姫路涼の世界樹
春夏秋冬どれかの季節で十二のうちでどれかの月の月曜日。
僕は全身に強い痛みを感じて目を覚ました。
全身が痛く視界は霞んで何かがそこにある程度しかわからなかったが僕はまだ死んではいないらしい。
そういえば、目を覚ます前に誰かの声が聞こえた気がするが内容はおろか誰の声だったのかも覚えていない。
視界が鮮明になると僕に痛みを与えている人物が見えた。その人物は僕と同じ学校に通う僕のよく知る少女だった。
その少女は殺意に満ちた右目と大切なものを守ろうとしている左目のオッドアイであった。そして、口元では笑みを浮かべていて不気味かつ複雑な表情で僕を見て僕の身体に剣を突き刺していた。
どうして少女がこのような表情で僕に剣を突き刺しているのか、僕の記憶からすっぽりと抜けてしまっているその記憶を思い出すために僕は少女と関わるきっかけになったあの【月曜日】から思い出してみる。
大丈夫、月曜日はあと一時間残っている。
大丈夫、僕はまだこの痛みに耐えられる。
だから、ゆっくりと順を追って思い出してみる。
これは、僕が【月曜日】に勇者と出会い、冒険した誰も知らない【月曜日】だけの物語。
***
僕の後ろの席の真矢咲さんは校内で生徒、教師、男女関係なく人気のある少女だ。【ある曜日】以外話題に上がらないという日は絶対にないし、飼育係もしていて人間だけではなく動物にも均等に優しい。
そんな真矢さんは【月曜日】に必ず学校を休んでいる。不思議なことにクラスメイトや教職員は真矢さんが毎週月曜日に学校を休んでいることに気付いていない。気付いていないというより【月曜日】に真矢さんが存在していないものとして生活をしている。
僕は過去に一度だけ真矢さん本人にこのように聞いたことがある。
「何で真矢さんは月曜日に学校を休むの?」
「どうして……。いえ、何でもないわ。それに私は月曜日に学校を休んだことは無いのだけれど」
真矢さんはそう否定していたけれど、彼女はその翌週の月曜日も学校を休んでいた。
***
「大丈夫? 痛いよね」
少女は僕にそう言う。それに対して僕は、
「大丈夫」
自分でもびっくりするくらい細く女々しい声でそう返した。
***
ある月曜日の朝、僕は昨晩準備していなかった朝食を買うために僕が住むアパートの一階にあるコンビニで税抜き百円のパンと紙パックの飲み物を一つずつ購入してお店を出た。すると、この辺ではあまり見かけない人物が目に映った。
「あれって、真矢さん?」
真矢さんはスマートフォンを片手に堂々と赤信号を無視して向かいの歩道から僕がいる歩道にやってきた。
「真矢さん、だよね?」
「やっぱり」
いつもとは違い眼鏡を外しロングヘアーの黒い髪をポニーテールに結び、白いTシャツに艶やかな足の付け根が顔を出してしまいそうなほど短い短パンを履いた真矢さんに僕がそう声を掛けるとそう呟いて走り去ってしまった。同じような格好をしている僕が言えたことではないけれど優等生と言われている真矢さんもプライベートでは結構破廉恥な格好をしているようだ。
「待って」
走り去る真矢さんを目で追っていた僕は自分でも気が付かないうちに真矢さんの後を追って走っていた。
「待って、待ってよ。真矢さん」
「どうしてわたしの事が【見える】のかわからないけれど、興味本位でわたしに近づかないで。あなたはきっと不幸になる」
真矢さんはそう言い残すと住宅街の角を曲がって行った。僕もすぐに同じ角を曲がったが、そこは行き止まりで真矢さんの姿は無かった。でもその代わりに一か所妙に歪んだ壁があった。
「何、これ」
何の警戒心も抱かずにその壁に触れてみた。すると、僕の手は壁の中に吸い込まれて続いて僕の身体も壁の中に吸い込まれた。
「え? 何? 何なの。だ、誰か助けて」
その声は誰に届く事も無く僕は誰にも知られることなく壁の中に消えた。
壁に吸い込まれたのは【時間】としては一瞬だった。しかし、僕の体感【時間】は無限に等しかった。
「こ、ここは?」
身体は大丈夫だった。ただ、周りは大丈夫ではなかった。
さっきまで、体感時間で一瞬前まで、僕の周りにあったのはコンクリートジャングルだったのだけれど、今僕の周りを囲んでいるのは本物のジャングルだった。
「真矢さんもここにいるのかな?」
そんなことを呟くと僕の背後にある木々がザワザワと騒ぎ出した。
