第12話 ゆとり部のちょーちょー怖い話


 皆さまは「ココちん」を御存知でしょうか?

 腐女子用語の一種で「心のちんこ」を意味する言葉です。












































 さて。


 話は変わりますが、皆様は「呪いのビデオ」を御存知でしょうか?

 見ると一週間後に死ぬ映像が録画されたビデオテープのことで、このビデオを見た人は黒髪ロングな美少女亡霊さんに「お前は1週間後に死ぬ」と宣告されます。

 はい、独身男性の間で人気が沸騰したのです。黒髪ロングな美少女亡霊さんに会わんと、男どもはあらゆる方法で呪いのビデオを買い求め、怪しいビデオの闇相場は高騰、詐欺師はニヤニヤ、被害者続出、薄い本も続出で、いざという時の『呪いのビデオ 完全撃退マニュアル』も売れまくって、アホ極まりない社会現象になったほどです。男ってほんとバカ。


 そんな「呪いのビデオ」ですが、実在するとか、実在しないとか、プロレス技で撃退したとか。

 怪しい噂は数あれど、実際に誰々が死んだという話は聞かず。

 ようするに、根も葉もない都市伝説なのですが。


 皆様は、呪いのビデオの風変わりな噂をご存知でしょうか?

 実は呪いのビデオとは「自ら命を絶とうとしている人」に届けられる物で、それを再生すると美少女亡霊に自殺を引き止められるという噂を。


『あなたが死にたいと願うなら、私が一週間後に呪い殺してあげる。だから、あと一週間だけ生きてみない?』


 自殺志望者の元に送り届けられる、呪いのビデオの正体は謎に包まれています。

 ただひとつ明らかになっているのは、井戸から這い上がる黒髪ロングで美少女な亡霊の名前だけ。

 呪いのビデオの井戸娘な亡霊――名前は「山村S子」。

 権利関係が怖いので伏字を用いますが、どうかご了承下さい。 



 ある日、放課後の部室で。

 ぼっちで根暗で友達ゼロで、巨乳で清楚で心は豆腐で、リア充嫌いでトラウマだらけで、ハートはハードな地雷原のサワキーが。

 「呪いのビデオ」を見たと言いだしたのです。


「わっわたしみたいな、ゴミクズ女は死んだほうが……えっぐ、マシだと」


 えんえん泣きじゃくる、サワキーのうつ病には周期があるそうで。

 今はどん底、触れるな危険の時期みたいです。

 メンタルの弱さに定評があるサワキーは、突発的に「死にたい」と言い出すので困ります。


 ぶっちゃけると、非常に迷惑なのです。


 生きたくないけど死ぬのは怖くて、死にたくないけど生きたくなくて。

 明日が来るのが怖くて泣いて、明日も同じとツラくて泣いて。

 未来は暗いし、希望はないし、楽しくないし、生きたくないし。

 寂しいけれど言葉が出なくて、悲しいけれど助けてくれない。

 リアルが嫌いで、笑顔が嫌いで、リア充どもはわたしの敵で、そんな自分が大嫌いで。


 ……つまり。

 いつものように、サワキーのうつ病が悪化して。

 みんなの楽しい空気をブチ壊す、ネガティブ全開なひとり語りを始めたのです。


 こーゆーのを繰り返すから、巨乳美少女なのに話しかけてくれないんですよ。

 面倒くさそうですし、一緒にいても面白くないですし、依存されたらサイテーですし……いや、ひどいとか言わないで下さい。事実なんで。サワキーに限らず、常にマイナス思考な発言を繰り返して周囲をウンザリさせているにも関わらずそれに気づかない自覚症状が皆無な人が稀にいますが、そーゆー周りの空気が読めない性格だから、おっと失礼。

 あたしともあろうものが、誰かの心を抉ること(笑)を口走りそうになりました。


 途中で話がズレましたが、ようするに躁うつ状態のサワキーは絡みづらいのです。

 もちろんエロさ満点なカラダのみが目的なら別でしょうけど、それすらも躊躇させるネガティブガールが、ゆとり部で最強のぼっち力を持つ近寄りがたきモノ、サワキーなのです。


「ぇっぐ……ぼっちで友達一人もいなくて……ひっぐ、きっと大人になっても……ずっと社会の爪弾き者で……誰からも必要にされなくて……うっぐ、生きてても楽しいことなんてないゴミクズは……」


 泣きじゃくるサワキーの発言をまとめると、以下の様なあらすじになります。


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 ある日、ある時、いつものように。

 自殺衝動に駆られたサワキーが、価格.comで七輪と練炭の最安値を検索していたら。

 宅配便が来て、頼んだ覚えのないビデオテープが届いたのです。

 メール便のソレを開封すると、中身はビデオテープ。

 サワキーの部屋では未だ現役、年代物の14型テレビデオ

(※知らなかったので聞いてみたら、ビデオデッキとテレビが合体した昔の機械のことらしいです)

 で再生すると。

 

『あなたの心に侵略☆侵略! イド娘のS子ちゃんなのだー♪』


 明るくポップな音楽が流れて、ブラウン管に映るは白いワンピースを着た黒髪ロングの美少女。

 彼女は満面の笑み、真夏の太陽をバックに話しかけて来たそうです。


『S子ちゃんは、呪いのビデオの送り主なのだー!

 そしてS子ちゃんは、かわいく見えても死神なのです!

 えっへん! だから自殺志望な沢木さんをお手伝いすべく参上したけど。

 はわわっ! S子ちゃん、まだ沢木さんの自殺をお手伝い出来ないのですぅ!

 どうしよう? これじゃ自殺のサポートできないよ!

 だけど、ノンノン大丈夫♪

 死神のS子ちゃんは、一週間後に沢木さんの元に再び参上するのだー♪』


 ハイなテンションで、井戸から上半身を出して。

 水も滴る黒髪を揺らして、明るく、笑顔で、楽しげに。

 S子と名乗った黒髪ロングの死神美少女は、サワキーに語りかけました。


『あなたが死を望むなら、死神のS子ちゃんはお手伝いするのです。

 だけど、もう一週間だけ生きてみませんか?

