姫路涼の真実

 僭越ながら、僕は恋をした。


 相手の名前は真矢咲、同じ中学校に通い卒業し、同じ高校へと進学することが出来たけれど、未だにまともな会話をしたことは無い。そんな彼女に恋をしたきっかけは一目惚れだった。


「はぁ」


 僕が真矢さんと出会って、つまりは一目惚れをしてもう五年の月日が経つのだが、僕と真矢さんの関係は同級生以上友人未満で真矢さんとの最新の会話は一週間ほど前にした「おはよう」言うまでも無くただの挨拶だ。


 しかし、高校二年生となる今年の春に僕の手助けをしてくれる人女性と出会った。


 その女性とはとあるサイトを通じて知り合いサイト内での名前は『マロン』僕と同じく同級生に片思いをしているという女子高生らしい。


 サイトに登録したのは親友の勧めだったためサイトの住人に関しては半信半疑で接していたのだが、この時はこの出会いが僕の人生を変えるなんて想像していなかった。




 五月中旬のある日、僕は教室後方の窓際の席で心地の良い日差しによる眠気と言う名の誘惑と戦いながら片思いの相手である真矢さんを見ていた。前から二列目の席に座る真矢さんは十分に一回のペースで後ろの席をこっそりと見ていた。一目惚れしたばかりの頃なら僕を見ているのかもしれないという妄想を捗らせていた所だが、好きになって長い年月が経って来るとそのような妄想をすること自体が申し訳ないような気がしてしまい、今はクラスに好きな人がいてその人を見ているのだと解釈している。もちろんその人物が僕でないことは重々承知しているし、好きな人に好きな人がいると想像するのはとても辛い。


 僕の知る限りでは本日四回目となる振り向きで僕と真矢さんの目が合った。真矢さんの方も僕と目が合った事に気が付いたようですぐに首を黒板の方に戻した。まぁ、本当は僕と目が合ったのではなくて好きな人と目が合ったのだろうけれど。


 真矢さんと目が合った事に優越感を抱きながら腕時計を見ると授業終了まであと八分近くあった。そう確認したところまでは覚えているが、そこから授業が終わるまでの記憶は一切残っていなかった。どうやら眠気との対決は僕の負けだったらしい。


 パシャッ


 僕は電子的なシャッター音と激しく瞬くフラッシュを受けて目を覚ました。昼休みが終わっている上教室を移動する授業がある訳でもないのに教室から生徒の大半がいなくなっていたことで今が放課後であることを察した。


「良い寝顔だったぞ」


 僕の顔にカメラを向けてそう告げたのは親友の川野流だった。


「早く消してくれ」


 そんな事を言わなくても僕の寝顔写真なんてどこにも需要が無いはずだからすぐに消すだろうし声を大にして怒るほど心配していないけれど。


「真矢はとっくに帰ったぞ。追わなくても良いのか?」


「おいおい、僕が常日頃から真矢さんを追い回しているような言い方はやめてくれないか?」


 真矢さんの事を追ったことがないと言ったらウソになってしまうけれど、それは中学一年の空きに一度だけやったきりでそれ以降は一度だってやっていない。


「そんな冗談はさておき、今日はカラオケでも行かないか?」


「今日は? 今日の間違いじゃないのか?」


 一昨日も三時間部屋を借りてカラオケをしたばかりだけれど、家に帰っても退屈なだけだから愚痴を聞いてもらうという条件付きで付き合うとしよう。


「イヌで良いだろ?」


 イヌと言うのは学校近くにあるカラオケチェーン店の名前で正式名称は『イヌゴヤ』という。一昨日は『スミレ』という別のカラオケチェーン店に行ったのだが、僕個人としては『イヌゴヤ』の方が好みだったりする。


 午後八時まででドリンクバー付きのフリータイム料金で受付を済ませ、指定された部屋に入ると流は僕に飲み物を取りに行ってくるように告げて最初からノリの良い曲を予約した。


「お待たせ、メロンソーダで良かったよな?」


「おう」


 曲は丁度間奏に入っていたようで流は僕からメロンソーダの入ったコップを受け取るとそれを一気に飲み干した。


 歌い終えた流は僕が歌い終わっても次の曲を予約することなく僕が一曲歌い終えるのを待っていた。


「流、次入れないの?」


 僕が歌い終え、流が次の曲を入れなかったことで部屋の壁にかけられたテレビ画面では最近人気のアイドルグループがカラオケに追加されたグループのメンバーが主演したという映画とタイアップした新曲の宣伝映像が流れていた。


