姫路涼の異能


「僕は、他人とは違い異能の力を持っている」


 そんなことを言うと人々は指を指して僕の事を笑い蔑み、皮肉を込めて『色彩龍滅眼(ロストカラードラグアイ)』と呼んだ。僕は、僕は事実を言っているだけなのに。




 中学二年生である僕の中学校でのお気に入りの場所は二年生の教室が並ぶ三階廊下の一番端だ。ここからの景色はとても最高で同時にとても最悪だ。


 この場所からは廊下に出る二年生を見渡すことが出来る。異能に目覚め、人の感情を色と言う形で見ることが出来るようになった僕にとってこの場所は虹色の花畑に見える。僕は同時に人の心の声が聞こえるという異能にも目覚めている為、この場所に居ると嫌でも人の心の声が耳の中に流れてくる。


「見ろよ、またあいつあんなところで人間観察しているぜ」


 中学生にもなって小学生のように人に指差してきた二組の男子生徒はいつもの様に僕を嘲笑っていた。だけど、僕はこの時間が嫌いではない。


 罵倒を浴びて性的興奮を得る訳では断じて無く、彼が小学校低学年並みに幼稚な発言をしてくれることで周りの人々は彼に対し『またあいつ幼稚臭い事を言って姫路君を困らせているよ』と心の声を一つにしてくれる。故に彼は僕の心の安らぎになってくれているのだ。


 このように至福の時間を作ってくれる彼のような存在もいれば、そんな至福の時間をぶち壊してくれる存在もいる。


「フッ、また彩に満ちた幻惑世界を視ていたのか?」


 それがこの男、川野流だ。あまり声を大にして言いたくはないが、彼は僕の従弟で父母が亡くなり行き場を失くした僕を引き取ってくれた恩人でもある。なぜ恩人に対してこのようなことを言うのかと言うと、彼は属に言う中二病もしくは厨二病という病を患っていて時よりこのような発言を恥ずかしげもなく言って周りの心の声を「相変わらず痛い」とか「姫路君も彼の仲間なのかしら?」などと冷たく刺々しいものに変えてしまう。


「流くん、僕が今視ている彩に満ちた幻惑世界を教えてあげようか?」


「その必要は無い。俺も魔眼『色彩龍滅眼(ロストカラードラグアイ)』でこの真紅に染まる幻惑世界が視えている」


 流は明らかに校則違反の赤いカラーコンタクトが付けられた右目を光らせ援護のしようがないほど痛い言葉をスラスラと口にした。残念ながら今、僕の目に映る幻惑世界には流の言葉で冷え切った水色のオーラしか視ることが出来ない。


 あと、『色彩龍滅眼(ロストカラードラグアイ)』と口にするのは不快だ。やめてくれ。


「あっ」


 良かったな。流の言う通り真紅のオーラが視えたぞ。さっき僕を嘲笑った彼が連れてきた生活指導の田中先生の放つ激怒と言う名のオーラだけれど。


「川野流。貴様、何度言ったらわかる? カラーコンタクトは校則違反だ。即刻職員室まで来てもらおうか」


「ま、待つのだ、文字を操る憤怒の聖職者よ。この目はカラーコンタクトではなく地獄の焔より生まれし魔眼」


「そうか、だが魔眼使い! 先週はウィンディーネが生み出した魔眼じゃあなかったか?」


 中学二年生に進級してから毎週のように生活指導を受けている流の言葉に慣れたのか流の様な言葉を交えながら流の耳を引っ張り職員室へと連行して行った。




 時間は少し進み五時間目のこと、文字を操る憤怒の聖職者もとい国語担当の田中先生にこっぴどく叱られた流を含む空腹を満たした生徒たちは薄い桃色のふんわりとしたオーラに包まれていた。


「ふっ、何者かが我々に催眠術を……ふわぁ」


 こんなふんわりとしたオーラの中でも一瞬でオーラの色を変えられる流には感心してしまうが、こんな空気の中では流の言葉など風が吹いた程度にしかならないようでオーラの色は薄い桃色に戻った。


 心の声も「眠い」「眠い」「さて、手始めにこのクラスを人質に取って」「眠い」「眠い」「もう食べられないZZZ」「眠い」「眠い」と、見事なまでに統一されて……ってちょっと待て。


 聞き覚えのない日常で聞くとしてはあからさまにおかしな心の声が聞こえ、その声の方に振り向くと見知らぬ重装備の男が黒いオーラを纏って教室を見ていた。


「お前ら、両手を頭の後ろに組んで床に這いつくばれ。しないと言うならこの機関銃で脳天を打ち抜く。良い子のお前たちならどうするべきかわかるよな?」


 まぁ、こうなることは分かっていた。分かっていた所でどうすることも出来ないから指示通り両手を頭の後ろに組んで床に這いつくばることにした。


 さて、落ち着くところではないけれど落ち着く以外にすることは無いから落ち着いて心の声を聞くとしよう。


「早く這いつくばれクソガキ共! 殺されたいのか?」


 これは紛れもなくテロリストの心の声だ。


「怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い」


 これは流の心の声か? 全く、いつも田中先生の授業中に授業も聞かずにテロリストが来た時の想像をしていたのは何処の誰だ? 魔眼を使って追い払ってくれないのか?