 辛くても、悲しくても、あと一週間だけ生きてみませんか?』


 そこで映像は途切れて、砂嵐の流れるテレビ画面には


『再訪まで――あと167:59:55秒』


 と、カウントダウンの数値が。

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 以上が、サワキーから聞いた怖い話です。

 この話を聞いたゆとり部のメンバーは、色めき立ちました。

 瞳に喜色を浮かべ、唇を愉悦に歪め、含み笑いを漏らし、心の悦楽をあらわにして。

 期待に昂ぶる吐息を荒ぶらせ、ポツリと言葉を紡ぐのです。


「――ふむ、1週間後にS子さんが来るのですね」

 青天の霹靂とは、まさにこのこと。

 腐女子のあたしは、昂ぶる好奇心に震えました。


「――たとえ神の眷属が相手であろうと、わたくしは退きませんわ」

 小さな体を、武者震いさせて。

 退魔師のオリミーは、日傘の柄をググっと握りました。


「――S子か……ククク。ついに俺様の夢が叶うようだな」

 この人からは、嫌な予感しかしません。

 変態王子で笑えない童貞のゆとり先輩は、ニヤリと犬歯を剥き出しに嗤いました。


 目的は違えど、気持ちは同一のもの。

 あたしたちは、サワキーに問いかけました。


あたし「S子は、1週間後に来るのですね?」

オリミ「S子は、1週間後で間違いなくて?」

ゆとり「S子は、1週間後に現れるんだな?」

サワキ「はい…、1週間後と言ってました……あの、皆さん何を考えて……」


あたし「フフフ……腐ッ腐ッ腐ッ腐ッ」

オリミ「オホホ……オッホッホッホッ」

ゆとり「ククク……クックックックッ」

サワキ「なんか……すごく嫌な予感がするのは、わたしの気のせいですよね?」




    1週間後 ~a week later~



 某月某日、放課後の旧校舎。

 普段から人通りの少ない旧校舎は、いつもの静寂に包まれていました。

 木造の古びた校舎にかつての趨勢はなく、今は僅かなクラブが部室を構えるのみ。


 あたしが所属するゆとり部も、そんな部活の1つです。

 旧校舎の1階、今は使われていない教室、かつて生徒が学んだ場所には。


 ある種の匂いが、満ちていました。


 年季が入った建物特有の、微かなカビの安らぐ芳醇。

 歩けば軋む床板の隙間からは、乾いた埃の残り香が感じられます。


 そして、部室に満ちた匂いの正体。

 抑圧された人間の感情が醸しだす、むせかえるような匂い。

 期待や渇望といった精神の昂ぶりを、科学で解明できない第六感が察知したモノ。

 それは弾ける寸前まで圧縮された、人間の感情が具象化したと言うべき匂い。

 そのような匂いで、ゆとり部の部室は満たされていました。


  ――チッチッチッ、


 時計の音だけが響く、しじまの部室で。

 あたしこと春日美空は、その時が来るのを静かに待ちわびていました。

 焦らされ落ち着かない瞳が、古びた時計をチラリと眺めます。

 文字盤のガラスに映り込んだのは、銀髪碧眼を持つ容姿端麗な少女の横顔でした。

 静かに黙してソファーに腰掛ける、小さな退魔師の少女。

 彼女の青い瞳が睥睨するモノは、果たして勝利の未来か、敗北のビジョンか。


 これから行われるのは、蟷螂の斧にも等しき抵抗です。

 呪いのビデオの亡霊の正体は、神の眷属に名を連ねる死神でした。

 黒衣を纏いし生命の簒奪者は、平等なる魂の回収者です。


 その正体は黒髪ロングで白いワンピースの美少女でしたけど、きっと清楚な見た目に騙されたら駄目なのです。

 合コンに現れる清楚で可憐な女の8割がしたたかな計算で自分のキャラ作りを行って男を籠絡せんと赤い舌をチラつかせる狡猾なビッチであるのと同じように、死神と名乗ったS子はきっと恐ろしい存在のはずなのです。


 井戸の死神、

 呪われしビデオの怨霊、

 麗しき都市伝説。


 可憐な容姿の死神は、

 何を願って、何を望むか、それは分からず。


 確かな事実は、魂の回収人が与えし猶予が、出会いから1週間であること。

 宣告が示した予定日は――今日でした。


 アンテナに繋がれていないテレビの画面が、放課後の部室でカウントを刻みます。


    あと00:00:01秒


 ――ザザッ、


 テレビ画面が乱れて映し出されるは、森の奥深くにある古井戸の映像。

 誰も操作していないのに、怪奇現象のように画面が変わったのです。


 ……ついに来たようです。


  ――Time is Come――

   時は満ちました。


 呪いのビデオの予告から1週間。

 S子が宣告した、約束の時は来ました。

 サワキーの命運を掛けた、決戦の火蓋は切って落とされました。


 あたしは、日傘を握るオリミーに話しかけます。


「始まるのです」

「ええ、狩りの時間ですわ」


 ザザッと激しく画面が揺れて、ピカっと映像が切り替わり、


『ヘロー☆ 想い焦がれて1週間♪ やって来ました、S子ちゃんなのだー♪』


 ブラウン管に表示されたのは、井戸から上半身を出した死神の姿。


 ついに来ました、待ちわびた時です。


 井戸の死神、呪われしビデオの怨霊。

 自殺志望者を思い留まらせ、それでも死にたがる社会の落伍者に死を宣告する、オタク好みの美少女亡霊。

 彼女はハイテク社会が生み出した現代の妖怪か、ネタ切れに喘ぐ萌え業界の行き着いた果てか。

 詳細は不明ですが、彼女の目的はハッキリして……いません。


 何がやりたいのか、まったく不明です。

 サワキーの命を奪えればオッケーなのか、それとも自殺を思い留まって欲しいのか。

 それは知りませんし、興味ないのです。

 とにかく、今はインターセプト――迎撃あるのみっ!


 もちろん迎撃だけではなく、とある目的も果たしますっ!

