第11話 ゆとり部のちょー怖い話


 ある日、


 ――PLLLL...


 携帯電話に、非通知ナンバーから電話がきました。


『もしもし、わたし三本足のリカちゃん。わたし呪われているの。今からあなたのところに行くね』


 会話は一方通行で、すぐ切れました。


 ――いたずら電話?


 あたしは(変な電話ですねー)と思いましたが、特にどうというわけではなく。

 ですが、数分後。


 ――PLLLL...


 また非通知で、電話がかかってきたのです。


『もしもし、わたし三本足のリカちゃん。わたし足が三本あるの。今あなたの家の玄関前にいるわ』


 また通話が一方的に切られて、その時あたしは学校にいました。


 授業が終わって、放課後の教室で荷物をまとめていて。

 今日は部室にも立ち寄らず、お家へまっすぐ帰って、嫌がる妹を裸にひん剥いて、ヌルヌルと白濁したボディーソープを全身に塗りたくり、髪の毛をワシャワシャとシャンプーして、風呂桶に沈めて、歯磨きさせて、家庭訪問でやって来た担任教師と、妹の不登校問題について三者面談して、世の理不尽を嘆きながら、さっさと寝る予定でした。


 あたしは(不気味ですねー)と思いましたが、特に気にすることはなく。

 変なイタズラ電話を無視して、家に帰ろうと、


 ――PLLLL...


『もしもし、わたし三本足のリカちゃん。わたし三本目の足が人肉で出来ているの。いま○○駅にいるわ』


 イタズラ電話が告げた○○駅、それは自宅の最寄り駅でした。


 ――ブルッ。


 得体のしれない存在に恐怖を覚えて、あたしは背筋を震わせました。

 怖くなったあたしは、携帯の電源を切りました。


 これで、もう電話が来ることは。


 ――PLLLL...


 ……電話が鳴りました、

 ……電源を切ったハズの携帯が、

 ……嫌です、

 ……怖い、助けて、出たくない

 ……だけど、指が勝手に、通話ボタンへ、伸びて……


『もしもし、わたし三本足のリカちゃん。電源を落としても無駄よ? あなたはわたしから逃げられない。いま▲▲駅にいるの』


 イタズラ電話が告げた▲▲駅、それは学校の最寄り駅でした。


 ……近づいてきます。

 ……だんだんとあたしの元へ。


 なぜか、電源を切ったことを知っている人物が。

 なぜか、電源を切ったはずの携帯電話を鳴らして。


 あわてて携帯を眺めてみれば、確かに電源は落ちています。

 なぜ、どうして、いったい誰が……


 我慢のできない恐怖。

 それは歯茎をガチガチと鳴らして、喉をワナワナと震わせます。


 ――PLLLL...


 もう……もう、いやなのですっ!

 今すぐ、あたしは逃げ出したいのですっ!


 怖いです……

 逃げたいです……

 だけど、逃げる場所が分かりません……


 話は変わりますが、腐女子は決してノーマルな恋愛から逃げてるワケじゃないのです。

 カタギの皆さんは誤解していますが、腐女子はホモ行為自体が好きではないのです。

 もちろん脳内や創作では美少年同士をハメたりしゃぶったり性転換させたりして楽しんでいますが、恋愛に関しては至ってノーマルで、ちゃんと彼氏がいたり結婚している人も少なくありません。

 余談ですが、腐女子が結婚して既婚女性になると、レベルアップして既腐人になります。今度のテストに出るので、ノートの隅っこにでもメモっておくとクラスメイトに腐女子バレする危険性があるので、心のメモ帳に刻みこむのを推奨しておきます。

 とまあ腐女子といえど、リアルの恋愛とBLは別物と考えるべきなのです。

 世の男性が、腐女子を怖がるのは、分かります。

 いつも腐った眼差しで観察され、何かの拍子で妄想されて、男同士で一緒にトイレに行こうものなら、脳内でケツに小便アーッされると、ありとあらゆるシチュエーションで肖像権と肛門を侵害される恐怖は理解できますし、ぶっちゃけ心当たりがありすぎて、あたしは何の弁明もできません。