「な、何?」
木々からは二匹のイノシシの様な動物と同じ姿形をしているものの、二匹の動物の十倍以上大きな動物が現れた。
「こ、来ないで」
我ながら女々しい声で僕は後ろへ二歩、三歩と下がって行った。僕が動いたことでその動物たちは僕を獲物と認識したようで僕に向かって突進をしてきた。
「うっ」
僕はその動物の攻撃をかわせる自信が無くてその場でうずくまり目を瞑った。
「目、開けても良いよ」
僕に近づいて来る足音が消えたと思ったら僕の耳には聞き覚えのある声が聞こえた。
「あの、聞こえている? 目を開けても良いよ」
目を開くと、僕の前には鎧姿でポニーテールの様な髪形をした少女が鍋の蓋のようなものでイノシシの様な動物三体の動きを止めていた。
「まさか、こんなところまで着いて来るなんて想定外。こんな人初めてだよ」
「真矢さん?」
口調や髪形は違ったけれどその声は間違いなく【月曜日】以外は僕の後ろの席に座っている真矢さんの声だった。
「『Guest1』呼びにくいから『ワンコ』で良いよね? そっちの方が可愛いし」
真矢さんがそう言うと僕と真矢さんの目の前に半透明のパネルのようなものが突如として出現した。そのパネルにはこのような事が書かれていた。
【Guest1のNameを『ワンコ』に変更しました】
「違う、僕の名前はそんなあからさまに犬みたいな名前じゃないよ。何度か話したことがあるし、前の席だから覚えているでしょ? 僕の名前は『ワンコ』だよ。……え? だから『ワンコ』。違うよだから『ワンコ』だってば」
何故だか僕は自分の『涼』という名前を言葉に出せなかった。正確には言葉に出そうとしても真矢さんが僕に名付けた『ワンコ』と言う名前に変換されてしまっていた。
「少しお話ししたいけどちょっと待っていてね」
真矢さんは何処からか白銀に輝く剣を取り出すとポニーテールが揺れる暇もないほど早くイノシシの様な動物を一瞬の躊躇も罪悪感も無く、それが当たり前であるかのように斬った。動くことも出来ずただただ斬られた動物は最後に悲鳴にも聞こえる甲高い鳴き声を発すると内側から破裂して直径一センチメートルにも満たない光の粒になって消滅した。
「はい、終わり」
真矢さんは巨大な生物を消し去った後とは思えないほど冷静かつさわやかな声でそう言うと剣を大きく振り鞘に納めた。
「あの、真矢さん」
「ごめん、想定内だけど想定外の事が起きているからちょっと着いて来て」
僕は真矢さんの氷のように冷たい左手で左腕を掴まれて森を全速力で走らされた。
「真矢さん、僕はいつまで走れば良いの?」
真矢さんは何も言わずに僕の腕を掴んでいない方の手で僕の後ろを指差した。そこには先ほどの動物と同じ種族の動物が何匹、何十匹と群れを成して僕らを追って来ていた。
「真矢さん、追いつかれそうだよ」
「やっぱり想定内だけどちょっと想定外。『目には目を歯には歯を』って感じでわたしもちょっと想定外の事をするからしっかり腕に捕まっていて」
真矢さんは少し焦ったようにそれでいて冷静さを保ったままそう言い、僕は真矢さんの言いつけどおりに真矢さんの手同様に氷のように冷たい腕を掴んだ。
「ふっ」
真矢さんは走る速度を少し緩めると地面いっぱいに重心をかけて下から上に跳び上がった。
「上手く行った」
確かに上手く動物の群れをかわすことには成功していたが真矢さんは着地については何も考えていなかったようで何故か地上と全く酸素濃度の変わらない最高地点まで飛び上がった後、
「あ、この後の事は全く想定してなかった」
と呟いていた。
「真矢さん、この後どうするの?」
「ここに来た以上、ワンコはしばらく元の世界に戻ることは出来ないから丁度あそこに見える大きな町で装備を揃える」
「それはあとで聞くから、上空から落下しているこのタイミングで世界観の説明なんてしないでよ。それよりどうやって着地するの?」
そんなやりとりをしている間にも落下速度はどんどん早まり、地面が近づいていた。
「想定、出来た」
真矢さんはそう言い空中でスマートフォンを操作すると真矢さんの右手に先ほどあの動物の動きを止めていた鍋の蓋のようなものが現れた。
「それ、どうするつもり?」
「わたしの想定だとこうすれば」