「あぁ、たまには誰もいないところでゆっくりと話でもしようと思ってな」


「流が僕と? 珍しい」


「別に良いだろ」


 流は恥ずかしそうにそう告げると僕が歌っていた間に入れてきていた二杯目のメロンソーダを飲みながら最新機種のスマートフォンを操作して僕にあるインターネットサイトの一ページを見せた。


「地方掲示板って知っているか?」


「掲示板なら知っているけど」


「簡単に言うならその範囲が都道府県とか市町村程度に狭められたようなものだ」


 僕はあまりそのような事に関心は無いのだけれど、流曰く最近はそのようなインターネットサイトも増えているのだと言う。流が僕に嘘を吐いている可能性もあるので真実なのか否かは分からないけれど。


「それで、この地方掲示板がどうかした?」


「先走り過ぎだ。これはまだ本題でもないぞ」


 流はスマートフォンを自分で見えるように反転させると十秒ほどでページを切り替えてもう一度僕の方へスマートフォンを反転させた。


「恋愛相談?」


 先にも述べた通りこのような事に関心の無い僕にはよく分からないが、そのサイトのタイトルには僕たちの住む地域の名前が書かれていて一マスの空白の後『相談相手募集(1)』と書かれていた。


「ここは涼と同じように片思い中の少年少女のたまり場だ。少年少女と言ってもそう呼ぶには少しキツ過ぎる奴も僅かにいるけどな」


「『これに入って誰かに恋愛相談しろ』っていうのが本題か?」


「おしい、俺から涼にお願いしたいのは恋愛相談を『する』じゃなくて『聞く』側だ。『する』のがダメだと言っている訳じゃないから『する』もしないも自由だけど取りあえず一度だけでいいから『聞く』だけはしてあげてくれないか? 頼む」


 流は珍しく僕に頭を下げて来た。流に頭を下げられたのは中学の時、美術室に置かれていた石像を壊して職員室に謝罪しに行くのに付き添って欲しいと言われて以来だった。


「涼の寝ていた間のノートを貸すから」


 寝ていた間のノートを貸してくれるというのは学生としてこの上なくありがたい提案ではあるのだけれど、最近は出会い系のサイトが原因の事件が多いと聞くので実際に会うことは無いだろうけれど見知らぬ人と掲示板を通して話すというのは今では当たり前なのかもしれないけれど少し不安であったりする。


「本当に、どうしてもダメか?」


「良いとか駄目という問題じゃなくて何と言うか、少し不安な気がする」


 長い付き合いであるだけあって流は僕の気持ちを察しているようで僕の不安要素を払拭するためにこう告げた。


「その辺は安心してくれ。黙っているつもりだったが、今このサイトに参加しているのは俺と昔から家族間の付き合いのある奴だけだ。人が増えて困るだとかなんとかあいつが言って来たら俺の仲介でメールアドレスを交換しても良い」


「知り合いなら流が相談相手になれば良いと思うけど」


 僕はうっかり本音を零してしまった。その本音を聞いても尚、流は引き下がろうとはせずに切り札と言うには大げさすぎるけれど、流にとって最後のカードを出してきた。


「分かった。今日のカラオケ代は俺が払う。だから騙されたと思って頼まれてくれ」


 騙されたと思うまでも無く騙されたような気がしてならないけれど、ここまで必死に頼んできているのだから騙されてあげた方が良いのかもしれない。


「親友として一度だけ騙されてあげるだけだからな」


 僕がそう言うと、流はとても安堵した表情で笑った。そうして僕のスマートフォンにSNSを通じて掲示板のURLを送ってきた。


 マロンと知り合う前の話は大体こんな所で良いだろう。




『To:マロン


最近、学校祭の関係で遅くまで学校に残っているのだけど、授業中は寝不足で大変だよ。今もまさに伊達メガネ着用で準備の真っ最中』


 流に勧められた掲示板で『姫路涼』の『姫路』から『姫路城』を連想しそこから姫路を抜いた『城』から最終的にその時のノリだけで決めた『キャッスル』と言う名でマロンと知り合ってから二ヶ月以上が経ち、特に大きな相談事が無い時はこのようにして愚痴を言ったり聞いたりする仲になっていた。本当なら一度きりの相談で辞めるはずだったのだけれど、マロンと掲示板を通して話していると真矢さんと話している時のような心地良さを感じられて今も尚辞めることなく基本的に愚痴を言い合い時折互いの恋愛相談をしている。真矢さんと挨拶以外で会話という会話をしたことは一度も無いけれど。


