サキミキユキ
真風玉葉(まかぜたまは)
第1話
河野原高校の東側にある旧校舎の二階に、今はほとんど使われなくなった視聴覚室がある。
夏休みが明けてすぐのある日の放課後、女子生徒たちがこの視聴覚室に集まり、みんな思い思いに時間を過ごしている。あるものは本を読み、あるものは談笑し、またあるものは携帯をいじっている。
室内の奥に据えられた簡素なドラムキットの前に座るぽっちゃりした女子生徒と、そのそばにベースギターを提げた長身の女子生徒が立っている。反対側には、持ち主を待つギターがスタンドに掛けてられている。
片方の辺が長い異型のV字ギターは、黒光りしたボディと刺さりそうなくらいとがった角が印象的だ。安物のシールドで接続されたアンプからはジリジリとノイズがもれている。
廊下の奥の方から段々と近づいてくる大きな足音がある。徐々に視聴覚室に近づき、部屋の前で止まる。勢いよく戸が開かれて、鬼のような形相の小柄でショートカットの女子生徒がずんずんと中へ入ってくる。
ほかの女子生徒たちはぴたりと動きを止め、入ってきた生徒に目を奪われる。
いかり肩で入ってきた女子生徒は、奥のドラムキットの前まで来て、ギターを引っつかんだかと思うとおもむろにギターをかき鳴らした。
視聴覚室は耳をふさぎたくなるほどの轟音で埋め尽くされる。次々に飛び出す性急なギターリフで耳をつんざかんばかりだ。遅れてベースがギターリフに合わせるように入ってくるが、実際には合ってない。何となく合わせている程度でしかない。さらに遅れてドラムも入ってくる。ドラムもまたギターよりも遅れている。ギターが早すぎるのかドラムが遅すぎるのか、とにかくずれまくっている。それでも三人が足並みをそろえたところでギターの女子生徒から割れるようなボーカルが飛び出した。
「音楽をさせろ!」
教室と言う名の牢獄 黒板には不可解な文字
ここはどこ? あたしはどこにいるんだい?
教育者とは名ばかりの牢屋番が言うんだ
自分を押さえ込んで、世間体を埋め込むんだって
そんなのあたしじゃないあたしの言葉で叫びたいんだ
音楽をさせろ 音楽をさせろ
自在にうねりながら音楽は流れる
音楽は自由 音楽は自由
みんなを揺さぶりながら音楽は進むんだ
(禍々しい音色のギターソロ)
轟音が止み、視聴覚室が静まり返ると、耳鳴りのような音がキーンと鳴っていた。
「相変わらずうるさいなあ」
窓際に並んで座っている一団から文句の声が上がった。
「そうだよ。ギター用意して待っていたら、急に新曲弾いちゃって。合わせるの必死じゃないか」
ベースを提げた長身の女子生徒吉田実樹が、窓際にいるきれいな顔立ちの波多野茉莉に呼応するように声を上げた。
「うるさいなあ。あたしはイライラしてるんだよ。せっかく新しいリフを作っていたのに注意されて怒ってるんだよ」
ギターを提げた小柄でショートカットの女子生徒、早川早生が不服そうに怒鳴った。この視聴覚室を陣取って仕切る女子ロック部の部長である。
「いや、うるさいのはお前だ」
「なにを?」
「また一階の書道部から苦情が来るよ」
「それなら新館の吹奏楽部だってうるさいぞ」
「お前のノイズよりよっぽど聞き心地いいだろ」
「なんだと?」
ボーイッシュなサキは視聴覚室内で飛び交う野次にいちいち突っかかった。
「でも~、ミキは~、サキのギターを嬉しそうに準備してたよ~」
険悪な雰囲気の中、ドラムキットからのんきな声が上がった。ちょっとポッチャリ目で温厚そうな女の子だった。桜井由貴だ。
「ちょ、バカ、なに言ってるんだよ! ユキ!」
ベースのミキが顔を赤くしながら慌ててドラムのユキの口をふさごうとする。それを見たギタリストサキがニヤニヤしながミキとユキを見ている。
「しょうがないなユキはー。お前だって一緒に楽しそうにアンプの準備してたじゃないか」
ミキは髪をかきあげながらごまかすように話をそらした。