 スマイル無料の笑顔を振りまくS子が、黒髪を振りかざしてニコッと言うのです。


『それでは、皆さんお待ちかねの「這い寄りタイム」の時間ですよー♪ 今から、ソッチの世界に行っちゃいますねー☆ テレビの前のみんなも一緒に「くーる♪ きっとくるー♪」キャハッ☆』


 森の奥深くにある古井戸というホラーな背景をバックに。

 爽やかな笑顔を振りまくS子が、


 ――にゅるりッ


 と、現実世界と二次元を阻むガラスの壁を越えて、こちらの世界にこんにちは――って、その方法を教えて下さい。

 あたしには、どうしても中に入りたい濃厚なBLゲーがダース単位であるのです。

 特に御曹司学園シリーズの紫藤会長と花京院が、獄門学園の体育館裏でお互いの乳首をアロンアルファで接着して……失礼。


 とにかく、S子とあたし達の戦いが始まります。

 這い寄りモードのS子は、リングでらせんな『ホラー映画』のごとく。


 水で濡れた黒髪を、激しく振り乱し、

 爪の剥がれた指先で、地べたをズルズル這い寄って、

 ブラウン管から、こんにちは。

 次元の壁を飛び越えて、こちらの世界へ3D。

 ホラーでリアルな三次元。

 日本の映画史に残る「あのシーン」っぽく迫るのです。


    ――ズルッ……ぺちゃっ     『えへへっ☆』

   ――ズルッ……ぺちゃっ      『待ってね、今から(ガヂィィ)』

  ――ズルッ……ぺちゃっ(ガチガチ)  『ぎゃぁぁあ!! 足を挟まれ……痛い』

 ――ズルッ……ぺちゃっ(ガチガチッ)  『トラバサミが床に……取れない』

――ズルッ……ぺちゃっ(ギチッギチィ)  『あわ……あわわ…わわぁ』


 ――井戸は枯れた。

 ――繰り返す、井戸は枯れた。


 ミッションの第一段階は成功、S子は罠に掛かりました。


 これより始まるのは、ハンティング・タイムです。

 いざ狩りの時間、井戸娘の狩猟。

 あたしたちゆとり部は、S子を迎撃すべく準備をして来ました。

 その成果が、トラバサミを始めとした部室に配置された無数の罠です。


 S子迎撃作戦の総責任者、自称:天才退魔師のオリミーは言葉を紡ぎます。


「手の内を明かした怪異など幾らでも対策の取りようがありますわ。たとえそれが神の眷属であろうとも」


 日傘を構えた小さな退魔師は、大きく凛とした声でS子に語りかけます。


「文献に記されたS子はテレビ画面から這って出てくるとありました。馬鹿な怪異ですの。そのような隙だらけの登場はこちらに罠を仕掛けてくれと懇願するに等しき愚かな振る舞いだというのに――ええ、ご要望には全力でお応えしましたわ。あなたの足を喰わえ込むトラバサミは、百を超える罪人の首を撥ねたギロチンの刃を溶かして鋳固めて製造されたモノですの。罪人の怨嗟で鍛えられし負のトラバサミは、あなたのような霊体であろうと喰らいつく悪食でしてよ」

『うぅぅ……痛いのです……お願い、コレ外して欲しいのだ……』

「口を慎みなさい、バケモノよ。わたくしは退魔師。あなたと会話するつもりも、言葉に耳を傾ける気もありません。ところで、テレビを囲むミスリル合金製のワイヤーは見えまして? 属性の異なる高霊圧が流れるワイヤーに触れれば、聖属性の霊体で構成されたあなたは、霊圧差による爆散現象によって、跡形もなく霧散するのでご注意を」

『爆散、霧散……ひぃぃぃ、S子ちゃん怖いのですー!?』

「なお、トラバサミとワイヤートラップを越えた先には、確死を狙うエレメンタル竹槍射出機、クレイモア霊子爆雷、護衛代わりの下級悪魔、壁に貼られた霊力を削る護符は32枚、部屋の四隅に沖縄産の天然塩を使用した盛り塩、窓ガラスには霊力遮断の特注ワックスを塗布済み、ようこそ織原エミリーの狩り場へ。ここは神魔討滅の舞台装置、非力な人類が悪鬼羅刹や神々と戦うべく連綿と受け継いだ、卑怯で外道でエレガントさに欠ける、効率のみを追求した『殺神芸術』の到達点ですわ」


 はい、説明が長いです。

 クソ長いので要点を纏めますと、オリミーが部室に罠をいっぱい仕込みました(以上)。

 S子の足に噛み付いたトラバサミも、オリミーが仕掛けた罠の1つです。


 はい、全力で殺しに来てますね。

 さすがは退魔師、さすがはオリミー、さすが「神殺しは退魔師の夢ですの」と、うっとり恍惚した恋する乙女の瞳で語っていただけあると思います。

 よく分かりませんけど、オリミーの業界だと、神殺しって自慢できるみたいです。


 そんなこんなで、事態のヤバさにようやく気づいたのか。

 ガクガク震えて涙目のS子は、日傘を構えていつでも殺害オッケー。

 神殺しに燃える、オリミーに言うのです。


『あっ…あなたは、S子ちゃんに……なっなにを……』

「ごきげんよう。そしてサヨナラ、S子さん」

『ギュヒィィィ――ッ!?』


 S子の悲鳴を葬送曲に、オリミーは日傘の狙いを定めます。

 ピタリと銃口をS子の額に密着させ、親指で撃針を起こし、銃把に指をかけ、これで発射の準備はオッケーと見せかけて、実はまだ準備があるのです。

 ラストの仕上げは、あのセリフです。


 オリミーの青い瞳孔がスッと収縮して、獲物を狙う猛禽のように鋭くなります。

 これでオッケー、すぅーと息を吸い込んで。

 詠うような韻を踏んで、オリミーは厨臭いアノ台詞を連ねるのです。


単葬式日傘銃たんそうしきひがさじゅう――グランド・フィナーレ。銃身長55cm、.585口径 曳光焼夷半徹甲榴弾頭を装填済み。外見は日本の銃刀法に配慮して、裏打ちに防刃繊維ケブラー49を使用した日傘に偽装。破壊対象は物体や霊体を問わず。ミスリル鋼で覆われた重量比約20パーセントの炸薬を孕んだ魔弾は、悪鬼羅刹を殲滅し、鋼を穿ち百魔を砕く、破邪の霊装なり――」


 はい、長いです。

 けれど、長いからこそ、チャンスになるのですっ!