『To:キャッスル


学校祭の準備か、わたしも今まさに準備中だよ。きっと今日も帰りが遅くなるかも。ところで、友達に片思いの相手と仲良くするには今しかないって言われたけど、どう接したらいいと思う? 急な恋愛相談でゴメンね』


 僕のスマートフォンが振動してマロンからの返信が届いた事を僕に知らせた。僕の休憩時間ではないけれど授業中以外は極力マロンに返信を返すことを心掛けているので作業する手をいったん止めて掲示板を開いてマロンの投稿を閲覧して未だに彼女の力にはなれていないようだけれどいつも通りそれなりの回答をした。


『To:マロン


学校祭の準備お疲れ様。相談の答えだけど、お疲れ様とか声を掛けてみるだけでも割と会話は続くと思う。僕も余裕と勇気さえあれば頑張ってみる。だからマロンも頑張って』


 ちゃんとした答えになっているか不安だったけれど僕はその文面で返信して、止めていた手を動かした。


 学校祭前日までの僕の主な仕事は学校祭の看板作りと学校祭当日に体育館で行われる出し物のスケジュール調整や学校祭実行委員の企画作りだった。僕は学校祭実行委員ではないのだけれど、学校祭実行委員の委員長を務めクラスの出し物も指揮している流に頼まれて仕方なく一人パソコン室にこもりちまちまと企画づくりをやっている。そうすると看板制作が夜までかかってしまいマロンに言った通り寝不足になる。この作業の所為で僕はクラスの準備に顔を一度も出せていないのだが、流からは「涼一人いなくても作業は順調に進んでいる」らしい。


「ふわぁぁ」


 真矢さんにはとても恥ずかしくて聞かせることが出来ないような大きな欠伸をした途端にパソコン室の扉が開かれた。どのクラスもクラスの出し物に向け準備中であるこの時間に準備をするにあたって来る必要性が無いパソコン室に来るという事は学校祭実行委員の関係生徒または教員だと思っていたのだが、僕の推理は見事に外れてしまった。僕に探偵は向いていないようだ。


「あの、お疲れ様です。姫路くん入っても大丈夫ですか?」


 声の主は驚くことに真矢さんだった。しかも、学校内であるのにもかかわらずメイド服を着用していた。それに関してはうちのクラスの出し物がメイド喫茶だからなのだと思うけれど。


「あ、はい。あの、どうして?」


「川野くんが忙しいらしいので代わりに様子を見に来ました」


 真矢さんの口から流の名字が出たところで僕は流の考えを大体理解した。忙しいわけではないけれど僕と真矢さんを引き合わせようという魂胆なのだろう。僕にとっては嬉しい事この上ないけれど、勝手に使い走りにされている真矢さんからしたらたまったものではないだろう。


「あの、こ、これ。どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 五年も同じクラスで過ごしてきているというのにもかかわらず僕は妙に他人行儀な会話をしながら僕は恐らく流れが用意したのであろう差し入れのお茶を真矢さんから受け取った。そして、十秒ほどの沈黙がパソコン室の空気を重くして体感時間を数百、数千倍に引き伸ばした。


「あの」


 まだ十余年という短い人生の中で最も長く感じられた十秒を見事なまでに打ち破ったのは真矢さんだった。


「作業は順調ですか?」


「まぁ、順調かな?」


 会話は途絶え、また沈黙。パソコン室ではあったがこの場の雰囲気は初めてメイド喫茶に訪れた男子学生とメイド喫茶で初めてアルバイトをする女子高生が同級生であるその男子学生を応対しなくてはいけなくなったような重々しく気恥ずかしい雰囲気になっていた。例がメイド喫茶になってしまったのは間違いなく真矢さんの衣装が原因だろう。しかし、似合っている。


「あの、わたし、そろそろ戻らないと。大変だと思うけど頑張って」


 真矢さんは焦っているかのように早口でそう告げるとそそくさと扉の方へと歩いて行ってしまった。


「真矢さん」


 一瞬でもそんな勇気が出たのかと疑ってしまうのだが、僕は確かにパソコン室を出て行こうとする真矢さんを引き留めた。ただし、物理的接触は距離的にも勇気の限度的にも出来なかった。


「メイド服、似合っているよ」


 僕がそう言うと、真矢さんはフリーズでもしたかのように僕に呼び止められた時の姿勢で三秒間固まっていた。


「あ、ありがとう。姫路くんも伊達メガネ似合っているよ」


 真矢さんはお返しと考えて良いのかそのような事を言うと、逃げるように僕の前から立ち去ってしまった。


「何で、伊達メガネだってわかったのだろう?」


 ただのプラスチックとは言えフレームにはレンズが付いているから伊達メガネとは判り難いのだけれど何故分かったのだろう? しかし、そんな疑問はほんのひと時だけでも真矢さんと二人きりの時間を過ごせた喜びの底に埋もれて掘り返されることは無かった。