 だけど、腐女子が脳内で美少年をいくら犯そうと関係ないと思うのです。アクティブに幼女を拉致監禁するロリコン犯罪野郎と違って、リアルで行動を起こさなければなんの問題もないハズです。せいぜい女の子同士が恋愛話で「○○君ってカッコいいよね」「ぎゅっっと抱きしめて欲しいよね」と盛り上がる時に、腐女子同士だと「○○君ってカッコいいよね」「××君と絡んで欲しいよね」と盛り上がるぐらいで、男性の皆さんには実害はないと思うんですよ。少なくても肉体には。精神に与えるダメージは知りませんが。


 そんなわけで、あたしの恐怖は限界を迎えて。

 後先も考えず、フルスイングで携帯を投げ捨てようとしました――が。


 手から携帯が離れません。

 まるで磁石で張り付いたみたいに、


  ――PLLLL...


 鳴り響くアラーム、出たくありません。

 だけど指は、通話ボタンに伸びて、


『もしもし、わたし三本足のリカちゃん。電話を捨てても無駄よ? わたしに魅入られた人は逃げられないの。わたしの電話は逃がさない……わたしの電話は狩りの道具…わたしの電話は獲物を喰らう……あなたの恐怖を喰らう……うふふ、わたし三本足のリカちゃん。あなたに迫る猟犬なの。待っててね、もう学校の正門に付いたわ』


 ――ツーツー。


 無機質な電子音が、通話の終了を告げます。

 あたしの恐怖は、最高潮に達しました。

 鼓動がバクバクと暴走して、滝のような汗が制服の下で流れます。

 膝が震えて、喉が喘いで、酸素が足りず、呼吸が乱れる。


 もう誰でもいいです、だれか……誰か助けて。

 ガクガクする足を引きずるように、あたしは部室へと向かいます。


 あと10歩、あと5歩、

 もうドアノブに手が届きます、


 ――ガチャ。


 部室のドアを開いて、あたしは叫びました。


「助けてくだ」

「――モドもどモドキんっ☆ モドキんきんっ♪」

「キャ……キャァァァァァァ!?」


 ――誰か助けて!

 ――あたし殺されますっ!?


 部室にいたのは「うふふー☆」と笑顔の狂った先輩、「えへへー♪」とキュートなおかしい先輩、ニコニコ・スマイル・コメント不能、ヤバイよこの人マジやばい、生きた人間に興味はありません、だけど死体になってくれたら興味が湧くかもぉ♪でお馴染み、ゆとり部の最恐伝説――モドキんさんが。


 天井から鎖で吊り下げた『人間サイズの肉塊』を、ナイフで解体していました。


「えへへーぇ♪ ミクちゃん、こんにちは~☆」

「ここっこんこん…こんにち…あわわ……」


 ニコッと笑う先輩は、いつものモドキんスマイルで。

 楽しく部室で解体作業、放課後ワーキングの真っ最中のようです。


 なんというか、ホラー映画のワンシーンです。


 血だらけ真っ赤なエプロンに、脂でテカったゴムの手袋。

 包丁、ノコギリ、ナイフ、チョキリン。


 ウソでしょ? これってリアルなの?

 キラッと光る色んな刃物が、脂肪にまみれて勢揃い。


 あはは、今日は重装備ですね。

 真っ赤な液体の溜まったバケツの中身は、もしかして新鮮な臓器か何かでしょうか?

 ヘルプ! ヘルプ! ヘルプ!