「ウチは楽しいよ。サキとミキとユキでバンドするのが大好きだもん」
ユキは分かっているのかいないのか、満面の笑みで答えた。
「へっへー。そうかいそうかい。あたしのために喜んで奉仕してくれるんだねえ」
サキはうれしそうに舌なめずりした。
「おい、調子に乗るなよ!」
ミキが怒鳴った。それに加勢するように窓際の一団から「そうだ、そうだ」と声が上がる。
サキミキユキは3ピースバンドである。やっている音楽は、リーダーのサキに言わせると「メタル」なのだが、その言葉は広義過ぎてイマイチ音のカタチが分からない。ひとことで片付けるなら、速い曲をノイズまみれにして、メロディラインのほとんどないボーカルをわめくだけの、はた迷惑な騒音である。加えてメンバーの腕が未熟であり、余計聞きづらくなっている。勢いだけで乗り切ってしまうようなロックバンドなのである。
内紛する三人組のバンドに、野次を飛ばす外野。視聴覚室は騒然となった。それをかき消すように、室内の隅の方から不穏な音色が流れてきた。その途端、ワーキャーした声が途絶え、どんよりと重たい空気に支配された。
「授業中に作曲とは余裕だな」
視聴覚室の隅っこにシンセサイザーやらパソコンやらたくさんの機器がつなぎ合わされた中から、メガネの奥からじろりと睨む、いかにも陰気そうな女子生徒がボソリとつぶやいた。
「おい。おいおい。瑠璃ってばそんな堅いこと言うなよ。歴史の授業なんて退屈じゃないか。それを有意義に過ごしただけだよ」
シンセサイザー奏者の大崎瑠璃はじっとサキを睨みつけたままだ。
「早川。お前歴史をバカにするのか?」
「なんだよ…バカにして悪いか?」
「だから職員室に呼ばれたんだろ?」
「うるさいなあ! そうだよ。しこたま怒られたよ。でもそれを歌にして何が悪い?」
ついにサキは逆上した。それを見た瑠璃は首をすぼめてため息をついた。
「あの…早川先輩、あまり先生方を困らせないであげてくださいぃ」
そんなふたりのやり取りを見ていた小柄で可愛らしい女の子がおずおずと口を開いた。瑠璃のバンドでダンス・ボーカル担当の白畑ふたばだ。しかしサキにじろりと睨まれると子猫のように慌てて瑠璃の後ろに隠れた。
「サキー。男子ロック部も練習終わったってメールが来たから、茉莉たち新館に移動するねー」
窓際の一団の中からひとり立ち上がり断りを告げた。色白で長髪の女子生徒、波多野茉莉だ。目鼻立ちが整っていて、ひときわ垢抜けている。一緒にいる他の女子たちよりも一人だけ輝いているから、余計目立つ。茉莉はサキの返事も確認しないで視聴覚室から出て行った。それに続くように窓際の一団がゾロゾロと出て行った。
「まったくあいつら、幽霊部員たち…何しにここに来てるんだか。待ち合わせ場所じゃないんだよ、ホントに」
サキは廊下を足早に去っていく幽霊部員たちを苦々しそうに眺めたが「あーあ、あたしまでやる気が失せるじゃないか」と、急に空気が抜けたようになってしまっ
た。
「なんだよ。人にギターの準備させといて、勝手にやめちゃうのかよ!」
ミキが怒ったが、サキはもうやり合う気を無くしてしまっていた。
「まあまあ。サキもミキもプリプリしないの」
ユキがおっとりとなだめたが、ミキは納得しない。そんなふたりをよそに、サキはギターをケースにしまい始めた。
「早川。最近、駅前で路上ライブしてるらしいな」
また室内の隅から陰気な声がかかった。
「そうさ。夏休みの間、度胸試しでやってたら面白くてさ。でも学園祭まで日数が少ないから、ぼちぼちやめるけど、もう少し路上やりたいな。ミキあとは任せたから、じゃあな!」
うれしそうにサキは帰ってしまった。
ミキたちは廊下を走り去るサキを苦々しそうに眺めた
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