第4話

 河野原高校から徒歩二十分ほどのところにあるのが、市内で最も大きなターミナル駅である。近隣の市街地で最も栄えている地方都市独自に発展してきたこの駅に

は、広い駅前広場が設けられ、市民の憩いの場所となっている。さながら公園のように緑樹が植えられ、大きなスペースやステージもあり、年間に何度かイベントなどが

行われている。主にアマチュアを中心に、音楽祭なども度々開催されており、地元のミュージシャンからは憧れのステージともなっていた。そんな思いからか、いつしか

この広場で路上ライブを行うものが出始めた。

 最初は音楽祭のステージ立ちたいという、ほのかな憧れを持ったアマチュア・ミュージシャンがきっかけだっと思われる。しかし年々その数は増え続け、今ではこの駅前広場で路上ライブをやってこそアマチュア・ミュージシャンとして認められる、という登竜門的な聖地へと変容していった。地元で音楽の道を志すものであれば、誰もが一度は通る道となっていたのだ。

 サキもそのひとりである。今年の夏休み中から、度胸試しと銘打って、駅前広場で単身自分の曲を披露している。しかし、ここでもサキの音楽性への理解は厳しいものがあった。というより、歴史ある駅前広場での路上ライブを聞く、耳の肥えた市民リスナーだからこそ厳しい目で見られているとも言えた。常連かつ人気のあるバンドやミュージシャンほど駅ビルの近くでライブができるが、そうでないものは広場の隅へ追いやられてしまうのだ。聞いてくれる人もいないような寂れた場所でのライブは、更なるリスナー減少への拍車をかけた。

「早川早生さんね。ああ、あんたずっと毎日ここに来てるねぇ。夏休みだけじゃなく、新学期始まっても来るとは思ってもみなかったよ」

 広場でのライブはほぼ治外法権的に行われていたが、一応形式上は駅前交番にて広場の使用許可を得なければならない。とはいえ、事前に申請しなくても、行ってその場で書類提出すれば問題ない。サキは筆圧の高さで何度もシャーペンの芯を折りながら書類に書き込んだ。

「じゃあ学生証見せて…河野原高校三年と…。もうすぐ学園祭じゃないかね? 最後の学園祭だねぇ。ライブには出られるのかい?」

「一応…」

 サキはそっぽを向きながら答えた。ライブに出演できないこともないが、気持ちは複雑でモヤモヤしていた。

「はい、じゃあ頑張りなさい。ああ、あとアンプのボリュームは控えめにね。君、音がちょっと大きいからね」

 気の良さそうな初老の警官は、やわらかい口調でサキに注意をうながした。

 広場の入口からすでに数組のバンドやミュージシャンが場所を取って、思い思いの曲を演奏していた。年齢も性別もバラバラ。音楽のジャンルもバラバラ。みんな好き勝手にやっている。アマチュアとはいえ、中にはセミプロのような腕前のツワモノもいる。

 サキは広場奥の人気のない場所を選ぶと、ギターケースを下ろし、ギターを取り出した。愛機である鋭いエッジの異型V字ギターだ。それを電池駆動の手のひらサイズの小型アンプにつなぐ。見た目はおもちゃみたいだが、しっかりと音は出る。

「さて…」

 準備が整ったサキは、モヤモヤした思いを振り払うようにギターをかき鳴らした。ギターの見た目通りのエッジの効いたリフが次々に飛び出す。高速でピッキングするので少々、というかかなり雑である。勢いとスピードで聞かせるので、流してごまかしてる感じだ。足を大きく広げて踏ん張り、上半身はしつこいくらいに身をよじったりヘッドバンギングしたりと常に忙しい。

 アンプからは割れ歪んだ音が洪水のようにダダ漏れしていた。聞いた人誰もが思わず顔をしかめたくなるようなやかましさである。加えて演奏も下手である。若さ

ゆえの音に違いないが、あまりの衝動的な音像はこっけいですらある。いつの間にか隣接する他のミュージシャンは次第にサキから距離を取り始めた。

 更に人気のいなくなったサキの周り。追い打ちをかけるようにボーカルが入る。わめき散らすようなヒステリックな声はもはや公害である。

 それでもサキはギターを鳴らし、歌い続けた。誰に向けるともなく。

    

     「切り裂きギター」

  

