<4>


 あたしのギブアップ宣言で、カスミン先輩の説明は続きます。


「セミの成虫は二週間しか生きられず、その短い時間を異性と交尾することだけに捧げるの。だけど交尾相手が見つからないまま死ぬセミもいる。異性と交尾したい、子孫を残したい、だけど全てのセミが交尾を出来るわけではなくて、童貞や処女のまま死ぬセミもいる。それらの怨念がセミの幽霊の正体。ヘンな妖怪に進化する前に供養して欲しいと、織原さんがアルバイトで任されていたけど」

「オリミーは、なんだかんだで霊能力者ですからね。だけど?」

「供養する側の織原さんが、セミの幽霊に取り憑かれてしまったの」

「オリミーが校内でセックスを連呼したんですか……で、ゆとり先輩がオリミーとセックスしようと?」

「ええ。みんなでゆとり君を荒っぽい方法で止めたけど、ゆとり君は「――童貞のまま死んだのは辛かろう。俺の体を貸してやるから未練を晴らせ――」と叫んで」

「脳が理解を拒絶してますけど、何が起きたかは分かりました」


 カスミン先輩は、おバカな事件の解説を続けます。


「ゆとり君は協力者を探したの。童貞や処女のまま死んだセミの幽霊の無念を晴らす方法はセックスさせてあげればよかったから」

「はい、それは理解できます。なぜそうなったのかは、分かりませんけど」

「ゆとり君は全校の女生徒に「――かくかくしかじかの事情でセックス相手を募集している。俺に協力してくれ――」と、お願いして回ったけど」

「どーせ協力者はゼロですよね。いつか逮捕されますよ? もう何度目ですか? あの変態が学校で奇行を働くのは? あんなんだから見た目はイケメンなのにモテないんですよ」

「そう。ゆとり君は協力者を見つけられなかったの」

「分かりきっています。誰があんな変態とセックスなんぞしますか。ゆとり先輩が女性にセックスさせろと要請する、それはイスラム教徒に豚を食え、シーチワワにクジラを殴り殺せ、頬に十字傷の男にハロワに行けと要請するようなもので、ぜっったい聞き入れて貰えるわけないのです」

「そうなの。一向に協力者が現れないから、セミの幽霊が我慢できなくなって、ゆとり君にとり憑いたの」

「それがアレの始まりですか……」

「ええ。そしてゆとり君はセックスしようとしたの。近くにいた春日さんと」

「えっ? あたしと? それってまさか……あ"あ"あ"あ"――ッ!?」


 記憶が戻りました!

 セミの幽霊に憑依されたゆとり先輩が「セックスしたい!」と叫びながら、あたしにぎゅっと抱きついて……ッ!


「ア"ア"ア"ア"ア"――ッ!!」


 ガンガン、ゴンゴン、バコバコ、メキメキッ!

 あたしはツインテールの頭を壁にぶつけて、ツラい記憶の抹消を企みましたが、乙女の頭蓋骨は意外と頑丈で脳みそは壊れません。


 そんなあたしの前では。

 高身長で爆乳のサワキーが、体格に物を言わせて半裸のゆとり先輩を羽交い締めにしていました。


「つっ、捕まえましたよ!」

「見事ですわ! 沢木さんは、豚の排泄物にも劣るクソ虫を死守しますの!」

「は、はい! わっ分かりました! 死守ですね!」

「そう、死守ですわ。沢木さんには、ゆとりさんを死ぬまで確保して頂きますの」

「な、なんか……いっ嫌な予感がするんですけど」

「おっほっほっほっ! それは気のせいでなくてよっ!」


 銀髪碧眼のハーフ美少女――

 オリミーが、手の甲を口元に当てて高らかに笑います。

 さすがは、自称:お嬢さまの退魔師です。

 嫌味な笑いもお嬢さまで、フリルの付いた制服もお嬢さまで、口調もやっぱりお嬢さま、ダテに銀髪碧眼のハーフ美少女というお嬢さまキャラのテンプレを演じているだけあると思いますけど、その実態は禍払い専門な神社の看板娘で、年末年始は巫女服でバイトに駆り出される、月の小遣い五千円(携帯代は別)の庶民なんですけどね。