 あたしはバールのようなモノを振りかぶって、無防備なオリミーを殴りました。


「隙あり! オリミー覚悟なのですっ!」

「ゴフッ!? かっ春日さん、あなたは何を………」


 ――キン!

 ――カカカァンッ!


 奇襲による必殺は、失敗に終わりましたっ!

 死なない程度のパワーで殴りましたが、オリミーは制服の下に鎖の帷子か何かを着込んでたらしく……畜生、あのチビ卑怯なのです。

 かくなる上は、バールのようなモノの尖った先端で、オリミーをザクリーと突き刺してくれますっ!


 驚愕に青い瞳を見開いた、オリミーが叫びます。


「春日さん! もしやあなた、わたくしを裏切るつもりでしてっ!」

「腐ッハハハハッ、今頃気づきましたか。あたしはオリミーに協力するフリをしていたのです」

『わたしを……助けてくれるんですかー?』

「はい。あの毛も生えていないチビごときに、あなたを殺させはしないのです」

「ししっ失礼な! 誰が無毛ですのっ! わたくしも少しだけなら生えてますわ! それより春日さん! 死神に味方する、あなたの目的を聞かせて下さる!」

「腐ッ腐ッ腐ッ、よろしいのです。あたしの目的を語りましょう。マンガやラノベの悪役っぽく親切丁寧に語ってあげましょう。オリミーはS子のとある噂を御存知ですか?」

「とある噂……呪いのビデオの亡霊、その正体は不明なれど、井戸に突き落とされて死んだ女性の怨霊とも、自ら命を断つ人々に救いを差し伸べる死神とも言われておりますわ」

「他の噂です。身体的な特徴とか」

「身体的な……黒髪の美少女、白いワンピース、清楚で可憐、井戸を登る際に爪は全て剥がれ、他に特徴があるとすれば……まさか、春日さんはっ!」

「腐ハハッ! オリミーも気づいたようですね! 呪いのビデオの山村S子は、公式設定で『ふたなり美少女』なのです! つまり、女の子なのにおちんちんが生えている! 視点を腐女子目線に変えれば、男の子なのに女性の穴があると言えます! 男の子に穴があるならば、それはすなわち『やおい穴』なのです!」

「まさか、春日さんは……」

「今後の創作の資料として、是非とも拝見したいと」

『嫌なのだ! S子ちゃんは、そんな恥ずかしい場所を――』


 ――ザクっと。


 トラバサミで動けないS子の両足の隙間に、バールの尖った部分を突き立てました。

 白いワンピースのスカート部分を、バールのようなものが貫きます。

 あたしは、にっこり笑顔で言うのです。


「あはは。まだ自分の立場を分かってないのですね」

『ヒィッ!?』

「安心するのです。痛くはしません。ちょっと裸にひん剥いて、股間の穴を撮影し」

『嫌なのだーっ』

「春日さんが、まさかここまで腐っているとは……」

「もう手遅れなのです」

「ハレンチな自分を、空気を吐くかのように肯定しないで下さるっ!」

「オナニストのオリミーが、何をハレンチと言いますか。毎日オナニーをしているオリミーは、あたしをハレンチ呼ばわりできないのです」

「ギクッ……そ、それには理由がありまして」

「理由? 見た目はロリでもエロエロで、小さな体に大きな性欲、オリミーがロリミーでオナニーをエブリデイなオナミーなのは、もはや言い訳のしようがない真実なのです。初対面の時から知ってますよ、淫乱ロリータの織原エミリーさん」

「ら、らみゃ――ッス!! オ、オナニーぐらいいい……お、女ならだだっ誰でもやってるハズですの! し、してないはずないですの! みっ皆さん隠してるだけで、ほんとは裏でややや、やりまく……そこのあなたッ!」

『はいっ? S子ちゃんですか?』

「正直に答えなさい! 清楚なツラしたあなたもオナニーしてることを!」

『なんてことを聞くんですかぁ! 女子小学生のクセに――ゴフッ!? 顔面蹴っ……』

「答えなさい! 正直に答えるのです! あなたもしてますわよね! オナニーしてますわよね!」

『ゲフッ、日傘で殴らな……痛ッ、S子ちゃんは……ヴヒッ、そんなエッチなことはしたこ……ヒギッ!?』

「したことがない! 嘘ですの! 嘘に決まってますの! したことないなら、やり方を教えてあげますわ! これでS子さんも仲間入りですの! さぁ、股を開いて!」

『えっ、そんなトコ掴んで……きゃぁぁぁなのだー!? 銀髪ハーフの女子小学生が、わたしをレイプ……待っ!? スカートの中は……イヒッ、ぁん、そんなトコに手を入れて……んっ、ソコぉ』

「へへっ、上の口では拒否っておりますが、スカートの中のお口では……おや? この柔らかくて温かい棒状のモノは、なんですの?」

『んっ……握ってるのはぁ……S子ちゃんのぉ……ゅん…男の子の部分でぇ……』

「男の子の部分とは? あなたは女性で……男性のモノが生えて……つまり、わたくしがいま握っている、汁気のない餅巾着からソーセージが生えたかのような」

「ストップなのです。オリミー、それ以上はヤバイのです」

「わたくしが握っているモノは……まさかS子さんの」

「どーどー、落ち着くのです。オリミーが恥ずかしくて暴走したくなる気持ちも分かりますし、女性向け雑誌のオナニー経験率アンケート調査の怪しい結果に焦る気持ちも分かりますが、S子のやおい穴に手を出すことは、あたしが許さないのですっ!」

『助けてくれるに見せかけて、結局はソコ……んっ……たっ助け……S子ちゃん、女子小学生に犯され……んっぁ…らめぇ、手を離して……ゃん』

「オリミー、その手を離すのです! ただでさえ権利関係とかで綱渡りなのにっ!」

「この餅巾着から伸びた棒状のモノ、徐々に形状と硬さが……」

「ストップ! おさわり禁止! オリミーは自重するのです! えぇーい、スカートから手を抜くのですっ!」

「ハァハァ……分かりましたの。ところで、春日さんはS子に何をするつもりでして?」

「なにを? 人には言えないことに決まっていますよ」


 腐敵に笑うあたしが脳裏に思い浮かべるのは、まだ見ぬS子の


    801穴(やおいあな)