 天に昇るようなふわふわとした高鳴る気持ちを維持しながら僕は休憩を必要としないで午後四時までの企画資料の作成、午後十時までの学校祭の看板作成を三日分進ませていた。その結果、僕はマロンからの


『To:キャッスル


キャッスルの助言通りに勇気を出して頑張ってみた。ありがとう』


 という返信に気が付くことなく朝を迎えてしまった。


『To:マロン


昨日は返信できなくてごめん。言い訳になってしまうけれど昨日は好きな人と初めてちゃんとした会話が出来たことに興奮して気付かなかった。僕の助言で上手く行ったなら良かった』




 僕とマロンが片思いの相手に一歩近づくことが出来たのはそれきりで、それから学校祭まで僕たちはさらなる一歩を踏み出すことは出来ずにいた。


「はぁ」


「どうした? 準備期間に張り切り過ぎたか?」


「そうじゃなくて」


 学校祭は特に大きなアクシデントが起きる事も無く、長かった準備期間がもったいなく感じてしまうほどに、


「あっさりと終わってしまったなって」


「お前にはまだもう一つだけやるべきことがあるだろ?」


「やるべきこと? 片付けは大体済んだはずだけれど」


 そんな僕を見て流はうっすらと笑みを浮かべて制服のポケットからスマートフォンを取り出して僕の知らないメールアドレスに送ったメールを見せて来た。


『キャッスルに会ってもらいたい。教室の前で待っていてくれ』


「これって?」


 流がマロンの知り合いであることは知っている。そして、僕がキャッスルと名乗っていることも流は知っている。何と言っても名付け親が流だから。そこまでは理解できたけれど、この文面からはマロンが流と同じ学校に通っているように、つまりは僕とマロンが同じ学校に通っているかのように読み取ることが出来た。


「言わなかったか? というかこの二ヶ月間一度もそのような話にならなかったのか? マロンって奴はこの学校に通っていて、俺たちと同じクラスだぞ」


「一度もそんな話を聞いてないけれど。それに、僕のクラスの人?」


「とにかく、だ。マロンは教室の前で待っているから行ってやれ。マロンから会っても良いって返信来ているから」


 流に物理的な意味で背中を押されていつも通りの姿に戻った体育館から押し出された。仕方なく僕は片付けが済んで大半の生徒が完全に撤収した校内を小走りで駆けて教室に向かった。


「ふへっ?」


 声が上ずっておかしな声が出た。そうなってしまっても仕方がない。遠くから出よく見えないけれど教室の前には真矢さんと思われる人影が確認できた。でも、真矢さんがマロンではないのだろう。しかし、真矢さん以外に人影は見当たらない。


 申し訳ないとは思いながらも僕は真矢さんがマロンであった場合の妄想をして、少し落ち込んだ。今まで恋愛相談を受けていた相手が真矢さんという事は、真矢さんは誰かに片思いをしていることになる。それはつまり僕に対して気が無いのを証明することになる。


 真矢さんが僕の気配に気付く前に僕は一度物陰に隠れた。すると、僕のスマートフォンが振動した。振動の仕方からマロンではなく流からのメールであることはすぐにわかった。


『それが真実だ』


 たった一言ではあったがそれは真矢さんがマロンであると言っているのとほとんど変わらなかった。


「真矢さん」


 勇気を振り絞って声を掛けると真矢さんは驚いたのかビクンと身体を震わせた。そして、僕の顔を見て言葉を失ったかのようにフリーズしてしまった。


「すー、はー」


 フリーズの解けた真矢さんは気持ちを切り替えるようにゆっくりと深呼吸をした。そして、いつもより早い口調で言った。


「川野くん、一年生の劇見た?」


 真矢さんは最初から僕がキャッスルであるのかを問う事はしなかった。


「一年生の劇? 社会科の先生が担任のクラスの劇の事?」


「そう、確か一年B組だったかな? そのクラスの桃太郎」


 そのクラスの劇だったら見ていて衝撃を受けたので細かいところまでよく覚えている。その劇は『昔々あるところにおじいさんとおばあさんが……』と原作通りに始まり、桃太郎が成長して鬼ヶ島に向かう所から物語は僕たちの知っていた『桃太郎』という童話から大きく激変した。