 そんなオリミーは。

 晴れの日でも持ち歩くのを欠かさない、ゴスロリな装飾の施された日傘を、


傾注せよアハトゥング


 目標ロック、狩人の姿勢。

 手にした日傘を、鉄砲のように構えます。

 照準で狙い定めるは、セックス連呼中のゆとり先輩とサワキー。


「さようなら。あなたの役目はおしまいです」


 不吉なことを呟きました。

 青い瞳孔がスーッと収縮して、獲物を狙う猛禽の鋭さになります。

 日傘を構えるオリミーは、詠うような韻を踏みながら言葉を連ねるのです。


単葬式日傘銃たんそうしきひがさじゅう――グランド・フィナーレ。銃身長55cm、.585口径 曳光焼夷半徹甲榴弾頭を装填済み。外見は日本の銃刀法に配慮して、裏打ちに防刃繊維ケブラー49を使用した日傘に偽装。破壊対象は物体や霊体を問わず。ミスリル鋼で覆われた重量比約20パーセントの炸薬を孕んだ魔弾は、悪鬼羅刹を殲滅し、鋼を穿ち百魔を砕く、破邪の霊装なり――」


 はい、長いので聞き飛ばしましょう。


 オリミーが鉄砲みたいに構えるゴスロリな日傘は、対戦車ライフルです。

 日傘の軸に大口径マグナムライフルを仕込んだ物騒なアイテムになりますが、なぜオリミーが発砲前にムダに長くて厨臭いセリフを言うのかは謎です。

 たぶん宗教とか信仰的な意味合いがあると推測しますけど、本人はノリノリなので触れないでおきましょう。


 日傘のライフルを構えるオリミーは、青い瞳でサワキーを見据えて言うのです。


「あらゆる心霊問題の解決は、未来を背負う天才退魔師の織原エミリーにお任せあれ。解決手段は破壊デストロイ。グッバイ、さよなら、くたばれッですわ――」


 タタっと。

 神速の踏み込みで、クールな乙女のカスミン先輩が駆けます。


 まさに一瞬、まばたきの疾さ。

 超スピードでオリミーに迫り、日傘に隠された銃把トリガーを押さえました。


 無表情のカスミン先輩は、淡々と言うのです。


「織原さん。部室でそれを使うのは禁止と言ったはずよ」

「ぐむむ……沢木さん。どうやら命拾いしたようですわね」

「命拾いって、なんちゅーモンで解決しようとしてるんですかぁぁっ! てゆーか、わたしごとゆとり先輩を撃ち抜こうとしましたよねっ!? 明らかにワンショット・ツーキルを狙ってましたよね!?」

「フッ。いわゆる、コラテラル・ダメージ。戦闘におけるやむを得ない犠牲ですの」


 そう、誇らしげに。

 真っ平らな胸を張る、未来を背負う天才退魔師(自称)のオリミーですが、


「オ、オリミー理論でわたしの命を些細とか言わないで下さい! このチビィィ!」


 チビ。

 とても小さな女子高生でした。

 小さいといえど、胸がペタンコとかではなく……

 いや、オリミーの胸は、小さいとか大きいとかの次元じゃなくてゼロですけど。

 おっぱいを含めたボディー全体が、とてもミニマムな女子高生なのです。


 その身長はたったの133cmで、体重は軽すぎて言えません。


 小柄でスレンダーというかチビガリで、無駄な贅肉とバストの膨らみは皆無。

 顔立ちは西洋人の血が混じったツンツンのお嬢さまフェイスで、髪の毛は童貞からチャラ男まで万遍なく評価が高い、銀髪のロングヘアー。

 レースのヒラヒラとクソでかい対戦車ライフルが付いたゴスロリちっくな大きい日傘を掲げていますけど、それ実は普通のサイズで、身長133cmのオリミーが持ってるせいで大きく錯覚して見えるだけと、全ての乙女がなでなでしたくなるキュートさ。つまり、オリミーはかわいいのです。

