第3話
雑踏の中、見知った顔を見かけたような気がして、肩越しに振り返った綱だったが、残念ながらすでに相手は姿を消していた。
「どうした、従兄どの」
「いや、何でもない」
綱らの姿を認めた家人が、待ちかねたとばかりに寄ってくる。その背後には綱らにも馴染み深い
「若、お急ぎ下さい」
「ああ、お前は何か聞いているのか?」
「詳しいことは存じませぬ。しかし、ご隠居の家の者が申すには、何でも一度倒れられたとか」
確かに津守のご隠居は相当な高齢ではある。どれほど健勝そうに見えたとしても、よる年波に勝てはしない。様々な不具合があったところで、珍しくも何ともない話だ。しかし、いきなり倒れたと聞いては落ち着いてはいられないというもの。
彼らを迎えに来た家人も不安げな面持ちを隠そうともせず、主人に向かって言い募った。
「お目覚めになられて、すぐ若に文をお寄越しに」
いったい何があったのだろうという疑問は尽きないが、とりあえずは翁が住む庵に向かうのが先決だ。
「……仕方ない、
「すまんが、おれの
「心得ました」
「お二人とも、お気をつけて」
「ああ」
仮にも渡辺に名を連ねる男であれば、水上であれ馬上であれ、自在に動くことができねばならぬ。物心つくかつかぬかの頃から多くの時間を船上で過ごし、同じだけの時間を馬の背に揺られて暮らしてきた。その彼らの足取りに迷いはない。
実際の話、目的地である
「ところで、従兄どのよ。京の方はどうだ?」
早々に座り込んだ茨が縁に背を預けたまま、のんびりとした口調で話しかけてきた。風はあるし、水夫の手も足りている。余計な荷物もないので、彼らを乗せた船は軽快に波を切って突き進んでゆく。
「相変わらずだな。上つ方の考えることは、俺たち下々の者には理解しがたい。頼光さまも苦労なさっているようだ」
「大江山討伐の英雄さまでもかい?」
「あんなもの、お偉方の権力闘争から目をそらすための茶番だ。御所に巣食っている貴族連中に比べれば、鬼だなんぞと騒がれたところで、所詮は盗賊、可愛いものだろう」
「おやおや、世に名高い頼光四天王が筆頭渡辺綱どのとも思えぬお言葉だね」
「そうは思わんか、茨木童子」
少しばかり意地の悪い笑みを浮かべた従兄を、横目で見やった
「確かにな。殿上人からすれば、おれたち侍なんぞは殺すしか能のない荒事屋でしかなかろうよ」
「だが、実際、俺たちは上手くやった。いささか上手くやり過ぎたといってもいい」
そう。
世に長徳の変と呼ばれることとなる政変の影響は甚大で、おまけに西国や九州沿岸部における不穏な情勢、さらには疫病の流行などが拍車をかけていた。大江山の討伐は
英雄譚の裏側など、まぁこんなものである。
「おかげで頼光さまは左大臣さまからの御覚えもめでたい。我らとしても願ったり叶ったりだろうが」
「それはそうだが……少し気になることがある」
「何だ?」
「あまり大きな声では言えんが、先だって
「……鬼、ねえ」
いかにも胡散臭い話だと
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