 それはBL七不思議の一つ、人体に存在しない穴のことです。

 その起源は古く、古代エジプト王朝のマラ王ピラミッドの壁画にも描かれており、また殷王朝の霊廟に描かれた『山水流絡男姦図』にも、フランスの英雄譚『シンフォニアーッ ~甘き801の夜~』にも登場する、人類の甘い妄想と桃色の性欲が生み出した「架空の性交器官」です。

 陰嚢と肛門の中間に存在すると云われる801穴ですが、映像でのイメージは非常に難しいモノ。ソレ系のコミックで描かれることはまずありませんし、801穴とは心の眼でのみ見ることが可能な『腐女子の聖菊』なので、恐れ多くも偶像化する作者は滅多にいないのです。菊の絡むネタは、菊の御紋でお馴染みの皇室関連といい、菊の後門でお馴染みの肛門関係といい、創作にそのまま登場させると色々ヤバイのです……不敬罪とか、腐系罪とか、結論として宮内庁は腐女子ということにしておきましょう。皇居警察って絶対ホモが多いと思います。


 話はズレましたが、801穴とは108個ある煩悩を逆から数えて801の穴にした、ジャパンの伝統文化なのです。


 余談になりますが、108って完璧ですよね。

 108は逆さまにしても108ですし、逆から読めば801穴になりますし、801を上下反転しても801穴。


    こっちから読むと『腐女子の煩悩801』

 ま    ↓

 さ    8

 に    0 ←反転しても読み方は変わらない。

 完    1

 壁    ↑

    こっちから読むと『男性の煩悩数108』


 逆から読んでも天地逆転しても、どう読んでも煩悩要素と絡んでしまう。

 なんなのです、この無駄すぎる完成度の高さ。

 これを考えた仏教の偉い人って、ほんとパネェと思います。

 ところで、皆さんは「稚児」というジャンルを――

(8500文字が省略されました。ご了承下さい)


 そんなわけで、あたしは今後の創作の糧にすべく、S子の801穴を拝見したいのです。

 腐敵に笑うあたしは、偉大なる野望を叫びました。


「あたしの目的はオンリーワン! S子に801穴を見せて貰いたいのですっ!」

『ひぃっ!? 嫌なのだ! S子ちゃんは、そんな恥ずかしい目に合いたくないのだ!』


 S子は両腿をピッチリ閉じて、ウルウル瞳で抗議してきます。

 でも、んなの知ったことではありません。


「あなたに拒否権はないのです。あなたは股を開いて、あたしに観察されたり、写真を取られたり、アレやコレを試されるのを、泣いて黙って震えながら耐えればいいのです」

『それって、もはや性的暴行と同じなのでは?』

「違います。ただの資料集めなのです」

『その理論はおかしいのだー!』

「創作資料として死神の股間を観察する……春日さんはアタマがおかしいですわッ!」

「なにを今更なのです。あたしは最初から狂ってますよ。BLに心を奪われ、その身と魂を捧げようと誓った時から」

「よく分かりました。あなたが腐っていることがっ!」

「腐腐腐腐腐ッ……あたしは卵子の頃から腐っているのです。言うならば、母の胎内で腐敗は始まっていた! 胎教音楽は鬼畜執事の喘ぎ声CDで、初めて与えられた絵本は濃厚な寝取られシチュ! 腐っているとは笑止千万! 腐っているとは言うのが遅い! 16年ほど指摘するのが遅いのです!」

「来なさい! 退魔師がご相手しますわ!」

「腐女子――参るのです!」

「両手にバールのようなもの……バール二本流とは伊達な真似をっ!!」


 あたしは両手のバールのようなモノで、オリミーを猛襲します。


 右手に握るバールのようなモノは、全長80cmのリーヴェニ。

 左手に握るバールのようなモノは、全長45cmのストレラ。


 折れず曲がらずのバールを双腕に取り、右手の長棒リーヴェニ(暴風)と、左手の短棒ストレラ(矢)を自在に操って、受けたり、殴ったり、突き刺したり、ボコしたりする、ゆとり先輩へのツッコミを体系化した暴力に昇華させた、あたし考案の格闘術「バルバール」の基本です。

 バールは刃物じゃないから安心で、日常生活でも何かと便利で銃刀法も問題なし。

 殺さない程度に相手を痛めつけたかったり、ちょっぴりハードなツッコミに飢えてるあなたにオススメな戦闘術なのです。

 たとえ死んでも、コレなら事故で済みますしね。


 オリミーが言います。


「ユーモラスな戦法ですが、たかが庶民の生兵法。脅威に値せずですわ」

「なにが庶民ですか、月の小遣い5000円のエセお嬢様が」

「ぐぬぬ……しかし」


 ――貰いなのです!


 ストレラで牽制しつつ、横薙ぎで放ったリーヴェニは、もはや回避不能っ!

 ザクっ!と、オリミーの小学生ボディーに鋭いバールの先端が刺さ……らないっ!?

 バールの先端は、オリミーが広げた日傘の皮膜で止まってしまい、


「不覚なのですッ! オリミーの日傘はっ!?」

「ケブラー49で補強された日傘の防御膜は、たかがバールで破れるモノでなくてよ?」

「ならばっ! その身に直接当てるまでなのです!」

「愚かですわ」

「腐ぉっ!?」

「退魔師が学ぶ武術と」

「クッ!?」

「たかが素人の技」

「ッッッ!」

「フッ、児戯にも等しい。比べるまでもありませんの」


 あたしの放った横薙ぎの一閃は裁かれ、渾身の兜割は半身を逸らして避けられ、ストレラの刺突は日傘に阻まれ、リーヴェニは動きを読まれる。

 実力の差は圧倒的、まさに圧倒的っ!

 さすがオリミー、さすが退魔師、ただの小学生モドキではありません!