 白い歯ガタガタ、背筋ブルブル、涙もポタポタ、何かが漏れそう。

 ガチでビビリなあたしはドギマギ、ナイフを片手なモドキんさんに問いかけます。


「モドもどモドもど…モドキんさん……ぶぶッ部室で、ななっなにを……」

「うふふー☆ あんこうの吊るし切りをしてたのぉ~♪」

「あっ、あ、あんこう……」

「そぉー、深海魚のあんこうっ♪ ついさっきねぇ、新鮮なあんこうが手に入ったからぁ~☆ お家まで我慢できなくてぇー、部室まで引きずって来たのぉ♪」

「はっは……ハハハハ……」


 引きつった愛想笑いで、崩壊しそうな自我を保ちます。

 モドキんさんは、新鮮なあんこうが手に入ったと嬉しそうです――が、ここは学校の部室です。

 海でもスーパーでも築地市場でもないのに、モドキンさんは一体ドコで捕獲を……


 そして、部室まで引きずってきたという表現です……

 それって、実は。


「ねぇ、ミクちゃ~ん♪ 様子がおかしいけど、どうかしたのぉ~☆」

「モドキんさん……実はそのあんこう――」

「まさか気づいてる?」

「ひぃっ!? もっモドキんさん!? あっあたしの首に……チョキリン君をヲヲヲ……」

「ミクちゃん。これあんこうなの。だから余計な詮索は良くないなーって。私もミクちゃんを…したくないから」

「はっはひっ! あんこうです! 吊るされた肉塊の正体はあんこうなのですっ!」

「そう、分かってくれればいいの。だから――てへへーぇ♪ ミクちゃん、慌てて部室に入ってきてぇ、どうしたのぉ~☆」

「じっ実は、非通知で電話が来てぇ……」


 ペラペラ、ペラペラ。

 ペーラペラ。


 あたしは、モドキんさんに恐怖の電話を説明しました。

 怪談に興味を示したのか、モドキんさんは「女の子の声だったんだぁ~☆」「三本目の足は人肉なんだぁ~♪」とコメントを……ぶっちゃけ、嫌な予感しかしません。

 あたしの話を聞き終えると、モドキんさんは言いました。


「ミクちゃ~ん、私に任せてぇ~♪」

「…………」


 とっさに返事が出ませんでした。

 なにか「 と て も 嫌 な 予 感 」がしたので。

 そんな時に、電話が。


 ――PLLLL...


「電話に出てーぇ☆ きっと大丈夫だからぁ~♪」

「分かりました……」


 謎の電話は、もう怖くありません。

 たぶん、目の前の異常者に対する恐怖と、正体不明の電話に対する恐怖。

 異なる属性の恐怖がミックスされて、壊れた脳みそがハイになっているのでしょう。


 マイナス×マイナスはプラス、恐怖×恐怖は謎の平静。

 以前に読んだBL小説で「童貞主人公×こんにゃく」という絡みを目にしたことがあります。


 ……いや、決してアタマがおかしくなったわけではなくて。

 そのBL小説の流れ的には、主人公が「童貞のまま××(受けキャラの名前)とハメるわけにはいかない!」と意味不明な供述をしだして、何を考えたのか既に手遅れだったのか「そうだ、コンニャクで童貞を捨てよう!」と思い立って……ええ、最初から最後まで意味不明ですよね。

 童貞が恥ずかしいとかどうでもいいですし、コンニャクで童貞は捨てられませんし、どう考えてもそれ自慰ですし、さらに余談なのですが、主人公が熱湯で10分間ほど茹でたコンニャクの切れ目にアレを挿入して「うっ、リアルな感触っ」と呻く、祝☆童貞損失なシーン(?)があったのですが、童貞がリアルな感触なんぞ知ってるはずもなく、熱湯で10分間も茹でたコンニャクにアレを挿入したら火傷は必須なわけで…………はい、感想欄はツッコミの暴風ストリーム状態でした。