真矢さんは鍋の蓋のようなものを思い切り地面に向かって投げ飛ばした。投げ飛ばされた鍋の蓋のようなものは地面に大きな音を立てて突き刺さった。その衝撃で下から風が起こりその風がクッションの役割をして、僕と真矢さんを無事に地面に降り立った。
「想定通り」
「はぁ、死ぬかと思った」
「ごめん。想定内のイベントだったのだけど複数で行うこのイベントは想定外だったから」
「僕の方こそごめんね。勝手に着いて来たから真矢さんに迷惑をかけて」
真矢さんは僕の方を見てにこりとクールかつ可愛らしい笑顔を見せると僕に手を差し伸べた。
「?」
「握手」
「あ、うん」
「知っているとは思うけれどわたしの名前は真矢咲、この世界では『Monday』って呼ばれている。これからはなるべく、その名前で呼んで欲しい」
僕は小さく首をかしげて肯定し差し伸べられていた氷のように冷たい手を優しく包んだ。
僕は真矢さんもといMondayと上空から見えた大きな町へと徒歩で向かった。その道中で僕は聞いてもいないのにMondayを追って迷い込んだこの世界について語りだした。
「昔、この世界はただただ荒野の広がる名も無い星だった。そんなある時、この世界の住人がエクスクラメーションと呼ぶ隕石が飛来した事をきっかけに荒野が広がるこの星に緑が生まれた。この世界の人たちはそれをとても喜んだそうだけれど、どんなことにも必ず裏があってこの場合の裏はその隕石が隕石ではなくて巨大な種子だった事。しかも、さっきみたいな魔物を生み出す力を持っているエクスクラメーションという巨大な魔物の種子だった。その魔物にこの星を奪われることを恐れたこの星の住人はエクスクラメーション討伐の為に勇者制度を作り、勇者にエクスクラメーション、この世界に緑を与えた事で世界樹と呼ばれたそれを倒すことを何百年と明治続けている。わたしもその勇者の一 人」
「でも」
僕が言おうと思っていたことをMondayはたった二文字から読み取ってくれたようで僕の疑問にとても分かりやすく答えてくれた。
「この星の住人ではない上、この星と一切の繋がりを持たない太陽系第三惑星にある世界第六十一位の国に住む一女子高校生であるわたしが勇者をやる理由というのは、これがそんな設定の【ゲーム】だから」
僕はあまりゲームというものをあまり嗜まないから正確な情報を発言することは出来ないけれど、現段階でMondayが言っていた地球にある日本という国の技術力で道具を必要とせずに現実と認識してしまうほどリアリティーあるゲームを作り上げるのは不可能であると思う。ただ、僕が知らないだけでそれが可能になっているのだったら関係者各位には誠心誠意謝罪を指せていただきたい。
「信じがたいと思うけれど、それが真実だから」
言葉だけなら絶対に信じることは出来ないけれど、目にしてしまった以上信じるしかないので僕は目の前にあるもの全てを信じることにした。そう、不釣り合いにしか見えないけれどそれが当たり前であるかのようにも感じさせるMondayの鎧姿も信じるしかない。
僕は僕にそう信じ込ませている間に上空で見たあの大きな町は目の前に来ていた。正確には来たのは僕たちだけれど。
「着いたのは良いけれど、あまり時間が無いから装備だけ整える」
Mondayはスマートフォンを取り出すといつインストールされていたのかこの町の大まかな地図を軽く確認して迷いなく多様な防具を取り揃えている店に僕を導いてくれた。
導いてくれたのは良いけれど、Mondayは防具屋で防具を購入せず店の奥に設置されている更衣室に僕を押し込んだ。ちなみに店主の許可は貰っていない。
「携帯、持って来ている?」
「携帯? あるけど」
コンビニエンスストアに朝食を買いに行くという行為に携帯電を所持する必要性は無いのだけれど、携帯に依存した生活を送っている現代の若者である僕は自宅のカギと少しのお金に加えて携帯電話もしっかりと所持していた。
「画面にいくつかのコマンドが表示されていると思うのだけれどそこから装備を選択して」
僕の携帯にそのようなアプリケーションをインストールした覚えはないし、何故Mondayが知っているかのような口調でそう言っているのかはわからないけれど、この世界に関して右も左もわからない僕は取りあえずMondayの指示に従った。