 小学生サイズの女の子が、身の丈ほどもある(ように見える)武器を構える絵は、老若男女を問わず萌えポイントが高めですね。


 小さなオリミーに対して。

 サワキーは、おっぱい特化型というかおっぱいです。


 見た目は清楚ですけど、おっぱいが大きいです。

 スタイルは細身なのに、おっぱいが大きいです。

 おどおどした性格でも、おっぱいが大きいです。


 つまり、サワキーの内気な性格で高身長な美少女という萌え要素の全てはおっぱいが大きいの+α、おっぱいが大きいというキャラを補完するものにすぎないわけで。


 文句なしの美少女で、文句なしのおっぱいな、おっぱいのサワキーは、


「……貧乳(ボソッ)、ペタン娘(ぼそッ)、ブラいらず(ボソッ)」

「ぐぬぬっ……」


 口ぶりからも分かる通り、終わった性格をしています。


 卑屈さを象徴するボソボソ口調でしゃべり、目を合わせたら死ぬと言わんばかりに視線は床を向き、どんより暗い表情で根暗な薄ら笑いを浮かべながらネガティブな独り言をブツクサと延々に言い続けて周りの人にドン引きされるバリバリのメンヘラ系にして、精神科で処方されたお薬は7種類な女の子なのです。


 しかも、


「ドチビ(ボソッ)、ミニガキ(ぷぷっ)、悔しいですか(ぴょんぴょんw)、ねぇ悔しいですか(ハハッw)、わたしみたいな対人恐怖症でコミュ障の底辺カーストにバカにされて()、ねぇ悔しいですかぁ(フヒヒw)、悔しいですよねぇ(ぷっくくw)、はいはいワロスです(うぇwwうぇwww)、オリモノ・エミリーさん(m9(^Д^)プギャーw)」


 深刻なコミュ障で、重度の対人恐怖症で、オマケで末期のネット依存症な、ツイッターの書き込みは一日平均百回でもフォロワー数は十人以下という、ぬるぽでガッしたカワユスあぼーんな残念系の美少女だお。


 余談ですが、サワキーの中学時代の友達はゼロ。

 高校でも、ゆとり部のメンバー以外に話し相手はゼロ。

 孤独でぼっちで休日はいつも一人で、午後は2chで夜はニコニコ、友達いないし、カレシもいないし、だけど自分は負け組じゃないし、寂しくないし悔しくないし、悲しくないし羨ましくない、実はイケてる美少女キャラで、見た目はかわゆく問題なしで、男は誘えば手に入るけど、いつか素敵な王子様が、自分を迎えに来てくれるから、抱きしめキスして優しくベットで、アレやらコレやらしてくれるからと、妄想メルヘン夢中トリップしている内に休日が終わってしまい夜中に布団で泣いてるような女の子です。


 サワキーは、社交性が小数点以下のセリフを呟きます。

 コンプレックスをフルボッコされたオリミーは、涙目でプルプル震えます。


 そんな、後輩たちの惨状を見かねたのでしょうか?

 プンプン、おこおこ、アングリー。

 ほらほらホラーな先輩は、笑顔でチクっと釘を刺してきました。


「サワキーちゃん♪ オリミーちゃんイジメも程々にね☆」


 笑顔のモドキんさんは、スカートの下に隠された武器を取り出します。

 普段から持ち歩いている、全長125cmの折りたたみ式ボルトクリッパー「チョキリン君(正式名称:十三式金属咀嚼鋏じゅうさんしき きんぞくそしゃくばさみ アイゼン・ドラッヘ)」

 を、

 シャキンッ☆と、某ホラーゲームの『ハサミ男』みたく展開して、


「ケンカしてばかりだとぉー♪ わたしが二人とも解剖しちゃうからぁ~☆」


 怖いことを言いました。


 はい。

 どこもおかしくありませ……いや。

 どう考えてもおかしい発言ですけど、これはモドキんさんの通常運転です。


 つまり、

 モドキんさんは、

 普段から、


   お か し い ん で す っ!