 正直に告白します。

 小5の時、あたしが書いたBL小説でのエピソードです。

 あたしにも、そういう時代がありました。


 そんなわけで、あたしはピピっと電話に出ました。


『もしもし、わたし三本足のリカちゃん。いまドアをノックしているの』


 ――トントン。


 いきなり扉をノックする音、ドアがギシギシ軋む音、間違いありません。

 三本足のリカちゃんは、ドアの向こうにいます。


『いま、そっちに行くね……うふふ』


 ――キィィィィ


 部室のドアが開くと、お人形さんみたいな女の子が姿を見せました。

 不思議の国からやって来たアリスのようにかわいらしく、およそ恐怖とはかけ離れた美少女です。


 スカートから伸びた、足が三本あることを除けば。


 健康な肌色をした二本の足とは別に、死体みたいに青白い余分な足がなければ。

 三本足のリカちゃんは、ニヤリと口元を歪めて囁くのです。


『わたし三本足のリカちゃん。わたしは足が四本になれば完成するの。四脚型のリカちゃんになって、肩部の武装ラッチにレールキャノンを装備でき……キャァァァァ!? なにっ!? なんなのっ!? このお部屋はっ!? 生臭いしっ!? 血だらけだしっ!? てっ天井から……かっ解体中の死体が吊るされてるし……ゆっ床にナイフが……あわわっ』


 悲鳴を上げるのも、無理ないと思います。

 あたしもめっさ驚いたので……とか、コメントを並べる最中に。

 突然ですが、クエッションタイムです。


Q.あなたの家に強盗がやってきました。

  あなたは武器も持たず、隠れる事しかできません。

  武器を持った強盗から隠れるため、あなたが身を隠したのは家のどこですか?


 この質問の答えで、あなたがサイコパスか一般人かわかるそうです。


 あなたの答えはなんですか?


 タンスの中でしょうか?

 それとも、ベッドの下でしょうか?


 サイコパスの人は、迷わず『ドアの裏』と答えるそうです。


『あなたがやったのっ!?』

「違うのです……アンコウを殺ったのは、あたしではなくて……」


 あたしは、すぅっと腕を上げて指差します。

 三本足のリカちゃんの背後で、息を潜めている人を。

 ドアの裏でひっそりと、チョキリン君を構えているアノ人を。

 ニコニコ笑顔でチャンスを伺う、マンマン殺る気なモドキんさんを。


 サイコパスの人は、自分が最も有利になれる場所を選ぶのです。


『えっ、わたし?』

「あなたではないのです……うしろの」

「えへへぇ~♪ チョキリン君、おやつの時間よぉ~☆」

『えっ、後ろから声が……ヒギャァァア!?』


 ――ぶっづん。


 それは、比類なき鋼の暴力でした。

 ボルトクリッパーのチョキリン君は、金属を噛み切るための工具です。

 それを人体に用いれば……結果は言うまでもなく。

 分厚いゴムが引き裂かれるように、リカちゃんの三本目の足はねじ切られました。


 ドサッ


 床に落ちた三本目の足を、モドキんさんがササッ☆と拾います。

 頬をすりすり品質を確かめながら、高周波混じりのロリ声で言うのです。


「この弾力、この肌ざわり、えへへーぇ♪ 三本目の足、本当に人のお肉みたい~☆」

『かっ返してぇぇぇ! わたしの中足なかあしを返してぇぇ~!』


 二本足になったリカちゃんは、チョキンと足を切られて泣いてます。


 モドキんさんの腕には、青白い足が一本。

 さっきまでリカちゃんの三本目だった……うっぷ、吐き気が。


 あたしが喉を駆け上る胃酸の衝動と戦ってる横では、モドキんさんとリカちゃんが変な言い争いを始めていました。


「てへへーぇ☆ どうしよぉかなぁー♪」

『かっ返してよぉぉぉ! わたしその足がないと……四脚型じゃないと、肩部ラッチにレールキャノンを搭載できないのォ……レールキャノンは反動が強いからぁ……ひっくり返っちゃうからぁ……』

