第2話

 公立河野原高校は県下では比較的学力レベルは低いランクにあった。そのため、進学する生徒よりも卒業後すぐに就職する生徒の方が多い。自由な校風で生徒の自

主性を重んじるところがあり、勉強よりも生徒の個性を伸ばすことに力を注いでいる。それでも中には勉強に励みたい生徒もいるため、進学コースも設けてあるが、やはりほとんどの生徒はもっぱらクラブ活動を重視している。運動部のレベルは他校よりも高いし、文化系も引けを取らない。とはいえ自由な環境の中にあって、やりたい放題している生徒も中にはいるが。

「学園祭で何曲やるかだって?」

 翌朝登校して来たサキを待ち構えていたのは、女子ロック部の窓際幽霊部員波多野茉莉と三津谷美登利だった。サキはギターケースを教室の後ろに立てかけると、茉莉と美登利を振り向いた。ふたりは興味深そうな表情でサキを見つめる。

「男子ロック部から聞いてるのは、時間を十五分もらっているということだけだからなあ。あたしのバンド「サキミキユキ」と、瑠璃のバンド「耽美醜」しか出演しないから。そもそも女子ロック部にはそのふた組しかいないだろ。まあ、セッティングの時間も含めて、それぞれ一曲ずつといったところじゃないか?」

「サキだけじゃなくて、瑠璃も出演するの?」

 サキの考えを初めて聞いた茉莉は驚きの声を上げた。

「そりゃそうだろ。三年生で最後の学園祭だからな。出させてやらないと可哀相だろ」

「あら珍しい。サキも部員思いのところがあるのね」

「おいおい、部長をバカにするなよ。でも男子ロック部の部長…橋本はひどいな。自分たちはたっぷり時間を取ってあるんだろどうせ。確かに向こうは夏休みに全国高校生バンド大会で優勝した英雄だよ。凱旋ライブだよ。全校生徒聞きたいよ。でも、あたしだって三年間必死でやってきたんだ。それなのに一曲しかやれないってな、なんか泣けるよ」

 サキはつい本音をもらしてしまった。そんなサキを見て、美登利が励ます。

「でも、十五分もらってるからいいじゃない。もしかしたらその時間すらもらえてなかったかもしれないんだよ。その…サキが女子ロック部を作ったから…」

「分かってるよ。どうせあたしは造反者だよ。じゃあ、その十五分をありがたくもらいますよ。でもな、それは嬉しいが、なんだか橋本に借りができるようで正直に嬉しくない気持ちもあるんだよな。もっと自分で勝ち取った時間枠にしたかったよ」

 サキは自分の席に座るとカバンからノートを取り出した。そこには今まで作りためた楽曲が書かれている。

「もうやる曲は決まってるの?」

 楽しそうにノートを眺めるサキを見て、美登利が身を乗り出した。興味深そうに一緒にノートを眺める。美登利は前髪パッツンでセミロングのどこか優等生的な印

象がある。が、実際はごくごく普通の女の子である。

「いや、まだだけどな」

「美登利、サキがどの曲やっても同じよ。あんなやかましいノイズ、音楽とは言えないもの」

「おい茉莉、メタルをバカにするのか? メタルこそ史上最高にカッコイイ音楽なんだぞ。だったらあたしはアイドルは音楽とは認めてないからな。あんな生ぬるい音楽」

 美人の茉莉の目つきが一瞬変わった。美登利はその眼光が鋭く光るのを見逃さなかった。

「サキ、アイドルをバカにしないでもらいたいわね。メタルみたいに似たような曲ばかりをやらないのがアイドルなのよ。歌謡曲調のものから、ジャズ、ファンク、打ち込みの曲までやれる幅広い音楽性や柔軟性が求められるんだから。そして歌だけじゃなくて、ダンスも踊れなくちゃいけないのよ」

「茉莉、茉莉。本気にならないで。ケンカはだめよ」

 今にもサキに食って掛かりそうな茉莉を美登利が抑えた。ようやく茉莉は元の美人顔に戻った。

「茉莉ってば、いけな~い。あ、そうそうサキ、学園祭のポスター作ったんだけど目を通しておいて。まだ仮の段階なんだけどね」

 あまりの表情の移り変わりに、サキは少し引いてしまった。

 そんなサキをよそに茉莉はうれしそうに、サキの机の上にポスターを広げた。学園祭での男子ロック部の凱旋ライブの日時が書かれている。そして隅の方の申し訳ないほどのスペースに、オープニングアクトとして女子ロック部の名前が書いてある。

「茉莉、これお前が作ったのか?」

「もちろん。茉莉は頭悪いけど、真剣になるといつも以上の力を発揮するの」

 茉莉は得意そうだ。

「お前どっちの部員なんだよ」

「茉莉はただ学園祭ライブが円滑に進んでくれたらそれでいいの。ね、美登利」

「うん、そ、そうね。わたしもそう思うな。男子と女子に分かれてるけど、元は同じ仲間なんだから、仲良くやっていこうよ」

「仲良くねえ…」

 その時茉莉の携帯が鳴った。茉莉は携帯を取り出すと、通知画面を確認した。

「じゃあ、サキ。茉莉はこれでいくからね。また放課後部室でね~」

 茉莉と美登利は教室から出て行った。サキはやれやれとため息をついて、作曲ノートに目を落とし、曲選びを始めた。

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