 それはもう、とてもすごく、ヤバいぐらい。

 にこやか笑顔の気配り上手で、ゆるふわ天然JKのモドキんさんですが、


「ひ、ひぃぃぃっっ!?」

「わたくし、それが冗談に聞こえなくてよっ!?」

「あらぁ♪ わたしは本気よぉ☆」


 ヒトの首ぐらい斬り落とせそうな、

 チョキリン君(※見た目=全長125cmのニッパー)を、

 シャカらせる(※意味=チョキリン君をシャカシャカして威嚇すること)、

 陽気で、猟奇な、トチ狂った、JKでした……。

 モドキんさんの趣味は、解剖と標本集めです。

 自宅は死体の博物館と豪語する、ヘタしたら五人ぐらい埋めてるじゃないかってレベルの異常者さんです。

 あたしは、モドキンさんに問いかけます。


「お取り込み中ですが、あの変態童貞はいかが致しましょうか……」

「どうしよぉ♪ そうだぁ☆ わたしが解剖しちゃ」

「ダメです」

「えぇーっ☆ 解剖し終わったら、ちゃんと元に戻すのにっ♪」

「ダメです。モドキんさんは体をバラして縫合し直す際、ゆとり先輩の部品を抜き取りますから。あの事件のこと、あたしはまだ忘れてませんよ? 右腕が見つかってないんですよね?」

「もぉ♪ わたしはぴゅあぴゅあでキヨラカな乙女なのにぃ☆」

「うっぷ……あの事件を思い出して吐き気が」

「あっ、部室で吐かないでねぇ☆」

「うぇっぷ、大丈夫なのです……とにかく、ゆとり先輩を解剖するのは駄目です。アレが死んでも事故で済ませるだけですけど、死体損壊が加わると面倒なんで」

「ちぇ♪ ミクちゃんのイジワルさんっ☆」

「セックスしたい! セックスしたい!」


 猟奇な先輩と、ほのぼの会話をしていると。

 頼れる大和撫子のカスミン先輩が、退魔のプロに意見を伺っていました。


「織原さん。ゆとり君ごとセミの幽霊を抹消する他に、何か良い解決方はないの?」

「いくつかありましてよ。先ほど提案したように、ゆとりさんと誰かがセックスを行って未練を晴らす方法が」

「オリミーの提案は却下します。非現実的なのです」

「わ、わたしも、それだけは嫌です……」

「うーん☆」

「セックスしたい! セックスしたい!」

「他の方法は?」


「伝統的な方法がありますわ。ゆとりさんに憑依したセミの幽霊を――」


 チャキッと。

 オリミーが、物騒な日傘を構えながら叫ぶのです。


「自ら出て行かせますの! ゆとりさんの肉体をあらゆる方法で痛め尽くすことで! 憑依霊は肉体の支配権を得ると同時に痛みも共有します。だから幽霊に憑依されたゆとりさんを拷問すれば、あまりの痛みにセミの幽霊が自ら出て行く寸法ですわ!」

「決まりなのです」

「せっ性格は悪いですけど、さっさすがは霊能力者のオリミーさんです!」

「ということでぇ~♪ ミクちゃんにはバールみたいなもの☆」

「任務了解なのです」

「サワキーちゃんにはスコップ♪ 先っぽの鋭くなってるトコでねぇ♪」

「が、がんばりますっ!」

「オリミーちゃんとぉ、カスミンちゃんはぁ~♪」

「グランドフィナーレがありますわ」

「不要よ」

「皆様、準備がよろしいようで始めますわよ。除霊方法は単純にして明快。すなわちバールで叩いてスコップでぶん殴る! 幽霊が去らずば爪を剥ぎ、抵抗すれば前歯を砕き、暴れる時には膝を折り、関節を外して焼きごてを当てる! それが最善にして最高の除霊法ですわっ!」


 あたしは言います「分かりました」

 サワキーが叫ぶのです「りょ、了解ですっ!」

 モドキんさんが「えへへー☆ 事故で済ましちゃおぅ~♪」なにをっ!?

