姫路涼のつぶやき

「こっちへ、こっちへ来い」

 最近、目が覚めると僕の頭の中にはこのフレーズが強く焼き付いている。その声の主が誰で『こっち』とはどこを指すのか分からないまま僕は一日を過ごし、その言葉が頭に焼き付いていたことも忘れて眠りに就く。そんな毎日が繰り返されていた。


「こっちへ、こっちへ来い」

 呟く様な声量のその声は日に日にはっきりと聞こえて来て僕は恐ろしさを感じずにはいられなかった。


「こっちへ、こっちへ来い」

 いつものようにはっきりと聞こえるその声に恐ろしさを感じながら目を覚ました僕は草原に立っていた。


「こっちへ、こっちへ来い」

 霧でも出ているのか白くぼんやりとしているその草原には大きな川が流れていて光の加減か川は赤く染まっていた。


「こっちへ、こっちへ来い」

 僕はいつの間にか川の真ん中に立っていて向こう岸で僕に呟いて来る人影をじっと見つめていた。


「こっちへ、こっちへ来い」

 声が聞こえ始めてから半年が経った。僕はいつの間にか川を渡り終えていた。


「こっちへ……」

 僕は18度目の夏を迎えることが出来なかった。

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