 あたしは、荒ぶる吐息で苦しげに言います。


「ふっ…腐女子は 淫らな夢をみるッ!」

「……?」

「無機物 有機物 関係なくッ! 幾たびの×かけざんで腐敗!」

「なにを奇異な……まさか、自己暗示による限界の超越を!?」

「凡人のあたしはオリミーには勝てません……だけど、腐女子のあたしは負けられないのですッ!」

「退魔師に伝わる『鬼神化外法』を独学で身につけるとは……腐女子、恐るべしですわ」


 ――腐敗の王国(ロッテン・キングダム)


 あたしの奥義、虐げられた腐女子の編み出した人体強化術式。

 特定ワードの詠唱による自己暗示で催眠状態になり、限界を超えた反射速度での行動を可能とする隠し技です。


 コミケ、即売会、オンリーイベント。

 腐女子の根性と身体能力が試される、強ければ買えて、弱ければオークション、しょせん腐女子も弱肉強食、金なき腐女子は力を持たずば手に入れる術なし。

 コンビニのキャンペーンで棚を荒らし、限定コラボの開店ダッシュで店をめちゃめちゃにして、金切り声を上げて近隣住民から苦情が殺到する、強欲かつ他者の迷惑を顧みない、ネットで叩かれたり、ツイッターの垢を晒されたりする、暴走タイプの同志腐女子と、リアル世界で戦うべく。

 善良な腐女子は、力を会得したのです。

 溢れんばかりの妄想力で自己暗示を掛け、火事場の馬鹿力を人為的に起こす「禁断の奥義」を作りあげたのです。


 世界から色が消えて、音が遠のき、全てがスローに見える、不思議な加速感。

 人間が危険に直面した時、世界がスローモーションに見える現象のことを『タキサイキア現象』と言うらしいのですが、今のあたしもまた同じ。

 戦闘には関係のない感覚を断ち切り、余った脳内リソースを必要な箇所へ全力投入した極限状態。


 あたしは、加速世界の中心で叫びます、


「腐道・不覚悟・切腹あるのみ! 腐女子春日の生き様は! 山なし、オチ無し、意味もなし! 腐った道をひたすらに! 歩みて萌えて腐敗する!」

「腐れし乙女の春日さん! あなたはもう沈みなさい!」


 床を踏み込み、あたしは駆けますっ!

 日傘を構えて、オリミーが迎撃しますっ!

 自己暗示で加速したバールと、退魔師の日傘の衝突。


 それは、あっけなく終了しました。

 日傘が振るわれ、手首には衝撃と痺れ、握りしめた双腕のバールは、


 ――カツン、ツン


 と、

 床に落ちて、乾いた音を立てました。


 あたしの両腕は、ビリビリ痺れて握力ゼロ。

 腐敗の王国(ロッテン・キングダム)の反動は、心臓の痛みと苦しい呼吸。

 足りない酸素に喘ぐあたしは、息も絶え絶えに言うのです。


「ハァハァ……退くのです」

「冗談はよして下さる? わたくしは退魔師ですの。目の前に人へ害なす怪異がいるのを見逃せと?」

「グッ……事情は百も承知、でも……あたしはS子の801穴が見たいのですっ!」

「お黙りなさい! 春日さんの破廉恥な目的は容認できませんわっ!」

『あのぉ……S子ちゃんの意見も聞いて欲し』


「――うるさいのです」

「――誰も聞いてなくてよ?」


『うぅぅ……S子ちゃん、不幸なのだぁー……』

「どうやら、交渉は決裂なのです」

「ええ。春日さんを引かせるには、言葉ではなく鋼が必要のようですわね」

「鋼であたしを止めるなら、心臓ではなく脳に撃ちこむのです」

「死んでも止まらないという意思表示ですか。しかし、わたくしには春日さんの深層意識が自分の暴走を止めて欲しいと嘆いているように聞こえましたわ」

「腐腐腐……かもしれませんね。あたしが腐っているのは万も承知、あたしがおかしいことは億も承知、あたしが腐女子なのは宇宙の真理……もはや後戻りは不可能、カタギに戻れぬロッテンロードを……あたしは前のめりで倒れるまで走り続けるのですっ!」

「最終通告になります! わたくしの視界から失せなさい! 腐女子の春日さんッ!」

「退きませんっ! しかし――無為無策では敗北必須」


 あたしは、声をトーンダウンして語りかけます。

 物騒な日傘に怯える仕草をしながら、道化師のごとく話しかけるのです。


「オリミーは強敵、あたし一人では勝てっこありません。あたし単独では万に一つも勝利はないでしょう」

「ならばッ! 潔く敗北を認めて矛を収めるべきですわッ!」

「おぉー怖いのです。そのような険しい顔をされてはオリミーのキュートなお顔が台無しなのです」

「……春日さん。あなたは、なにを企んでまして?」

「企むなどとは人聞きの悪い。あたしは友好的な解決を望んでいるのですよ。しかし、オリミーがキュートな小学生フェイスを憤怒に歪めるのならば仕方ありません。あたしは武器を取り、蛮族のごとく腕力にて対峙するのが自然でしょうが、あたしは非力な腐女子なのです。弱々しい腐乙女なのです。だから助っ人を呼ぶのです。強力無比な援軍を呼ぶのですっ」

「仲間を呼ぶつもりですのっ!?」

「その通り! 利害の一致したキモい同志をあたしは呼ぶのです!」

「キモい……まさか、春日さんの助っ人とは……」

「イエス、大正解なのです! 肉を切らせて肉を切り、骨を斬らせて骨を斬り、毒をもって毒を制し、やおい穴を制すには異常性欲者の手助けもやむなしっ! 犠牲なくては手が届かぬば、犠牲を払ってでも手に入れるのが腐女子! コミケの前後は生活費を切り詰めて新刊の費用を捻出するのが腐女子! 豆腐は友達、おからは親友、食卓に牛脂で炒めた厚揚げが並ぶのも不可避ッ! パンの耳に砂糖をまぶし、小麦粉を焼いて飢えを凌ぐっ! 腐敗した欲望を満たすためならば、多少の犠牲と健康を厭わないのが腐女子っ! ゆえに、あたしは変態あくまと手を結んだのです!」

「あの悪魔ヘンタイは、触れてはいけない、禁断の果実でしてよ!」

「腐ッハッハッハッ! 禁忌を恐れて何が腐女子なのです! 同性愛に萌えるあたしには無関係なのです! では、仕切りなおし! 強力無慈悲な助っ人を召喚なのです! これで互角の戦いが行えるのです! 出番ですよ――ゆとり先輩っ!」