    あたしのギターは何でも切り裂く破壊の刃

    ちょっとでも触れてみなよ、その指はあっという間

    に消し飛んでいくよ

    六つの弦が織り成す音楽はあんたの耳も切り裂 

    く

    だから気安くあたしの名前は呼んじゃいけないん  

    だよ

    切り裂く 切り裂く 何でも切り裂く

    奪い取る 奪い取る お前の琴線を奪い取って切り

    裂くんだ

  

 しかし、そんなサキの様子を遠巻きに眺めている人影があった。サキと同じ制服を着た女子生徒だ。最初は眺めているだけだったが、その内、一歩二歩と近づき、しまいにはすぐそばにまで来ていた。その様子にサキも気づき、見知らぬ見物人を意識した。さらに曲のテンポは速くなり、ボーカルも大きくなっていた。

 曲の演奏が終わると、見物人は拍手を送った。とは言っても感動して送ったというより、義理で手を叩いているようだった。

「はっきり言っていいかい。ギター下手だね」

 見物人はあっさりと言ってのけた。

「な、なんだと? どこが悪いってんだ??」

「全部。なってないね。基礎がまるっきりできてない。あと曲もひどいもんだ。よくそんな腕前でここで路上ライブしようなんて思ったね」

「おい、誰に向かって失礼なことを言ってるか分かってるのか?」

「ああ。あんた、女子ロック部の早川早生だろ? 学校じゃ有名だよ。一応わたしも河野原高校の生徒だからね。同じ三年生だし」

「あたしのことを知っててバカにしたのか? でもあたしはあんたのことを知らない」

「ああ、自己紹介してなかったね。わたしは別所陽子。あんたと同じギタリストさ。今はどこのバンドにも所属してないけど、夏休み前までは学外で大人のジャズバンドにいたよ」

 陽子は悪びれる様子もなくさらりと言ってのけた。

「あんたもギター弾くのか…。じゃあ、ちょっと弾いて見せろ。今度はあたしがあんたのことバカにしてやるから」

 サキは無茶苦茶なことを言うと、むりやり陽子に自分のギターを渡した。

「ふふ。そう来ると思ったよ。まあ、あんたが言わなくてもわたしの方からギターを借りて弾いてみせたけどね。へえ、意外といいギターだね。古いモデルだ」

 陽子は少しうれしそうにギターを触る。ギターを渡されてまんざらでもない様子だ。スラリと細身の陽子のスタイルの良さとギターの対比はどこか美しかった。するといきなりリフを弾き始めた。有名なメタルの曲のコピーだ。感触を確かめながら何度も同じリフを繰り返したかと思うと、ギターソロを披露してみせた。流れるよう

に滑らかで、美しいクラシカルなメロディラインだ。その後再びヘヴィなギターリフに戻る。このヘヴィかつメロディアスなギャップこそがメタルの醍醐味の一つだ。

「すげえ…」

 サキは圧倒的なテクニックとドラマティックな曲展開にぽかーんと口を開けた。

「どうだ? 少しは自分の腕の未熟さが分かったかい?」

 ギターを弾き終えると、陽子はサキにギターを返した。サキはこくこくとうなずくしかできなかった。感服してしまったようだ。

「な、なあ、陽子だっけ。あんたあたしにギターを教えてくれ。あんたみたいにうまく弾きたい」

「ふふ。手のひらを返したね。上手くなりたかったら練習あるのみだね。すぐに上達できたら世話ないよ。まあ、あんたの場合基本的なことが抜け落ちてるから、そこを補えば少しはマシになりそうだけどね」

「やる! 練習する! 今よりちょっとでも上手くなりたい」

「いいよ。教えてやるよ。でもいいのかい? あと二週間くらいで学園祭だろ? そこに出演するなら部活での練習があるんじゃないか?」

「そっちもやるし、あんたの特訓も受ける。あたし努力する! なあ、あと陽子頼みがあるんだ。もしよかったら、女子ロック部に来てくれないか? 今どこにも所属してないんだろ? 学園祭ライブまででいいから、頼むよ。陽子がバンドに入ってくれたら心強い」

「わたしを? うーん…」

 サキの強引な誘いに少し迷ってから「いいよ、学園祭ライブまでならあんたのバンドを助けてあげる。ちょっと面白そうだしな。わたしも高校生最後の学園祭ライブってやつを経験してみたいし」

「ありがとう。一緒にいいライブにしような!」

「おいおい、もういいライブになったつもりでいるのかよ…しょうがないなぁ」

 陽子は初めて笑顔を見せた。サキもつられて笑顔になった。

 ふたりはその後も夜になるまで学園祭のことや音楽のこと、ギターのことを語り合った。

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