姫路涼の抜け駆け
何ということをしでかしてしまったのだろうか。そんな気持ちが今の僕を押し潰そうとしていた。
それでも僕が押しつぶされることなくとても軽いはずである自転車のペダルを重く感じながら必死に回しているのは僕の腰に手を回しながら僕にぴったりと密着して僕の体温を感じ、僕に体温とほんの少しの柔らかな感触を感じさせている女性がいるからだった。
「花火、始まったみたいだね」
僕の後ろに座る女性、幼馴染ではあるけれどそう仲が良い訳ではない女性、真矢咲は僕の耳元でそう囁いた。
「そうだね」
しばらく前に打ち上げ花火をどこから見るのかと言ったようなタイトルの映画が公開されていたけれど、僕も咲も打ち上げ花火を下からも、横からも、ましてや上からも見る事は無く、炎色反応による色とりどりの光から遅れてやって来る爆発音を背中に受けながらチカチカと点灯する電灯が永遠と続く闇の中へ僕は、僕と咲は進んでいた。
「私ね、昨日、流に告白されたんだ」
「そうなんだ。返事は?」
聞くまでもないことだというのに僕の口は自然とそう尋ねていた。
「少し考えさせてって」
答えてくれなくても良かったのに咲はちゃんと僕の問いに答えてくれた。
「そう答えたって事は咲には流とは別に気になっている男性がいるって事?」
さっきはすぐに答えてくれたのにもかかわらず今回の問いには電灯を一つ越えても、二つ越えても、三つ越えても、四つ、五つと越えても答えてくれなかった。
「僕は居るよ、好きな人」
何を言っているのか、何を言い出してしまったのか、僕は自分の事であるというのにさっぱり理解が出来なかった。
「誰?」
久しぶりに帰って来た咲の声は今まで聞いてきた咲の声の中で最も冷たく、ズシリと重い声だった。
「涼?」
僕は不意に自転車を止めて咲の手を振り解いて自転車を降りた。打ち上げ花火の光で不意に見えた咲の顔はとても悲しげだった。
「咲、僕が好きな人は……」
決して美人という訳ではないし、優しいかと言ったら優しすぎる事も無いし、一緒に居るのが嫌かと聞かれると嫌ではないし、会えないとなるとそれはそれで寂しいし、つまり、なんというべきか、好きではないのだが、嫌いでもなくて、結局のところは矛盾した答えになるけれど。
「僕は咲が好きだよ。だから、咲が祭り会場で流を避けるように僕の所へ来た時に僕は迷わず先を後ろに乗せて自転車を漕いだ」
祭り会場で見た気がするという感情だけで咲を探しているのであろう流には申し訳ないけれど、咲が好きだと知った上で申し訳ないけれど、咲に告白すると宣言されて頑張ってと言ってしまった手前申し訳ないけれど、僕は理由なんて無く咲が……。
「好きだ」
今日一番の打ち上げ花火が天高く打ちあがり、その打ち上げ花火は咲の瞳から零れ落ちる涙の中でキラキラと儚げに輝いていた。
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