画面を見るとMondayの言った通り、いくつかのコマンドが映し出されていた。その中には【マップ】のコマンドもあり、指示されていないけれど試しにそのコマンドを選択して開いてみると先ほどMondayが見ていたこの町の大まかなマップが小さな画面の中に表示された。
「出来た?」
更衣室の外からMondayがさわやかな声でそう聞いてきた。
「ちょっと待って」
僕は急いでマップのページからいくつものコマンドが並んだページに戻り、指示通り【装備】のコマンドを選択した。
「わたしの名前の下にワンコの名前があるでしょう? それを選択して」
確かにMondayの名前の下には僕の名前というよりMondayが勝手に着けた名前があったのだけれど、Mondayが英語表記なのに対してワンコはカタカナで表記されていたため少し阿呆っぽく感じとれてしまった。
「選択、したよ」
少しだけ声のトーンを低くしてそう返すとMondayは、
「好きな装備を選んで着ていいよ」
と、一言だけ言い装備に関するアドバイスのようなものはもらえなかった。
仕方ないので、僕は一人で自分に見合った頭、上半身、両手、下半身、両足と計五つの防具に加えて特殊な能力を付加させることが出来る装飾品の中から電波の腕輪という攻撃してきた魔物を一定確率で麻痺させることが出来るアイテムを装備した。
「出来たけど、こんな感じでどう?」
Mondayは下から上に向かって一通り眺めると、首を一瞬だけ縦に振った。
「武器は?」
Mondayは使ったらすぐに何処かへ仕舞っていたから常に装備する必要が無いものとばかり思っていて僕も同じように装備していなかったのだけれど一般的には常に装備しているのが普通らしく、僕はMondayが二秒ほど悩んで選出された【グランドアックス】というオノと【グランドシールド】という盾を常時装備していることをクールというには少し冷たい声で命じられた。
「はぁ」
防具屋を出るとMondayはスマートフォンを見ながらとても重い溜息を吐いた。僕はその溜息の理由は分からなかったけれど、すぐに知ることになった。
暗
転
まだ午後十二時になったばかりだというのに辺りは夜中のように暗くなり、空には無数の星々が輝き出していた。
「姫路さん、家は何処?」
真矢さんは突然僕をワンコというニックネームではなく名字で呼んできた。その声に脊髄反射で真矢さんを見ると真矢さんは鎧姿から今朝見た白いTシャツに極端すぎるほど短い短パン姿に変わっていた。僕も先ほど選んだばかりの鎧姿から真矢さんとほとんど変わらないような姿に戻っていた。
「姫路さん? 姫路さん……」
***
「ごめんね、ごめんね。ワンコ」
もう、泣かないでよ。僕まで悲しくなるじゃないか。でも、ごめん。僕、どうして僕の為に泣いてくれているのか分からない。
【月曜日】が終わる前には思い出すから、もう泣かないで。
***
僕は何が起こったのか分からず説明もされないまま自宅へと帰って来ていた。そして、僕の前には何故か真矢さんが座っていた。
「あの世界とこの世界では時間の流れ方が違う。この世界の進み方が0と2の中間の数字とするのなら、あちらの世界は4分の1と4分の1を足した時間の進み方をしている。あちらを0と2の中間と考えるのならこちらの世界は1と3の中間の数字の速度で時間が進んでいる」
真矢さんは【あの世界】という場所と【この世界】という場所の時間の進み方の違いをいきなり説明してくれた。ただ、とんでもなく面倒くさい言い回しであったため僕がその言葉の意味を理解するまでには少し時間を要した。
真矢さんの面倒くさい言い回しを翻訳すると次のようになる、
「あの世界とこの世界では時間の流れ方が違う。この世界の進み方を1とするのなら、あの世界は半分の速度で時間が進んでいる。あの世界を1として考えるとこの世界は2倍の速度で時間が進んでいる」
「故に、あの世界で時計の時を示す針と分を示す針が2度目に12を示した時にこの世界は一日を終える」
「えっと? つまり、あの世界が正午になったらこの世界は一日が終わるって事?」
勝手ながら真矢さんの言葉をわかりやすく訂正して聞き返すと、真矢さんは何故理解していないのか分からないとでも思っていそうな表情で「そう言った」と返し、再び話を進めた。
