だよ。知らなかったの? 学内トップの成績優秀なんだから」
「じゃあ、これで三人抜けることになるのかよ。駅音ライブはどうするんだよ」
「どうするって、サキが勝手に決めたことじゃない。わたしたちになんの相談もしないで」
茉莉が文句を言った。
「それじゃあ、お前たちは駅音には出たくないのか? 伝統ある音楽祭だぞ」
サキは逆に詰め寄ったが、部員たちは顔を見合わせるだけで何も言えない。
「サキ、わたしからもひと言。ウチの家の自営業が今忙しくて、学校終わったあと手伝わなくちゃいけないんだ。だから毎日は練習に付き合えないかもしれない」
「ミキもか! みんな勝手すぎるよ!」
サキは憤慨したが、同じくみんなサキに対して憤慨していた。
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