「う~ん☆ でも私ってホラー♪ こういうパーツを集めるのが大好きだからぁ~☆」

『ひっぐ、返してくれないならぁ!』


 ――ギシッ


 歯車が軋むような、機械じかけの旋律が聞こえました。

 体の45%が機械化されている三本足のリカちゃんは、状況に応じて幾つかのモードに変形できるのです。

 先ほどの音は、おそらくリカちゃんの変形が始まった音でしょう。


 リカちゃんは、三つのモードに変形します。


 ――人形姿の壱式。

 ――背中に高機動戦用ロケットを装着した弐式

 ――白兵戦に特化した参式


 リカちゃんの姿が、ゴキゴキと変形していきます。


 セラミック複合装甲で覆われたスカートが割れて、内部のウエポンベイから武器が取り出されます。

 背中と脚部の皮膚が裂けて、エアインテークと、スラスターユニットが露出します。

 裂けた皮膚が硬化し、関節の駆動を邪魔をしない蛇腹状の装甲が形成されます。

 カシャリと音を立てて、統合照準システムのバイザーが下がりました。

 バイザー越しに明滅する双眸が、モドキんさんを見据えます。


 機械合成された音声で、リカちゃんは告げます。


『モード移行、参式』


 白兵戦モードに変形した、お人形のリカちゃん。

 その姿を言葉で表現するなら、純白の甲冑で戦場を駆け抜ける騎士。

 白銀の二脚で大地を踏みしめ、前屈姿勢で両手の凶器を構える、からくり仕掛けの戦闘兵器です。


 右腕の武装は、サザラギ重工製の突撃砲「AR-34 滑腔速射銃」

 左腕の武装は、ゲネシスワーク製のプラズマキャノン「MAGATAMAまがたま


 双腕に銃器を持つ、攻撃重視の守りを捨てた出で立ち。

 それは神話で語られる、二挺の猟銃で邪竜を討った覆面の狩人メイトリクスが如し。

 チタンとセラミックで構成された軽装甲は、機動性を攻防力へと転嫁するドクトリンに基づいた選択。


 武装は、中距離から近距離の射撃戦に特化。

 間合いを制する機動と速射性を重視した武装で、瞬殺にして瞬天を目指す構成のようです。


『目標確認――排除』


 リカちゃんは、無機質な宣告をします。

 死を舞うダンスのお誘いは、右腕の突撃砲から始まりました。


 ――ダラララララッッッ!!


 ド派手に弾けたマズルのコールは、弾幕で奏でるファンファーレ。

 リズミカルな弾頭の演奏する葬送曲は、ライフをチップに参加が可能な硝煙香るパーティーを盛り上げます。

 スマイル全開のモドキんさんは、乱暴なダンスのお誘いに不機嫌モード。

 ぷんすか☆イスを蹴りあげて、キュート♪なロリ声で叫びます。


「モドキん☆ストライクぅ♪」

『イスを蹴りあげての質量攻撃か。しかし無駄だ。イスごときで私は止められない』

「えへへーぇ☆ リカちゃんったら、悪い子さんなんだからぁ~♪」

『私は強さしか知らず、強さしか求めていない。ゆえに最強を願っている』

「ミクちゃんを恐がらせたのはぁ♪ 許せないなぁー☆」

『私は四脚になれば最強になれる。その手段は選ばない。障害は射撃にて排除する』

「あぁーん☆ リカちゃんの乱暴さんっ♪」


 二人の会話がまったく噛み合ってないのが、ラリっています。


 白兵戦モードのリカちゃんは、二挺の射撃武器を、モドキんさんに向けています。

 ニコニコ笑顔で激おこプンプン丸なモドキんさんは、チョキリン君をシャカらせ威嚇を続けています。


 どうやら、笑えないレベルで一触即発の大ピンチみたいです。


「うふふーぅ♪ そんな悪い子ちゃんはぁー☆」


 先に仕掛けたのは、モドキんさんでした。

 ニコニコ笑顔のモドキんさんは、スカートの裏からメスを4本取り出して、


「えへへーっ☆ 私がぁモドもどしちゃうっ♪」


 シュババババッッ!!


 放たれた、白銀の一閃、

 手術用メスの投擲は、直線軌道、

 リカちゃん目掛けて、メスまっしぐらっ!

 白銀の甲冑を貫かんと、ブンブン唸って突き進みますっ!


『遅いっ』


 ダラララララッッッ!!