「わたしがあの世界に居られるのは月曜日の二十四時間だけ、感覚としては二十四時間を4分の1と4分の1を足した数で掛けた時間だけ」
「つまり、二十四時間に2分の1を掛けて十二時間だから。半日だけしかあの世界に居られないって事だよね?」
「だからそう言った」
流石に二度も同じ様なやり取りをしたからか、真矢さんは表情をほとんど変えることは無かったけれど少しふてくされた様な言い方をした。
でも、これで今まで疑問に思っていたことが一つ解決出来た。
「今まで真矢さんはあの世界を守るために月曜日に休んでいたって事で合っている?」
「守ったのはあの世界だけではないけれど、その考えで合っている。ただ、月曜日にわたしはこの世界に『存在しない』ことになっているから休んでいるという表現だけは間違い」
存在しない。その意味を正しく理解することは僕の容量が足りていない脳味噌で考えるのは不可能だったけれど、その言葉をそのままの意味で受け取った時に僕は今朝真矢さんに言われた言葉の意味を理解することが出来た。
「見えないはずの真矢さんが僕には見えていた。それもずっと前から」
「そう、ね」
真矢さんはその理由は分からないと言った。もちろん、僕自身もその理由は分からない。
「誰も信じてくれないと思うけれど、この事は他の誰にも言わないで。来週もまた、いえ、絶対に巻き込まれるのだけれど、姫路さんはわたしが絶対に守るから」
真矢さんはそう言って僕の手を強く握るといきなり立ち上がり、僕の家から出て行こうとした。
「待って、真矢さんどこに行くつもり?」
「何処って、家に帰るつもりなのだけれど」
「うん、まぁ、そうだとは思っていたけれど。でも、もう夜中だよ。それに」
あえて言わなかったけれど僕は真矢さんの服を凝視した。月曜日なら僕以外は誰も真矢さんの事が見えていないからと人目を気にせずに自由な格好を出来るけれど日付が変わって今は火曜日になっている上、夜中なのだから無防備な格好の女の子が一人で出歩くには危ない時間だ。
「今日は僕の家に泊まったらどう? 僕は一人暮らしだから、自分の家だと思ってくつろいでもらって構わないし、こんな時間に出歩くよりは安全だと思う」
「すでに迷惑をかけてしまっているのにこれ以上迷惑をかける訳には」
「大丈夫、元を辿れば迷惑をかけたのは僕だから」
「そう、優しい人なのね。姫路さんは。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」
僕の説得が功を奏したのか分からないけれど、真矢さんが僕の家に泊まることになった。が、僕は見慣れぬ世界で魔物に襲われたり、人間技とは思えない脚力で上空へ跳び上がったり、人生出来る予定など無かった鎧を着たりしたことで疲れてしまったのか、お客さんである真矢さんよりも先に眠ってしまっていた。
翌日、ではなくて当日。真矢さん風に面倒くさい言い回しで言うならば月曜日から火曜日に変わってから七時間後、僕が目を覚ますと僕の家に真矢さんの姿は無くなっていた。その代わり、テーブルの上に見本のように綺麗に整った字で「制服に着替えるので一度家に帰ります」とメモが残されていた。
それから数時間後、僕は学校で真矢さんと再会した。だけれど、僕と真矢さんは「昨日はありがとう」「また、遊びに来てよ」これだけの会話をしたきり学校のマドンナと言っても過言ではない真矢さんと会話する機会は得られないまま月曜日を失った一週間は終わりを告げて、再び月曜日がやって来た。
「おはよう、ワンコ」
「おはよう、Monday」
目が覚めた途端、僕は自分の意思とは関係なく【あの世界】に来ていて、鎧姿のMondayの隣で鎧を着てグランドアックスを腰に装備していた。ただ、初めてこの世界にやって来た時とは違い元の世界との違和感を覚えることは無かった。
「装備は先週のうちに整えてあるから、今日は町の地下へ降りてそこから世界樹の根元まで進む」
Mondayは十二時間しかない一日の目標を定めると町の外れまでそそくさと歩いて行き、そこにあった黒いモニュメントをペタペタと触れ始めた。
「Monday、このモニュメントがどうかした?」
「この下に地下に続く階段があるのだけれど、このモニュメントを動かすスイッチが何処かにあるはず」