「乱暴は控えめにね」カスミン先輩の注意は聞こえず、


「セックスしたい! セックスし――びゅぃぃっ!?」


 全裸にブラジャーのゆとり先輩が、ミラクルコンボで床に沈みます。

 日傘で叩き伏せ、スコップで殴り伏せ、バールのようなモノで側頭部をベコン。

 セミの幽霊は、憑依したゆとり先輩の声で呻きます。


「ぐべべ……」

「ごらんなさい! セミの幽霊が苦しんでおりますわ! さらなるバールを! 追加のスコップを! 悪霊退散は物理で解決! 攻撃を休まず続けましてよ!」

「チャーンスっ☆ 今のうちにゆとり君の眼球を~♪」

「モドキさん。手術用のメスをしまって」

「カスミンちゃーん☆ そんな怖い顔で見つめないでぇ♪ これはジョークよぉ☆」

「みんなもいい加減にして。ゆとり君が死んでもいいの?」

「本望です」

「しっ死んだ方が、世の為になると思いますっ」

「除霊に事故はつきものですわ」

「えへへェ♪ ゆとり君が死んだら~☆ わたしが死体を持ち帰っていいかなぁ♪」

「みんなの気持ちも分か――」

「セックスしたい! セック……ぎゃぃぃぃ!」

「人が喋ってる時に鳴かない。みんなも、セミの幽霊も、いいかげんにしなさい」


 あ、カスミン先輩の「関節リフォーム」が始まりました。

 バキメキッ。

 さして広くない部室に、関節をバキられるイヤな音が響きます。


「セックスしたい! セックススス……」

「暴れても無駄よ。戦術姫道零式せんじゅつきどうゼロしきみかどを守護するきさきの嗜み――戦術姫道せんじゅつきどうの使い手は容赦しない。たとえ相手が幽霊であろうと、そこに関節があるなら極めるから」


 カスミン先輩が、関節をバキりながら決め台詞を言いました。

 相変わらずの御手前。技のキレが鮮やかなのです。


 ここで解説なのですが、家柄が超絶ハイクオリティーで誰もが認める大和撫子のカスミン先輩は、習い事で「戦術姫道零式せんじゅつきどうゼロしき」なる日本の上流階級のお嬢様だけに代々伝えられてきた高等作法教育を受けていて、それの一環で習う、護身術や極地生存術や毒殺・暗殺・強襲夜伽術アサルト・ベッティングなどを嗜んでおり、ゆとり先輩の手首を曲がらない方向に曲げている関節技も、それの一環で覚えたのでしょう。恋敵こいがたきを半年ほど掛けてじっくり衰弱死させる方法を学ぶとか、華やに見えて上流社会も大変だと思います。怖っ。


 なお、カスミン先輩は強いです。

 以前にヒト属ヒト科をはみ出した北斗の拳に出てくるモヒカンそっくりな不良ギャング(笑)さんを、たったひとりで10人ぐらい秒殺するのを見たことがありますから。

 そんな、カスミン先輩の関節リフォームが極まれば、


「セックスした……セクセクセックス! セクセクセックス!」


 痛みで、どこかがバグってしまい。

 幽霊の鳴き声が、ツクツクホーシのようになるのも無理ないと思います。

 いま気づいたのですが、ツクツクホーシの鳴き声は「突く突く奉仕」という「私は豚のようにあなたに尽くします」という、オスなりに考えぬいたナンパの決め台詞なのかもしれませんね。オールジャパニーズですけど。