 ――キィィィィィ(ガタガタ)


 あたしの呼び声に応じて。

 キィィィ――と、部室のドアが開かれました。

 ちなみに(ガタガタ)とは、ゆとり部の掃除ロッカーが暴れている効果音です。

 はい、中身はサワキーです。じつは最初から部室にいたんですね。

 掃除ロッカーに、猿轡をかまして放り込んでいたのです。

 ついさっきまで「フフフ……」とネガティブな笑顔で、「死にたい」とか、「やっと一週間」とか、「これで楽になれる」とか……はい。


 S子の予告した1週間で――

 サワキーのうつ病、治るどころか悪化していました。

 なので、自殺防止とS子をおびき寄せる撒き餌として掃除ロッカーに閉じ込めておいたのです。本当にゆとり部の掃除ロッカーは優秀です。

 これまで、色々なものを監禁してきました。


「クククッ」


 部室に入ってきた、ゆとり先輩は。

 ヒタヒタと歩きながら、詠うようなリズムで言うのです。


「俺はホモが嫌いだ。ホモを嫌悪している。ちんぽをしゃぶる男など汚物にも劣るであろう。だがしかし、ちんこが生えてるのが美少女なら別だ。我は求める、湯取卓は渇望する、美少女に生えた男根を、美少女に生えた陰茎を、美少女に生えた――」


 淡々と気持ち悪いことを喋るゆとり先輩は、なんというか様子がおかしいです。

 S子を見据える瞳も、なんか欲望で爛々と輝いて……


「バサーカー状態ッ!? ストップっ! まだダメ、ゆとり先輩っ!」

「下がれ、引け、場を譲れ、春日よ。俺は、俺様は、湯取卓は、美少女のおちんぽミルクを、特濃コクまろ白濁ミルクを、トロトロ美少女エキスを味わうのだ」


 完全にイっちゃった瞳で。

 止めに入ったあたしを押しのけて、S子に向かって歩みを続けるゆとり先輩は。

 どうやら、完全にスイッチが入ってるようです。


 あたしはイタイケな女の子なので、ふたなりジャンルとか詳しくないですし、アレの生えている美少女に男性がトキメイてしまう感情は理解しかねますが、とりあえず女性から「キモッ」と言われても無理ないと思います……はい、男性の皆様が腐女子を理解できないのと同じで、ふたなりジャンルも女性には理解不能な異世界、いわゆる別次元の穴・THE・WORLD(アナザワールド)みたいです。


 美少女★ふたなり★ちんこに、心を奪われたゆとり先輩は。

 あたしをガン無視で、ふたなりS子に迫ります。


「汝ふたなりを求めよ。されば汝に快楽は訪れん。汝ふたなりを崇めよ、それは素晴らしきモノである。目の前におちんぽミルクあって添え膳を食わずて何が日本男児か、何が日本文化の担い手か、何が世界に冠たるHENTAI民族の末裔たるか。たかがおちんぽミルク程度の変態行為に尻込みしては、偉大なるご先祖様に顔向け出来ぬ。吸ってしゃぶって出し尽くしてくれる。おちんぽミルクを一滴残らず味わい尽くし、規約もルールもすべて吹き飛ばして、ラストを飾るふたなりミルクパーティーで、強制・強権・強引なるフィナーレを」

「オリミー! これまでの非礼を詫びて、あたしは一時休戦を申し出るのですっ!」

「了承しましたわ! いかがなさいましょうっ!」

「ゆとり先輩を止めないと……あの変態は制御不能な暴走童貞ですっ!」

「承りましてよ。その要請は未来を担う天才退魔師、織原エミリーにお任せあれ」

『はわわぁ……へっ変態が、わたしを犯そうと……』


 ――ガタンッ


「うわぁぁぁぁん! S子さぁぁあああん!」

「春日ミクより緊急警報を伝えるのですっ! サワキーを封印していた掃除ロッカーが破られた! 繰り返します、掃除ロッカーの封印が破られたのですっ! 鬱が悪化しまくったサワキーは、先っぽが鋭いスコップを携帯している模様! 躁鬱状態で半狂乱のサワキーは目につくものを手当たり次第に……あっ、ゆとり先輩が標的みたいです」


 掃除ロッカーから飛び出したサワキーが、スコップ両手にゆとり先輩に襲いかかります。


 ここで突然ですが、選択肢のお時間です。

 あたしは、どうしましょうか?


  みまもる   あっ ゆとりせんぱいが なぐられた(笑)

  ながめる   あっ ゆとりせんぱいが なぐられた(笑)

 >みている   あっ ゆとりせんぱいが なぐられた(笑)

  かんさつ   あっ ゆとりせんぱいが なぐられた(笑)


   パゴンッ!


  あっ、ゆとり先輩が殴られたのです(笑)


「1週間たちましたぁ……はっ早く、わだしを殺してくださいよぉぉ!」


 鬱の悪化したサワキーが、怯えるS子に迫ります。

 精神が不安定なサワキーは、もう完全にイッちゃっているようです。

 心に狂気を、両手に凶器を、S子に狂喜し、泣きじゃくるサワキーは。

 トラバサミに足を挟まれ逃げることの叶わない、呪いのビデオの死神に迫ります。

 ヤンデレなサワキーは、並のホラーより怖いのです。


 それにビビってブルってドン引きのS子は、わなわな震える唇で言葉を紡ぐのです。


『ひゃぁぁ!?  んな積極的にアプローチしなくても……』

「うぅぅ……S子さん、聞いて下さいよぉ……わたし、中学時代にイジメにあってたんですけどぉ……いっぐ、わたしをイジメてた奴らに、いつも他人の顔色を伺ってるウザいのがいて……そいつには幼稚園からずっと付き合ってる幼馴染の彼氏がいて……その彼氏、今は引越して遠くに住んでて……えっぐ、それでも毎年クリスマスには会いに来て……女もバレンタインには毎年欠かさずチョコを送ったりして……まるで少女漫画みたいな恋愛してて……きっと幸せな未来が待ってて……あたしはずっとぼっちのままで……ずっと惨めなままで……悔しいんですよっ! 幸せな日々を過ごすあいつらのことを考えると悔しくて手が震えるんですよっ! でも、何もできないんですっ! わたしをイジメてたクセに……わたしを不幸にしたクセに……ひっぐ、眠ろうとすると悔しくて涙が止まらなくて……誰でもいいから殺したくなって……ぃっぐ、こんな惨めで辛い人生が続くなら……いっそ自分が死んで終わりたいんですよぉぉぉっ!」