かれこれ一分、僕たちの世界の時間で二分はスイッチを探していたけれど一向に見つかる気配は無く、Mondayは後ろで見守ることしか出来なかった僕に協力を求めてくれた。
「あっ」
僕がモニュメントに触れると何かを押したような感覚の後に『カチッ』という音が鳴り、モニュメントがゴゴゴと大きな音を立てて動いた。モニュメントの動きが停まり僕たちがモニュメントのあった場所を見るとそこにはMondayの言っていた通り地下へと続く階段が現れた。
「ありがとう。助かった」
Mondayはそう告げると先に一人でその階段を下って行ってしまった。
「置いて行かないでよ。ちょっと、Monday」
Mondayに続いて階段を下って行くと、そこは地下とは思えないほど安らかな緑色の光を放つ幾何学模様が地面に広がる幻想的な地底世界が広がっていた。
「綺麗、だけれどこれはエクスクラメーションの根が広がっているだけ」
Mondayは冷静にそう分析するとスマートフォンを操作して銅で出来た様な剣を右手の中に生み出すとその剣を逆手に持ってとても軽々と地面に突き刺した。
突き刺された地面には緑色に光る大きな幾何学模様があったはずなのだけれど、そのうちの半分ほどから緑色の光が失われてしまっていた。
「ワンコ、ここからは先週とは比べ物にならない魔物が出てくるはずだから絶対にわたしから離れないで」
Mondayは冷静な声色でそう忠告すると再びスマートフォンを操作して四種類、計七個の武器を装備した。このような冒険物のゲームをやったことは無いけれど僕はMondayのこの姿は普通、許されるものではないと感じ取れた。
世界樹と呼ばれた最強の魔物の根が地に生い茂っているからなのか現れた魔物は先週僕が襲われた動物のような姿ではなく、僕らの世界でよく見るような植物の面影がある荒々しい姿の魔物が現れ出て来た。
しかし、Mondayは魔物たちに怯むことは無く全身に装備しきれないほど装備した武器を使って踊っているかのように華麗な立ち回りで現れる魔物を次々と消し去ってしまった。
「エクスクラメーションはこの扉の先にいる」
いつも通り冷静かつさわやかな声でそう言うMondayだったが、その声には少し焦りも感じられていた。それもそのはずで、僕たちが今週出来る冒険はこちらの世界の時間で十分を切っていた。
「Monday、どうする? 進む? 進まない?」
勇者ではなくMondayの引き寄せたGuestである僕に決定権は無いためMondayの判断を待つ以外に僕が選ぶことの出来る選択肢は無かった。
「この先にエクスクラメーションがいるとはいえ、何があるのか分からない。だから、今日はここまでにしよう」
Mondayの決断で今週は扉の前で留まり、来週扉を開くところからスタートすることにした。だからと言って僕たちが自由に元の世界に戻れるという事ではなく、僕たちは扉の前で残りの時間を過ごすことになった。
九分、八分、七分と時間は過ぎて行き、残り十秒となったその時、誰が触った訳でもないというのに僕たちの目の前で閉ざされていた扉が開かれた。
「えっ?」
扉からは地下に入って最初に見た幾何学模様と同じ安らかな緑色の光を発するツタが伸びてきて僕の身体を拘束した。誰も想像していなかった突然の出来事にMondayも対応することは出来ず僕はMondayよりも一足早く扉の奥へ連れ去られてしまった。
しかし、幸運な事にMondayの姿が視界に入っている間に月曜日は終わり、僕は元の世界に戻ることが出来た。
「ごめんなさい。わたし、姫路さんを守るって言ったのに」
真矢さんはこちらの世界に戻ってくると、今まで一度だって聞いた事の無い涙ぐんだ声でそう言うと僕を避けるように僕の前から走り去ってしまった。
学校でも僕は真矢さんに故意的に避けられ、先週同様ほとんど会話をすることなく月曜日を迎えてあの続きからゲームが再開した。
「Monday!」
こうなることは先週からわかっていたけれど、僕はこちらの世界に戻ってきたと感じた瞬間に勇者の名前を叫んでいた。言い切る前に勇者からも「ワンコ!」と名前を呼ばれたけれど僕が返事をする前にMondayは僕の視界から姿が消えてしまった。ただ、僕は消える直前に借りていたグランドアックスだけでもMondayに返そうと携帯を開き装備のコマンドを手早く選択してグランドアックスを仕舞った。