 あたしが、無駄なことを考えていると。

 カスミン先輩は、関節をバキりながらセミの幽霊に問いかけました。


「セックスしたい本能は分かるけど、相手の同意を得ないでそれをするのはいけないことなの。あなたはそれでもセックスがしたい?」

「セクセクセックス! セクセクセックス!」

「したいのね。でも、私はイヤ。私はあなたとセックスしたくない。でも、私とのセックスであなたが満足するなら――我慢してもいい」

「が、我慢しちゃ駄目ですよーっ!」

「サワキーに賛成します。カスミン先輩は優しすぎなのです」

「笠井さんは正気でして? それはゆとりさんに純潔を捧げることでしてよ?」

「あぁーん☆ ゆとり君のチェリーは冷たくなったらわたしが奪っちゃおうと思ってたのにぃ♪」

「あたしから提案なのですが……ゆとり先輩のチェリーを、生きたまま奪うのはどうでしょうか?」

「てへっ☆ わたしってぇ、まだ生きてる人間には興奮できないのぉ♪」

「地味に素晴らしい解決方法だと思ったのですが……」

「でもぉー☆ まだ生きてる人間でもねぇ、解体した部品パーツにだったらぁ♪」

「怖いんで興奮しないで下さい。満面の笑みでチョキリン君をシャカらさないで下さい。生きたまま切り離した人体パーツを何に使うのですか? やっぱり……いや、なんでもないのです。ちょっと想像しちゃ駄目なことを考えちゃって……うっぷ、とにかくあたしはカスミン先輩が犠牲になるのは反対です。もちろんあたしも犠牲になりませんし、他のみんなが犠牲になるのも反対です。死ぬのはアレだけで十分なのです」



 バールを握る、あたしは殺る気満々で、


「ぎ、犠牲になるのは、ゆっゆとり先輩だけで十分ですっ!」

 スコップを構える、サワキーは覚悟を決めて、


「不本意ですが、沢木さんに同意せざるを得ませんの」

 単葬式日傘銃たんそうしきひがさじゅうを構えるオリミーは、ゼロ距離射撃の準備がオッケー、


「わたしってぇ~☆ 嬉しくなったりワクワクしちゃうと自然にやっちゃうのぉ♪」

 チョキリン君をシャカらせる、モドキんさんは猟奇で、


「分かったわ。ゆとり君を痛めつけるのね」

 カスミン先輩は、ため息をついてから、


  こきゃりっ。


「セクセクセッ……!? セェェェクス! セェェェクス!」


 関節がイヤな音を立てて軋み始めると、また鳴き声が変わりました。

 こんどはアブラゼミですかね? だいぶ効いているようです。


「セェェ……ミーンっ! ミンミンミィィィン!」

「あっ。ゆとり先輩がセミ語で喋りだしたのです。きもっ」

「さすがは笠井さんの関節リフォームですの。これはセミの幽霊が苦しんでいる証拠! もはや人語をしゃべる余裕すらない! あと一歩、もうひと息ですわ! 拷問を継続しましてよ! 肩を外して、腱を伸ばして、靭帯を破壊して、憑依からゆとりさんを解放しますの!」

「ミーンミンミン! やっ…やめろ笠井! 俺はゆとりだ! セミじゃない!」

「ゆ、ゆとり先輩が人の言葉を喋りましたよ……」

「これって♪ 除霊に成功したのかしらぁ☆」

「織原さんの意見は?」

「……まだですわ! まだ手を緩めてはいけませんの! これはセミの幽霊の策略っ! ゆとりさんは、いまだセミの幽霊に憑依されたままですの!」

「なら継続ね」

「イデデデッッ!? 人間の関節はそんな方向に曲がら……って、笠井も織原もいい加減にしろっ! 俺はもうセミの幽霊にとり憑かれていないぞっ!」

「霊にとり憑かれました人間は、皆さんそう言いましてよ?」

「俺が悪かった。織原よ。助けてくれ……」

「では、春日さんはバールで肋骨を7本ほどパキパキ」

「ファっっ!? いやっ俺の話を聞いてぇぇえッッ!? 痛ぃぃっ助けっっっ筋肉の隙間に指を食い込ませて上に引っ張りあげひぎぃぃぃ!?」

「続行かしら?」

「ですの」

「淡々とやり取りをするんじゃ……おいやめろ。後ろから抱きついて親指で肋骨をペキペキと痛い痛いイダダダダッッ!? やめろ笠井! おれはゆとりだ! 信じて助けてもうひゃめてぎぃぃぃ!?」

