第3話

 放課後の視聴覚室。女子ロック部の部員たちは今日はまばらにしか部室に来ていない。サキのバンド「サキミキユキ」と瑠璃のバンド「耽美醜」と、ごく小数の幽霊部員だけである。

 サキとミキとユキは、サキの作曲ノートを見ながら、学園祭で演奏する曲を選んでいた。

「あたしとしては、一曲に絞るんだからあたしらのことがよく分かる曲をやりたいんだよな」

「というと?」

「速い曲だ。速い曲をやるからこそ、あたしたちの持ち味が出せると思うんだ。手拍子も打てないくらい高速の曲をやって、客席をポカーンとさせてやるんだ」

「いや、いつも速い曲をやってるし、わたしら…」

「え~、じゃあウチのドラム追いつけないよ~」

「ユキ、お前が遅いだけなんだよ」

「いやサキ、お前のギターが速すぎるんだよ」

「お? ミキ言ったな? まるであたしが前に出過ぎてるとでも」

「分かってるじゃないか。もう少しリズムをキープしてくれるとわたしたちも合わせやすいんだよ。速かったり遅かったり安定してないんだよ」

「いいじゃん、どっちでも~」

 ユキがふたりをなだめようと割って入ったが、「良くない!」とすぐに跳ね返されてしまった。

「茶番だな」

 室内の隅の方から、ボソリと声が上がった。即座にサキが振り返ったが、瑠璃は黙々とパソコン操作している。視線の間にいるふたばが、おろおろとサキと瑠璃を交互に見ている。いたたまれない顔をしていたが、瑠璃がスローで不穏な旋律を奏で始めると、急にスイッチが入ったみたいにビクンと震えた。そしておもむろにダンスを踊り始めた。人が悶え苦しむかのような、見ていて苦しさを覚える不可解な舞に、室内みんな重苦しい気分になった。

「このプログレ女が…」

 サキは胃がもたれるような錯覚を覚え、うめきながら吐き出した。

 瑠璃率いる「耽美醜」は、シンセサイザーと打ち込みのリズムセクションで音が構成されている。アヴァンギャルドで先が全く読めないドラマティックな曲展開が特徴的だ。音階を全く無視しているところは、サキがギターコードを全く無視しているところに共通する。そこにふたばのダンスとボーカルが乗るのだが、そのどちらも瑠璃のメロディラインに勝るとも劣らない奇抜な舞踊と歌唱である。やはり一般の人には理解されにくい、という点ではサキと共通している。そして最大の特徴は、壮大なコンセプトに沿って歌詞世界が作られているということだ。長い長いストーリーがあってそこからヒントを得て歌詞を作っていると瑠璃は語っている。今は、古代の地球を支配していた妖魔を復活させる男と少女のストーリーを作っているらしい。

 さらに、瑠璃はもちまえのパソコン技能で、作った音源や映像をインターネット上に公開している。需要があるのか閲覧者はそこそこあるらしい。サキの曲もいくつか頼んでアップさせてもらっているので、この分野に限ってはサキも頭が上がらない。

 その時、視聴覚室の戸がノックされた。部員ならノックするはずがない、黙って勝手に入ってくる。気づいたミキが声をかけた「どうぞー」

 戸がゆっくり開けられると、長身の男子生徒が現れた。一瞬室内が静まり返ったが、すぐに窓際の一団から悲鳴にも似た歓声が上がった。

「早川、入るぞ」

 鴨居に頭をぶつけないようにかがんで入ってきたのは、男子ロック部の部長橋本和久だ。物静かでそっけない表情だが、内に秘めた炎が後光のようににじみ出ている。

「橋本…」

 橋本の放つ圧倒的なオーラに押されながらサキは、負けてはなるまいと歯を食いしばった。しかし、その光景はライオンに睨まれたネズミのようだ。

「何しに来た?」

 サキは威嚇したが、相手は全く動じてない。

「早川、学園祭の時間枠なんだが」

「枠がどうした」

「短くしてもらえないか」

「え?」

 サキは動揺した。意外な言葉を告げられて、前につんのめりそうになった。同時に室内の他の部員からも「えぇ~っ!?」と悲鳴が上がった。

「どうしてだよ!」

「川上知ってるか? 二年生の」

「知らん。誰だそいつは」

「川上のバンドを出演させてやりたいんだ。一年生の頃から目をかけてきたんだが、二年生になってさらに力をつけた。一度ここでステージを踏ませてやりたい」

 室内がどよめいた。「誰それ」「ほらあの」「知ってる」「すごいらしい」などと声が飛び交う。

「……!」

 サキは口を結んだまま。声が出ない。

「早川、頼んだぞ。じゃあ、詳しいことは波多野から聞いてくれ。邪魔したな」

 サキが口をモゴモゴさせてる間に、言うことだけ言うと橋本はあっさりときびすを返して視聴覚室を後にした。そして入れ替わるように波多野茉莉が入ってきた。

「実はね、茉莉学園祭ステージの実行委員なの。ゴメンね~」

 申し訳ないつもりがあるのかないのか、ニコニコしながら、茉莉はまた橋本の後を追いかけて出て行った。その更に後ろには美登利の姿もあった。美登利はサキに何か言いたそうな素振りを見せたが、何も言えずに茉莉の後を付いていった。さらにその後を今日視聴覚室に来ていなかった幽霊部員がくっついていく。

 視聴覚室の戸が閉められると、窓際の一団から歓声が上がった。窓際の一団はみんな口々に橋本を讃えている。

「サキ…」

 すぐにミキがサキに駆け寄ってきた。心配そうな顔をしている。それに気づいたサキは我にかえった。

「ちくしょう! 橋本のやつ勝手なこと言いやがって! 茉莉もだ。今朝、あたしたちのことを聞きに来たのは、このためだな? 橋本が直接聞きに来ればいいのによ。回りくどいことしやがって!」

 サキは怒り心頭で地団駄を踏んだ。そしてギターを片付け始めた。

「はー、やってられないわ。やる気なくした。帰る」

「ちょ、サキ! 学園祭はどうなるのよ?」

「明日にしてくれ明日に。あたしは帰る」

 サキはミキの言葉を振り払うようにアンプの電源を落とした。

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