“商人”を追いかけて数十分。

今、僕は森の中にいる。

今の所、全く気付かれることなく追えているが本当は気付かれてて、この森の奥へ誘い込む為に気付いていないフリをしているのでは?とも思っている。

だとしても自分を誘い出す理由は?

ただの子供を森の奥に誘い出して何か良い事があるのだろうか?

「お~し、止まれ」

その声を聞いて僕は一瞬ビクッとした。

気付かれてしまったのだろうか?

「そんじゃ、そこいらの草でも食べてろ。私は湖の辺にいるから」

そう言うと”商人”はそそくさと茂みの中へ入って行った。

どうやらさっきの言葉は馬に対して放たれたものだったようだ。

それにしても・・・湖の辺で何をするのだろう。

単なる水分補給だろうか?

好奇心が頭を擡げてきた僕は、”商人”の馬に気付かれないように茂みの中を進み、”商人”が向かった方へ歩みを進めた。

そして数分後。

まだ茂みの中にいたが、隙間から水色の地と陽の煌きが見えた。

もうすぐ湖に着く。

“商人”に気付かれないように慎重に行動しなければ・・・

心を落ち着かせる為に僕は深呼吸を行った。

その時。

グチャッ!バキッ!グチュチャッ!

奇妙な音が聞こえてきた。

音の感じから何か柔らかい物を潰しているか、食っているか・・・であろう。

一体何の音なのだろう?

僕は茂みの中から湖の様子を伺おうと丸型の隙間から覗いた。

すると・・・

「バキッバキッ!全く!最近の人間は歯応えが微妙ですねぇ!ムシャムシャッ!これならアイツ等にやってる肉の方が何倍も美味しいですよ!グチャグチュッ!」

「なっ!?」

凄惨な光景が目に飛び込んできた。

なんと”商人”が大口を開けて人間を捕食していたのだ!

“商人”の口周りは真っ赤で野獣のような食い方をしていた。

目がある場所も真っ赤に光っており、とても人間とは思えなかった。

“商人”が食っている人間を見ると傷口はとても大きく、”商人”が食っていと思われる部分は深く抉れている。

あまりにも惨たらしいその光景を見て僕は吐き気を催した。

だがどうにか押さえつけた。

もしここで嘔吐すればヤツに見つかって僕は死んでしまうであろう。

それだけが嫌だ。

まだ幼なじみを見つけていないのに、こんな森奥で凄惨な最後を迎えるなんて嫌だ!

そんな恐怖を抱いて元の道へ引き返そうとした時。

バキッ!

「ん?何の音ですかぁ?誰かそこにいるんですかぁ?」

「しまった!」

足元をよく見ていなかったせいで枝を折ってしまった!

マズイ!

“商人”の方を茂みから見るとこちらに顔を向けていた。

そしてはっきりと”商人”の顔を見た。

見てしまった。

“商人”の口元は上下に大きく開かれており、そこから大きな牙が見えた。

目は蛇のように、耳は狼のようだった。

腕はとても太く爪が尖っていた。

その姿はかつてある本で見た「合成獣」と呼ばれる生物や「悪魔」に似ていた。

あまりにもおぞましい、この世のものとは思えない存在が、目の前にいた。

「ヒィッ!」

恐ろしさのあまり、声を上げてしまった。

「おやぁ?その声は・・・「真っ赤なお肉」をあげた子ですかぁ?」

「あぁ・・・ぁあああッ!!」

完全に位置がバレた!逃げなければ!

そう思っているのに身体が全く動かない!

そうこうしている内に”商人”が目の前まで来てしまった。

「やあ僕。見ちゃったねぇ。私の姿を」

「あ、アンタ、何なんだよ!?」

「さぁ?何だろうねぇ?僕も上手く説明できないなぁ」

“商人”はそう言いながら頬を掻く。

完全に腰が抜けてしまって動けない。

万が一動けても一瞬で追いつかれ、殺されてしまうだろう。

「そんな事より、どうでした?幼なじみの子、見つかりましたか?」

僕がその場に固まっていると突然、そんな事を聞いてきた。

「そ、それを聞いてアンタに何の得があるんだよ!」

「いやぁ、実はその幼なじみの居場所についてなんですが、ついさっき思い出したんですよ」

「えっ!?」

その言葉に驚いた。

幼なじみの居場所を知っている。

それが本当であれば聞き出さねば。

だが聞き出してどうする?

恐らくこのまま殺されるのがオチであろう。

それなのに聞いて何の意味が・・・

「ええ・・・貴方の「お腹の中」に、ね」

“商人”は満面の笑みで、信じられない事を伝えてきた。

「えっ・・・」

その言葉を聞いて頭が一瞬固まった。

僕の「お腹の中」?

何を言っているのだコイツは?

僕のお腹に彼女が入るわけがないし、覚えもない。

そもそも人間を食べる趣味もない。

「な、何言ってるんだよ!僕はお前みたいに人間は食べないッ!」

「「深紅のお肉」、美味しかったですか?」

「はぁ!?えっ?美味かったけ、ど・・・」

「それは良かったです!「君の幼なじみもそれを聞いて大喜び」ですね!」

「・・・ッ!?」

それを聞いて分かってしまった。

「深紅のお肉」。

アレは・・・アレが・・・「彼女」だったのだ・・・

「あぁぁ・・・」

彼女の成れの果てを、僕は家族と共に、美味しそうに食べて・・・

「うぁ・・・」

僕は・・・僕は・・・

「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

頭が真っ白になった。

まさかこんな、こんな事に・・・

「クフフ・・・クフフハハハァッ!!良い声で叫びますねぇ!良いですよ貴方!!」

“商人”は高らかに笑う。

心底嬉しそうに、愉快そうに、楽しそうに。

「でも、残念です・・・貴方は私の真の姿を見てしまいました。なので・・・」

“商人”は僕を細い眼で見ながら・・・

「貴方も村人の為に「お肉」にしてあげましょう!」

その大きく鋭い爪を持った手を振り上げた。

「ッ!!」

逃げなければ!

絶対に生きてこの事を伝えねば!

振り上げから振り下ろしまでの動作が遅く、その一瞬をついて僕は道のある方向へ突っ走った!

「おや、逃げますかぁ?まあいいでしょう」

遠くからそんな声が聞こえたが気にせずに走る。

ヤツに捕まらないように走る。

ヤツに食われないように走る。

ヤツに全てを隠されてしまわないように走る。

走る、走る、走る、走る。

ゴッ!

「ぐあッ!」

ドサッ!

石につまづいて地面に倒れてしまった。

でも走る為に立ち上がる、が。

「どうも~」

「なッ!?」

いつの間にか目の前に”商人”がいた。

どういうことだ?

こいつの図体を考えると結構鈍間な筈なのだが・・・

「貴方の常識では分からない事がある、ただそれだけですよ」

僕の考えを見透かしたかのように答える。

コイツの姿自体がまさにそれなのだからそうなのだろう。

しかしこれはあまりにも理不尽すぎる。

「さて・・・それでは」

“商人”はその大きな腕を振り上げ・・・

「いただきます♪」

ずに口の方で僕に噛み付いた。

鋭い牙が肉に食い込む感覚と、骨が砕かれる音を聞きながら、僕・・・は・・・・

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