「うわぁ。痛そうですね。悲鳴キモッ」

「うんうんっ♪ カスミンちゃんの関節リフォームだものぉー☆」


 あたしとモドキんさんは、淡々と比類なき残酷絵巻を眺めます。

 関節をリフォームされる、ゆとり先輩をしばし眺めていると。

 その体から、白いモヤが染みだして……


「だっ大丈夫ですか? ゆとり先輩の右腕が知恵の輪みたいに……あ、あれぇ? わ、わたしの体に何かが入り込んで、セックスしたい! セックスしたい!」

「セミの幽霊が、沢木さんに乗り移りましたの! 次は沢木さんを拷問――んんっ、わたくしの指をチュパカブラ……」

「セックちゅぱちゅぱ、セックスしちゅぱちゅぱ」

「はぅぅぅ!? なんという……らめぇ、官能的な舌使いですの……」


 銀髪ハーフのロリが、セミの幽霊に憑依された爆乳少女に指を舐められ悶ます。

 それを見て興奮する全裸にブラジャーだけを装備した変態童貞は、ハァハァと吐息を荒げながら言うのです。


「ハァハァ……沢木! いや、沢木に乗り移ったセミの幽霊よ! 貴様の無念を晴らしてやる! おっぱいのデカイ沢木に乗り移ったまま、俺とセックスしよう! なぁに、お前が織原とレズプレイに励みたいなら、それはそれで構わない! 俺は美少女と美少女が揉んで揉まれる百合な世界にキマシタワーなフラワーが咲き乱れてハートがジャッジメントするのを見守……うげぇぇぇ!? 痛い、いだい!?」

「ゆとり君、ふざけないで」

「ふざけてない! オレは本気だ! 笠井に童貞処女のまま死んでいったセミの無念が分かるかっ! 最後の数週間の戦いに敗れた非リア充の! リア充どもの嘲笑を受けながら非業の死を遂げた敗残兵の! 奴らの無念を晴らすためならァ……セミの幽霊、名案を思いついた! 3Pだ! 3Pで俺の童貞をくれてやる! 俺と沢木に乗り移ったお前と織原で……ぴぃギギぃぃぃぃ!? おいバカやめろそこ駄目だっ!? 落ち着け、笠井っ! 話し合おう笠井っ! そこを曲げられたらピギィィィ」


「ミクちゃん♪ 今ならぁ、ゆとり君を除霊中の事故でコロコロしてもバレないかなぁ~☆」

「あはは……」


 ハチャメチャな部室を見回して、あたしは乾いた笑いをひとつ。

 これが、ゆとり部の日常風景なのです。


 いつもカオスで、ラブは皆無で、ルールは不要で、常識はどっかに飛んでハジけて消えた、あらゆる災厄を詰め込んだパンドラの箱に猟奇で変態でアホでおバカなエッセンスをぶち込んで魔女の大釜でじっくりコトコト煮込んだクレアおばさんのねるねるねーるねみたいなもう自分でも何を言ってるか分かんないですけど、練れば練るほどそれはブイヨン(テッテレテ~ッ♪)というわけで、シチューライスとお好み焼き定食は認めないあたしです。


 とにかく、この程度のカオスは、ゆとり部では珍しくないのです。


 常識人のあたしが、

 なぜこんなトチ狂った人種が揃った部活に所属しているのか?


 それは、

 ある日の「持ち物検査」から始まったのです。

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