「あのお供にはビックリしたよね?」


 真矢さんの言う通りこの劇に登場したお供には僕も驚いた。桃太郎のお供は日本人なら誰しも知っていると思うけれど、イヌ、サル、トリである。この劇でもそれは変わってはいなかったけれど、イヌはイヌでもブルドッグ、サルはサルでもゴリラ、トリはトリでもキジではなくペンギンであった。


「それに加えて鬼との対決の場所が裁判所なんて誰も予想していなかったと思う」


 そのような発想は社会科の教師を担任に持つから出来た脚本だと思う。それでも鬼を暴行した容疑で桃太郎一行が裁判にかけられて負けてしまうというのは面白かったもののあまりスッキリしない幕引きだったと思う。


「面白かったね」


「うん、面白かった」


 劇に関する感想はそれ以上もそれ以下も無く、僕たちの会話は途絶えた。僕は基本的に俯きながら真矢さんの顔を見た。僕と同じ行動を真矢さんもしていたようでばっちり僕と目が合った。そしてそれは三度続いた。


「ふふっ」


 どちらが先だったのか分からないけれどほとんど同時に僕たちは笑みをこぼした。


「前にもこうやって目が合ったことあるよね?」


「うん」


 僕が覚えている限りだと前にもというよりはほぼ日常のように目が合っていると思う。我ながら授業も聞かずに真矢さんを見つめ過ぎではないだろうか?


「姫路くんがキャッスルだって事は最初から流に聞いていたの。姫路くんも私みたいに片思いの相手がいるからきっと相談に乗ってくれるって。でも、顔を合わせて話すのは苦手だと思うから自分の作ったサイト内で話すといいって」


 数ヶ月経ってもあの掲示板の住人は僕とマロンもとい真矢さんだけだったから都合が良すぎるとは思っていたけれど、そんなカラクリがあったのか。


「あ、だからあの時」


 準備期間のあの日、僕が伊達メガネをしていると知っていたのか。そう言えば、あの時に僕は真矢さんから相談されて『お疲れ様とか声を掛けてみるだけでも割と会話は続くと思う』と答えた。僕が伊達メガネをしていると真矢さんに見抜かれたのはそのすぐ後の事だった。


 いや、いくら何でもそんなことは無いはずだ。確かに入って来る時に僕のアドバイス通りに『お疲れ様です』とは言っていたけれど。


「?」


 僕が何を思い出してあたふたとしているのか想像もつかない真矢さんは疑問符を浮かべていた。妄想と現実の間で軽くパニックになっていると流からメールを受信した。会話の最中にメールを確認するのは失礼だけれど、この状況から一瞬でも抜け出したいと思った僕は真矢さんに「ちょっと、ごめんなさい」と謝罪をしてメールを確認した。


『それが真実だ』


 何に関してこのメールを送ってきたのか分からないけれど、この時の僕にとって『それ』は妄想で抱いている『それ』を指しているようにしか思うことが出来なかった。


 『それ』が『それ』を指しているのではないかと思ってしまった以上、僕は傷付くのを恐れながらも『それ』が真実なのか真矢さん本人に聞きたくなった。


「真矢さんは片思いしているよね?」


 言葉は返ってこなかったけれど真矢さんは肯定した。それは僕もマロンに出会った時から知っていた。


「真矢さんの好きな人はこの学校にいる?」


 再び肯定。僕はそれから範囲を狭める為に複数回質問をした。「上級生?」この問いには否定。「下級生?」これにも否定。「同級生?」肯定。「同じクラス?」ここまで来て僕の想像通りでは無かったら僕は傷付くだけでは済まないけれど、真矢さんは僕の想像通りに肯定してくれた。


 最後の質問、これで真矢さんの片思いの相手を一人に絞るつもりだったのだけれど、真矢さんはそれを阻止するように僕にこう質問した。


「姫路くんも片思いしているよね?」


 僕と同じ質問に僕は真矢さんと同じように肯定した。そして僕も真矢さんの最後の質問だけを残した。


「僕と」「私と」


「付き合ってくれますか?」


 こんな質問は恥ずかしくて二度と出来ないだろう。言った直後に僕はもう少し他の言い方があったのではないかと後悔した。真矢さんも同じようだった。


 そんな後にも先にもこれ以上ないほど恥ずかしい質問の答えは僕も真矢さんも肯定。つまり、僕の申し訳なく思っていた妄想は現実のものとなった。




 これ以上、語ることがあるだろうか? 僕にはオチすらも必要が無いように思える。あえて付け足すならば、質問合戦の前置きとなったあの劇から引用させてもらおう。


 素直に本心を告げたことで彼らは再び幸せな日々を送ることが出来ました。めでたし、めでたし。

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