<3>


「春日さん、起きて」

「 ハッ!?」


 肩をトントン叩かれて。

 床で寝ていたあたしは、ガバっと跳ね起きました。


「うぅぅ……」


 覚醒すると、おぼろげな意識がハッキリします。


 どうやら……

 あたしは夢を見ていたようで……はい、悪夢でした。

 現実のゆとり部は、あんな平和じゃありません。


 だから、

 ここから、現実がスタート。

 本当にひどい、出オチが夢オチでした。


 寝起きでフラつくあたしは、クールなカスミン先輩に問いかけます。


「……ここは?」

「部室」

「……いまは?」

「放課後」

「……夢ですよね?」

「ここは部室。今は放課後。そして現実よ」

「……カスミン先輩……あたし夢を見てたのです……」

「どんな?」

「……サワキーが魔法少女で……オリミーが魔王で……いあいあモドキん……カスミン先輩が幽霊で……ゆとり先輩がイケメンでした……」

「現実とかけ離れた悪夢を見ていたようね」

「……現実って厳しいですよね」

「ええ」


 カスミン先輩は、いつもの無表情フェイス。

 あたしは頭痛が痛くて視界がクラクラ、フラッとその場で立ちくらみなのです。

 ガンガンと痛む、ズキズキなツインテールを、ユサユサ揺らしながら。

 リアルがハードで現実ララバイ、投げやり気分でプチ鬱モード。

 空キレイ……な表情で。

 あたしは、ぽつりと呟くのです。


「あたしは夢を見ていたのです……ひどい悪夢でしたけど、夢から覚めたらここ数十分の記憶が綺麗サッパリなくなっていまして……」

「一時的な記憶喪失ね。春日さんはとても怖い目にあったから」

「とても怖い目に? なにが起きたのですか? あたしに、みんなに、ゆとり先輩に? それは聞いても大丈夫ですか? もしや知らない方がよいのでは? 記憶は取り戻さないほうがあたしの為では?」

「それは――」


 いったい何が起こったのでしょうか?

 どうせ、ロクなことは起きてないでしょうけど。

 そんな、あたしの耳に、


「ねぼすけめ。ようやくお目覚めか」


 ミステリアスなボイスは、聞こえてきました。

 あたしが、鼓膜が妊娠しそうな声がする方に視線を向けると、


「……ちんちん」


 イエス、ちんちん。

 ゆとり部を代表する、変態童貞のゆとり先輩が。

 全裸にブラジャーだけを装備して、あたしを見下ろしていました。


「ゆとり先輩……見えてるのです」

「脱いでるからな」


 全裸にブラジャーだけを身に着けたゆとり先輩は、セクハラな発言を爽やかな表情で言いました。

 わけがわかりません。小さいです。意味不明です。粗チンです。

 ええ、ゆとり先輩はちんこが小さいのです。

 ミニミニちんこ、マイクロちんこ、典型的な粗チン野郎なのです。

 しかも、被っています。

 なにが被ってるかというと、まあナニの皮が被っているのですが。

 とにかく、ゆとり先輩は、


「気を失っていたか。まだ闘いは続いて――セックスしたい! セックスしたい!」

「はい?」


 なんか半裸で突然「セックスしたい!」とか、連呼しだしました。


 ――あれ?

 ――もしかして乙女のピンチ?


 つーか、これまでのあらすじをまとめちゃいますよ?

 冒頭が夢オチでちんこ丸出しのブラジャー男が童貞で変態でセックス――


「セックスしたい! セックスしたい!」

「か、春日さん! そ、その変態から逃げて下さいっ!」

「ド畜生ですわ! セミの幽霊が、ゆとりさんに乗り移りましたの!」


 全裸にブラジャー、股間をブラブラ。

 変態童貞のゆとり先輩は、乙女たちに「セックスしたい!」を連呼しています。

 サワキーとオリミーが、修羅の形相でゆとり先輩に襲いかかります。

 あたしは、エラーを起こした脳みそで問いかけました。


「カスミン先輩……この状況についてですが」

「ゆとり君が、セミの幽霊に憑依されたの」

「なるほど。考えることを放棄したので、答えをどうぞ」

「退魔師の織原さんが供養に失敗したの」

「……」


 あたしは、言葉を失います。

 全裸にブラジャーだけの変態童貞、

 セミの幽霊に憑依された、

 冒頭からセックス。


 狂った事態に、唖然→呆然。

 カスミン先輩は、淡々と説明を続けます。


「春日さんは、ゆとり君が童貞なのは知ってるわよね?」

「ええ。ゆとり先輩は誰も求めてないのに童貞アピールしてますから。あと全身から童貞オーラが出てますし、キモいし、キショいし、やらしいですし、不快で嫌悪でゴミクズで友達一人いないそうで、去年の学祭でクラスお揃いのTシャツを制作した時もゆとり先輩一人だけハブられた伝説があるスクールカーストの最底辺を這いつくばってる虫ケラの雰囲気バリバリなボウフラ野郎ですし、顔はイケメンで声とカラダがエロいのは悪くないのですが、脳味噌の中身が壊滅的に終わってるんで、アレが童貞じゃなかったら学会で発表できますよ」

「そう。童貞ゆえに、ゆとり君はセミの幽霊に憑依されたの」


 そう、ゆとり先輩は童貞です。それもイケメン童貞という人種なのです。

 イケメンなのに童貞ということは、すなわちホモか異常者かの二者一択で……前者ならあたし的に良かったのですが、ゆとり先輩は後者の異常者なのです。

 異常者といっても勉強は上の下ぐらいはできるらしく、ようするにバカなのです。しかもバカで変態なのです。バカで変態なだけで済むならまだいいのですが、ゆとり先輩はバカで変態で気持ち悪いんです。もう同じ空気を吸うのも嫌だから呼吸をやめろと言いたいぐらい――つまり死ねってことなんですけど、そう思うのもムリないぐらい、ゆとり先輩はイケメン変態のクソキモい馬鹿アホチェリーで超絶うつけなエタヒニン以下の童貞野郎なのですって、あの便所コオロギの排泄物にも劣るチリクズ男は、なしてセミの幽霊なんぞに憑依されたのでしょうか?

 まったくの謎ですが、そこはカスミン先輩を頼ることにしましょう。


「事件の始まりは、ゆとり君がセミの幽霊に憑依されたことに始まるの」

「お伺いしたいのですが、セミの幽霊とは?」

「童貞や処女のまま命を落とした、セミの怨念の集合体のことよ」

「……あ、考えることは既に放棄しているので、続きをよろしくおねがいします」

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