そこからの記憶は全くと言って良いほどないのだけれど、その代わりに何故なのかわからないけれど僕が連れ去られてからのMonday記憶が僕の脳内に追加されていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
Mondayの記憶は地底世界に途切れることなくこだまするほど大きな絶叫から始まっていた。それはとてもMondayが発しているものとは思えない邪悪さと漆黒さが入り混じり、聴いているだけで全身の毛が逆立つような怖さを感じ取れた。
Mandayの魔物を思わせるような叫び声が止んだのは僕がMondayの視界から消えて2時間が経過してからだった。
声にもならないような声で叫び続けたMondayの声は枯れ果ててしまった。そうして、自分のすべきことを思いだしたらしいMondayは右に左に大きく揺らめきながら少しずつそれでも確実に僕の後を追って歩き始めてくれた。
道中魔物が現れるとMondayは獣のような息遣いをしながら寸分の狂いも無く的確に魔物の急所だけを狙い目の前に立ちはだかる魔物たちを一撃で消し去った。しかし、それはとても勇者と呼ばれる戦士の戦い方とは程遠く今のMondayに最も近い例を挙げるのであれば、飢えに耐えた肉食動物が本気を出した狩りのようだった。
Mondayの怒りが収まる事は無く、そんな時にエクスクラメーションの右腕、左腕と称する茨を全身に纏った二体の人型をした魔物が現れた。
その魔物たちは「エクスクラメーション様に立ちはだかる者は我らが滅す」「今日まで無事でいられたことを幸運に思いながら絶望しろ」と言っていたが、怒りに飲み込まれてしまっているMondayにその言葉は届かず、二体の魔物はMondayに攻撃する暇を与えられぬまま無残にも消え去ってしまった。
エクスクラメーションの右腕、左腕を自称する魔物を易々と倒してしまった事で相手にならないと思ったのか、はたまたそのような仕様になっているのか、Mondayの前に魔物が現れることは無くなり、Mondayはエクスクラメーションの潜む部屋の扉を蹴破って中へ入った。
部屋に入ったMondayの瞳には捕らえられたはずの僕の姿が映った。だがしかし、感動の再会とはならず、Mondayの瞳に映った僕はMondayから借りている鎧の上から大樹と化していた全ての元凶エクスクラメーションを纏った。
それは、怒りで我を完全に忘れてしまっているMondayを正気に戻すには十分過ぎるインパクトがあるイベントだった。
「今まで幾度となく世界を救って来たけれど、ここまで腹立たしいラスボスは初めて。ワンコ、わたしはあなたとの約束を守ることは出来なかったけれど、もう一度約束させて。わたしはあなたを取り戻す」
その時の僕には一文字だってその約束の言葉は届かなかったけれど、Mondayの記憶越しにその約束の言葉は僕に届いた。
「ここまで、やって来た、勇者は、貴様が、初めてだ、さぁ、思う存分、暴れさせて、貰おうか」
僕の声、僕の身体を使ってエクスクラメーションは僕らしくない言葉をMondayに吐いた。それを聞いたMondayはとても腹に立ったのだろう、装備のコマンドを開くと、Mondayが所持している全ての武器を具現化して持てる物は装備し、持てない物は幾何学模様が広がる幻想的な床に突き刺した。
「さぁ、どこからでも来なさい」
Mondayは堂々とそう言ったが、最初に攻撃を仕掛けたのはMondayの方だった。正確には最初ではなく事前なのだけれど。
エクスクラメーションに100のダメージが同時に五回当たったのは勝負が始まって一秒が経過した時だった。完全に不意打ちなのだけれどMondayは武器を具現化した瞬間に五本の短剣を放り投げ、勝負開始の瞬間にエクスクラメーションに直撃するように咄嗟に計算をしていた。その計算は予想よりも一秒ほどずれてしまったけれど結果としてエクスクラメーションから先手を取ることは出来た。
「勇者の、癖に、姑息な」
「姑息? そんな事を言っていいのは戦闘前にダメージを回復してくれる魔物だけだから」
そんな勇者に対して優しさがある魔物が勇者と敵対しているというのはなかなか想像し難いけれど幾度となく勇者をやってきたというMondayが言うのなら一度くらいはそのような優しさを持った紳士的な魔物がいたのかもしれない。
