第179話

「まえにもいったろ。おれはガキのころからいろんなヤンキーに狙われるってさ」


 私はいつかの学校の階段での丹波との話しを思いだしていた。


 丹波はべつにケンカをしたくてしているわけではないのだ。むしろ目立たず、おとなしくしていたいのだ。人種のことで目立ってしまって、いじめられていた過去があるから。


 だが、その容姿とひとり歩きをした最強のうわさから丹波は注目を浴びてしまっていた。


 そんな丹波が唯一ひとりきりになれる場所がきっとここなのだろう。


 今なら、丹波の思っていることや考えていること、そして丹波の今までの生きかたが全部理解できる気がする。


「うん」


 私は短くそれだけいった。


 その「うん」のなかには、私のなかのいろんな感情がふくまれていたと思うが、私自身なにをもっての「うん」なのかじつのところわかっていない。


「この場所は、おれだけのとっておきなんだ。誰も知らないおれひとりの場所」


 照れくさそうに丹波はいう。


「だけど、この場所を初乃にも教えたかった。おれにとってのひとりの場所を、初乃にとってのひとりの場所にもしたかった。そうすれば、それぞれのひとりの場所は、かけがえのないふたりの場所になるから」


 恥ずかしそうに鼻をすすった。

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