 リカちゃんは、すぐさま迎撃を開始。

 右腕に構えた速射銃を持ち上げ、リズミカルなマズルの閃滅を奏でます。

 高速飛翔する弾頭が、手術用のメスを砕きます。

 統合照準システムに管制された射撃の前では、モドキんさんの射刀術も色褪せる。


 モドキんさんは、リカちゃんが投擲メスの迎撃に専念した隙に。

 大きく右足を振り上げて、


「え~いっ♪」


 カツーン――☆彡と、

 アンコウの内臓とか血がたっぷり詰まったバケツを蹴り上げました。


 リカちゃんは、宙を舞うバケツを再び迎撃。

 ライフリングのない銃口が閃滅して、劣化ウランの弾丸が撒き散らされます。


『質量攻撃など無意味――ぬぉっ!?』


 バシャッ。

 水風船が割れる音は、バケツが砕ける音。


 弾丸で撃ちぬかれたバケツは、空中で粉々に。

 宙にブチ撒けられるモノは、脂肪と血液が混じったあんこうの臓物。

 それはおぞましくも美しい真紅のカーテンとなって、リカちゃんの視界を塞ぎます。


 臓腑のカーテンを、真っ直ぐ伸びた一筋の銀閃が突き破ります。

 モドキんさんの投げた、手術用のメスでした。


『緊急回避は、間に合……グッ』

「えへへ~ぇ♪ まだまだ続くからぁ~☆」

『小癪な……ッ!』

「うふふっ♪」


 メスを被弾した衝撃で、リカちゃんがたたらを踏みます。

 そのチャンスを逃さないと、一気に間合いを詰めるモドキんさんに。


 ――チャキッ


 向けられた殺意は、確死の雷砲。

 リカちゃんに搭載された、左腕のプラズマキャノン「MAGATAMA」でした。


『ロックオン! プラズマに灼かれて塵となれっ! 死ぬが……ぐぉぉぉっ!? なんだとっ!? 手術用のメスが……頭上から降ってきたっ!?』

「フフフぅーん♪ メスの軌道は直線だけじゃないのよぉ~☆」


 数カ所を同時被弾して狼狽えるリカちゃん、鼻歌交じりで得意げなモドキんさん。


 あたしは見ました、モドキんさんのしたたかさを。

 蹴りあげたバケツは、血と臓物の目眩ましに過ぎなかったのです。


 モドキんさんは、手持ちのメスの半分を臓物のカーテンを突き破る直線軌道で投げて、もう半分のメスを山なりに弧を描く軌道で投擲したのです。

 直線に投げられたメスは最短ルートを飛翔して、弧を描いて投げられたメスは視界の範囲外から遅れて命中する。


 なんという老獪さ、なんという巧妙さ。

 モドキんさんって、一体何者なんでしょうかっ!?


 絶対おかしいですよねっ!?

 このゆとり部のバグキャラな先輩って!?


『グガァ……損傷軽微、行動に支障なし、障害物越しの曲射で刃物を投擲とは見事なり、たかが人間の分際で随分と昂じさせてくれる! ここは敬意を持って応ずるべきだが、あいにく私は猿どもの文化に疎くてな! 返礼は私達の流儀、射撃にて参るっ!』

「えへへーぇ♪ 私の攻撃はメスの投擲だけじゃないのよぉ~☆」

『なんだと……これは、メスにワイヤーが繋がれているっ!?』

『ウンっ♪ でねぇ、ここにビリビリ痺れるスタンガンがぁ~☆」

『ヒートロッドかっ!?』

「大正解っ☆ ビリビリ痺れちゃぇ~♪」

『クッ!? 通電攻撃に備えて、重要システムをシャットダウ――』

「嘘っ♪」


 シュタタ――ッ!!


 ニコニコ笑顔のモドキんさんは、チョキリン君を両手に飛びかかりましたっ!