Mondayとエクスクラメーションはそのような会話をしながらも戦いの手を休めることは無かった。多種多様な武器でエクスクラメーションを追い詰めるMondayに対してエクスクラメーションはただ装備していただけで一度も使用していないけれど僕の身体に合うからか自身の身体から作り出した巨大なオノで対抗していた。
Mondayが数種類の武器を両手で持ち変えながら攻撃し、エクスクラメーションが蓄積されたダメージを返すように巨大なオノを振るう。同じような事が何度も行われていたが、薄ぼんやりとしている記憶の中でもそのハイレベルなバトルは一瞬たりとも色褪せることなく繰り広げられていた。
「量だけでは、倒すことは、出来ないぞ」
Mondayの持つ武器は特殊な力を持つ物も多く攻撃の度に炎や雷を放つ剣や、一度の攻撃で三度分のダメージを与える弓などを使って相手を惑わし、驚愕させるような攻撃を繰り出していたが、エクスクラメーションは余裕を崩すことは無かった。
「今まで見て来たラスボスは余裕そうなときほど余裕が無かった」
その理論が果たしてエクスクラメーションにも当てはまるのか僕にはわからないけれど、Mondayは今までに無く強そうな雰囲気を醸し出している鎧に一瞬で着替え、大技を決める準備をしているようだった。
「グランドアックス」
その言葉に反応してMondayの手には僕が返しておいたグランドアックスが具現化し、グランドアックスはMondayの力が密集して光り輝いていた。
「あと、二発で仕留める。グランスライサー」
Mondayの放った大技はエクスクラメーションが咄嗟の判断で巨大なオノを盾にしたことによって少し緩和されてしまったが、宣言通り残り一撃でエクスクラメーションを倒すことが出来るくらいには体力を削ることに成功していた。
ただ、大技を放ったMondayは突然全身を襲う痺れから地面に倒れた。
「ほう、電波の腕輪、か」
それは、僕が自分の意思で装備した腕輪だった。こんな時に発動するなんて思ってもいなかった。
痺れによって立ち上がることが出来ないMondayにエクスクラメーションは追い打ちをかけるようにこう告げた。
「貴様の力、褒めてやろう。だが、わたしを、倒すことは、出来ない。何故なら、わたしを、倒せば、わたしを、通じて、この少女に、送られた、養分が、暴走し、この少女は、死に至る、貴様に、残された、運命は、ただ一つ、あと一歩のところで、わたしに、倒される、ただそれだけ」
その言葉を聞いてMondayの目は殺意に満ちた右目と大切なものを守ろうとしている左目のオッドアイに変わった。そして、痺れに耐えながら床を強く殴った。この世界では人間離れした力を持つMondayだが、地面を揺らしてエクスクラメーションにダメージを与えることは出来なかった。
「さらばだ、勇者」
巨大なオノはMandayに向けて振り下ろされた。
刹那、悲鳴が地底世界にこだました。
Mondayではなくエクスクラメーションの悲鳴が、僕の声で。
「何故、だ」
「【ストロングスカイ】その効果は、邪悪な魂を封印する。システム上、封印は撃破にはならない」
「つまり、わたしを、この世界から、消し去った上で、少女を、救うと、言うのか」
回りくどい言い方を訂正されたわけではないけれど、Mondayは僕に言ったようにエクスクラメーションにもこう返した。
「だから、そう言った」
森で僕を助けてくれた時にMondayが使っていたストロングスカイと呼ばれる剣にエクスクラメーションの邪悪な魂はその身体ごと封じ込められた。最後に残されたのはエクスクラメーションの一部と化していた僕の身体だった。
「大丈夫? 痛いよね」
少女は僕にそう言う。それに対して僕は、
「大丈夫」
自分でもびっくりするくらい細く女々しい声でそう返した。
***
全てを思い出した時には【月曜日】は終わりを迎えようとしていた。
「Monday、元の世界に戻ったら、僕の家に泊まって行って」
「わかった。約束」
僕とMondayは僕の身体にMondayの愛剣ストロングスカイを突き刺したまま約束を交わした。
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