第180話

「おれ、好きだよ」


 この場所がじゃないということは、いくらにぶい私にもわかる。


 丹波はいう。


「初乃のこと」


 こんな私のどこに惚れる要素があったのだろうか、わからない。


 そもそも私にはなんの魅力もない。人の目にうつらないほど存在感はまるでないし、足も太い。それは私自身がよくわかっている。


 だが、丹波ははっきりと私のことを好きといってくれた。


 嬉しかった。


 単純に。


 そんなふうに私を見てくれていたことが。


 無言が続いた。


 私たちは黙って眼下に広がる景色を見つめた。


 時間が流れた。


 長いながい時間のように感じられたが、おそらく五分か十分くらいのものだろう。


「返事は……」


 丹波はいう。


「まだいらない。たぶん、たがいにまだはっきりしたことなんていえないと思うから」


 丹波は学校での私の立場を考えてくれているのだろうか。そしてもちろん自分自身の現在の立場も考慮にいれているのだろう。


 それらを解決しないと、つきあうのは無理ということを理解しているのだろう。


 それは私もおなじだった。


 言葉はないが、丹波の考えるとおりと思う。


 気持ちとしてはすぐに返事をしたかったが、私は「うん」といって黙った。


 しずかな屋上にそのせりふが長く残ってくれた気がした。

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