 接近戦の女神、鋼で模した竜の顎。

 チョキリン君は、ゼロ距離で真価を発揮します。

 獲物を喰らい、咀嚼し、切断する、あらゆる物体を解体する役目を果たすのです。


 チェックメイト、あたしは目を閉じます。

 三本足のリカちゃん、もうすぐダルマになるでしょう。


『計ったなっ!? ならば……ぬぉぉぉぉぉっ!?』

「ウソの嘘ぉ♪ 二百万ボルトのスタンガンと直結、キクでしょぉ~♪」

『グヌォォ……体が動かない……アクチュエータの制御回路が焼き切れ――まっ負けを認める……頼む、助けて』

「てへへぇー☆ コレが何か分かるぅ~♪」


 ――シャキ、シャキ☆


 金属咀嚼鋏を担いだモドキんさんが、足元の敗者を見下ろして言いました。


 ニコニコ、笑顔で楽しげに、

 シャキンと、愉快で嬉しげに、

 チョキリン君と、名が付けられた、

 13式金属咀嚼鋏「アイゼン・ドラッヘ」を、

 シャキシャキ、

 獲物の恐怖を煽るよう、大げさに鳴り響かせるのです。


 モドキんさんは、愉悦混じりのロリ声で言葉を紡ぎます。


「ウフフーぅ♪ 私の後輩に手を出しておいてぇ~☆ 今頃になって命乞いはオカシイなぁーてぇ♪」

『わっ悪かった!? ひぃ!? ごっごめんなさいっ! ほら、わたしって足が三本でバランスが悪くて……あっ、きゃぁ、ごめごめんなささ……ぴぎゃぁっぁぁぁっ!? 腕が……わたしの腕が捩じ切られ……ッッ!?』

「モドもどモドキん、モドキんきんっ♪ あなたをモドもど、モドしちゃぅ☆」

『ぺりゃぎゃぁぁぁっっ!? わっわたしの…うっ腕がぁ……足がぁ……背部のスラスターユニットが……ゴリゴリ捩じ切……やっやめ…もうぉ……ぃぎぃぃぃぃぃっ!?』


 地べたを這いずるリカちゃんに、

 凶悪無慈悲な金属咀嚼鋏を突き立てる、

 いつもの笑顔なモドキんさんは、


※衝撃的な映像につき、音声だけでお楽しみ下さい。


 コキィ コキィ、

 バキッ…、

 ゴッリィ…ゴッリィ……

 ガキッ…


 ギッチュ、ギッチュ……………………


『あぁ…ギィ……右腕が……左腕が……胸部装甲の76%が……やっ、やめてぇ! 足だけは……足だけは……うぅぅ』 

「えへへぇー☆ ところでぇリカちゃんはぁ♪ どーしてぇ人間の足を集めてぇ四脚になろうとしたのかしらぁ~☆」

『うぅぅ……お人形カップがもうすぐ開催するのぉ……最強のお人形を決める……ひっぐ、それまでにわだしは四脚に進化しないと……えっぐ、両手にヘビーマシンガンと肩部にレールキャノンの構成じゃないと……ぅぃっぐ、軽量級で両手にブレイドを装備したジェニーや、重量級でガチタンのバービーに勝てないからぁ……』

「ふぅーん♪ じゃぁ、ママを紹介してあげようかぁ~☆」

『ひぇっぐ……ママ?』

「てへへぇー☆ 私のママはねぇ、パーツを切ったり付けたりするのが得意だからぁー♪ きっと納得のいくセッティングにしてくれると思うのぉー☆ あとホラー♪ 私の家はパーツの在庫も豊富だからぁ~☆」

『……ほっ本当にっ? 本当にわたしを四脚にしてくれるの?』

「うんうんっ♪ たぶんねっ☆」


 よく分かりませんが、モドキんさんと三本足のリカちゃんは打ち解けたようです。

 あたしは、ここら辺で頭痛とか理性のヤバさを悟ったので、ホラーな部室からドロップアウト。

 もう、勝手にしてくれという感じです。


 なので、このあと何が起きたのかは知りませんけど。


 ――その後、

 ――三本足のリカちゃんの姿を見たものはいませんでした。


 翌日、部室に行くと。

 吊るし切りにされたあんこうは、キレイに片付いていました。


 ゆとり部は、今日も異常です。

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