 流石にそんなことが出来るのは僕くらいしかいないか。


「待ちなさい」


 心の声も全く同じとても純粋で綺麗な声なんて言うのはおこがましいかもしれないが、人間の命を簡単に奪うことが出来る武器を持っているテロリストにそんな綺麗な正義感をぶつけたのは僕のクラスで学級委員長を務める真矢咲さんだった。


 僕の耳に、クラスメイトの心の声が鳴り響いて来た。


「委員長、命が惜しくないのか?」


「ダメだよ。真矢さん」


「いくらなんでも委員長の相手にならないよ」


「委員長の馬鹿」


「学び人を纏めし女神よその者は鉄槌を与えるに値しない存在」


 そして、憤怒の聖職者よりも憤怒のオーラに包まれたテロリストの心の声が嫌になるくらい僕の頭の中に響き渡った。


「何だ? このクソガキは? 殺されたいなら望み通りその小さな頭を」


 そんなこと。


「させるかっ」


 人間は思考から実行までに約0.5秒かかる。あくまで僕が今まで心の声が聞こえて実行に移したまでの時間を感覚で計測しただけだから本当の所は分からない。でも、思考から行動までに時差があるのは事実で、僕はその時差を利用した。


 テロリストが「引き金を引く」と心の声を漏らす前に僕は委員長に飛びかかった。委員長に飛びかかったのはテロリストに飛びかかって銃弾を受けるリスクと比較したらこっちの方が銃弾を受けるリスクは低いからだ。


 テロリストは僕が動いた直後に「引き金を引く」と心の声を漏らし、機関銃の引き金を引いた。


案の定、心の声から行動までには時差があった。そのおかげで、僕は間一髪委員長を救うことが出来た。


「クソガキがぁ。どこに隠れやがった」


 折角、綺麗に心の声と実際に出した声が揃っているというのに嘘を吐いている人の声よりも不愉快なその声を聞きながら、僕はテロリストから僕の姿が見えていないことに安堵した。


「あの、姫路君」


「ここで少し待っていて」


 今、この場所をテロリストに気付かれては困る。だってここはテロリストの死角で、教室の外なのだから。


 テロリストは僕たちがまだ教室の中に隠れていると信じ込んでいる。生徒に銃口を向けてはいるものの心の声では「まずはあのクソガキから始末する」と漏らしていることから考えて他の生徒を撃つことは無いだろう。


「まさか、廊下か?」


 まずい。が、最初にして最後の絶好のチャンスだ。


 テロリストは心の声だけで大きな呼吸音を鳴らしていた。相手が委員長だけならそれで十分だっただろう。ただ、異能力者の僕が相手なら話は別だ。


 呼吸音は徐々に近づき、まず機関銃の銃口とテロリストの憤怒を表す紅色のオーラが扉から出て来た。


「『色彩龍滅眼(ロストカラードラグアイ)』」


 もう少し格好良い言葉を吐けたらどんなに良かったことだろう。僕の口から出て来たのはここ数時間で聞いた中でも最も残念で最も恥ずかしいまさに僕の異能の為にある流の作った造語だった。


「な、何だ? こいつ」


 その反応は正解だ。そして、流は流石だと改めて実感した。僕が流の言葉を発した途端テロリストの紅色のオーラを含めこの学校中のオーラが北海道の計測史上最低温度よりも寒く冷たい水色のオーラに変化した。


 そのおかげで軽く銃口を引っ張っただけで機関銃をテロリストの手から剥奪することが出来たのだから良かったと考えるべきだろう。




 後日談と言うべきか、オチと言うべきか。その後、テロリストは偶然にも隣のクラスで授業を行っていた田中先生によって取り押さえられた。銃声が聞こえた時に駆け付けて欲しかったが、まさか、授業中にテロリストが襲ってくるなんて男子なら誰しもが想像する状況が自分の学校でしかも、隣のクラスで起こっているとは思わないだろうから仕方のない事ではあるだろう。


 そして僕はと言うと、テロリストから委員長の命を救った事を緊急の全校集会でこれでもかと言うくらい褒められ、同時に田中先生から「命を粗末にするな」なんてありきたりなセリフを心の底から放たれた。


 ついでに言うならそれからしばらくの間、僕のニックネームは『色彩龍滅眼(ロストカラードラグアイ)』になった。非常に不愉快ではあるが、いつだったか異能の事を告白した僕を指差して笑い蔑まれた時とは違うのはその呼び名が僕を褒め称えるための呼び名であるという事だった。


 不愉快であることに変わりはないが。






 これが僕、姫路涼の最初にして最後の異能に関連する事件の話。こんな事件がしょっちゅうあっても困るけれど。

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