『しっ死ぬなんて言わないで欲しいのだっ! 誰もあなたの死を望んでないのだ! それにS子ちゃんは一週間後に殺すとか脅しましたけど、実はそんなつもりはまったくなくて、自殺する人に心を痛めて、自殺する人に幸せになってもらいたくて、趣味でストップ自殺運動を始めた死神だったりしまして……あわわ、落ち着いててて』

「殺して欲しいんですよぉぉぉ! 自分じゃ怖くて死ねないからぁっ! ねぇ、一緒に死んでくださいよぉぉ! 一緒に死にましょうよ! S子さぁぁぁぁぁん!」


 サワキーが、S子に脅迫というかお願いというか、なんかよく分かりませんけど、とにかく迫っています。

 S子は、ガチで怖いでしょうね……

 あんな巨乳で壊れたネガティブモンスターに迫られたら。


 怒号と悲鳴が交差する中。

 S子は必死でトラバサミを外そうと、もがきますが――

 残念。あなたはもう手遅れなのです。


『ひぃぃっ!? こっ来ないで……ガチャガチャ……トラバサミが外れたのだ!』

「逃げないでくださいよぉぉ! 早くわたしを殺してくださいよぉぉ!」

『ごっごめんなのだ! S子ちゃん今日はトンズラ……』


 トラバサミの呪縛から離れて、テレビ画面へ逃げようとするS子ですが、


 ――バコンっ。


 派手な音を伴って、ブラウン管が破裂します。

 テレビデオを素手で破壊したのは、清楚で可憐な黒髪のスレンダー乙女でした。


「遅れたわね」


 部室に踏み込んできたのは、黒髪ロングの頼れる先輩。

 完璧の異名を持ち、関節を自在にリフォームする、高潔なる令嬢。

 その名も、カスミン先輩。


 クールなカスミン先輩は、いつもの無表情に怒りを交えて言うのです。


「あなたが神であろうと、沢木さんは連れて行かせない」

『あのですね……何か誤解をごひぃっ!? い、痛いのだ! そこ曲がらなっ!?』

「戦術姫道零式は、みかどを守護するきさきの嗜み。戦術姫道の使い手は容赦をしない。たとえ相手が神であろうと、そこに関節があるなら極めて見せる」

『痛いのだ! 腕を捻らないで欲しいの……もう怒ったのだ!』


 S子の体が眩光に包まれて、あたし達の視界はゼロに。

 気づけば、S子のいた場所に古びた井戸が出現していました。


『ふふふ、S子ちゃんの神術『フルアーマー古井戸』なのだ! S子ちゃんの霊力で古井戸を作り出す神術で、あらゆる攻撃に耐える古井戸は戦術核にも耐え』

「井戸の構造上、真上はガラ空きみたいね」

『あっ』


 カスミン先輩が跳躍し、某配管工のゲームみたいに井戸の中に消えていきます。

 そして、虐殺が始まりました。


『ぎゅひぃ!? らめぇぇなのだ! そこ! あんっ!』


 両手を伸ばせないほどの狭い空間は、カスミン先輩の関節リフォームが最も輝くであろうバトルフィールドです。

 井戸の壁が邪魔して、内部の様子は伺えませんが、


(メキゴキッ)

(ビキッボキッ)

(ミシミシっ……ミシッ)

(コキュっ)


 聞くに耐えない、残酷な音が聞こえます。

 S子の悲鳴は、痛々しすぎて放送できないほどです。


『あぎひぃ……おひょぇ』


 手首が複雑怪奇に曲がったS子が、井戸の底から這い上がってきます。

 ですが、そこには。


「やおい穴をぉ……あたしにS子のやおい穴を見せて欲しいのです……」

『ひぃっ!? こっちに腐女子さん!? なら、こっちへ逃げれば』  ↑

          ↓                    ↑

「討魔殲滅ですわ……退魔師の夢、神殺しですの……」      ↑

『きゃぁ!? こっちに退魔師っ!? なら、こっちへ逃げれば』   ↑

          ↓                    ↑

「おちんぽミルク……美少女の特濃おちんぽミルク……」     ↑

『ッッ!? こっちにド変態さんっ!? なら、こっちへ逃げれば』  ↑

          ↓                    ↑

「殺して下さいよぉぉぉ……わたしを殺して下さい……」     ↑

『こっちには病んでる人っ!? に、逃げる場所は……逃げる場所は……どこに?』

          ↓

「えへへぇ~♪ こっちよぉ☆」

『逃げ道はこっちなのだ! こっちにいるのは……金髪縦ロールで笑顔の……』

「ふふふ~♪ うふふ、ふふっ☆」 


 シャキッ、シャキッ。

 シャキシャキっ、シャキシャキっ。

 シャキシャキ、シャキシャキ、シャキシャキ、シャキシャキ、シャキ。


「てへっ♪ わたしも来ちゃったぁ☆」


 その時、S子は自分の運命を悟りました。

 そう、新たに登場した美少女は救世主ではなかったから。


『かっ彼女は……S子ちゃんを助けに来たんじゃない……のだ……』


 鈍く光る野蛮な道具は、血染めで錆びた金属咀嚼鋏。

 ニコニコ笑顔の少女は、あらゆる邪悪を凌駕するほほえみを浮かべています。


『殺しに来たのだ……彼女はS子ちゃんをバラバラに……』


  ――シャキン

    ――シャキ、シャキッ

       ――シャキ、シャキ、シャキッ


『こっ来ないで欲しいのだ! さっS子ちゃんを……ぴぎゃアァァァ――っ』

「うふふー☆」

『ぎャァァァァ――ッ!! ギャッ! ギャァァアッ!!』


 コキィ コキィ、

 バキッ…、

 ネッチョ…ネッチョ……

 ゴリッ…


      グッチュ、グッチュ………



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