第154話
「これ、もういらないから返さなきゃ」
そういってもてあましたヴィクトリノックスを丹波にわたそうとする。
だが、丹波はそれを受けとらない。代わりに拳を軽くにぎってまえに突きだす。ナイフを持った私の手にあごをしゃくる。
「初乃が持っていてくれればいい。おれがこれからも初乃のことを守るっていう証(あかし)だ」
丹波はくさいことをいう。
「もしこれからも初乃になにかピンチがあったら、おれがたすけてやる。このまえそのナイフでプラスチックバンドを切ったときのように、きつい日々から初乃をおれが解放してやる。こすればでてくるランプの精じゃないけどさ」
なんだかわからないけど、嬉しかった。
それならといって、私はひらいた手のひらを軽くにぎる。
丹波のまねをして拳をまえに突きだした。丹波の拳と私の拳が、ふたりの中間でこつんとぶかる。
ちょっぴりくさい、あらためましてのあいさつだ。
「さて」
丹波がいった。
「帰るか」
そういって歩きだす。私はそのあとに続いて階段をおりた。
げた箱で靴を履きかえ昇降口からそとにでた。
空を見あげると、雲の切れ目から太陽が顔をのぞかせていた。
たしかに私に対するいじめはなくなったが、矢野は変わらずあの調子だ。そして丹波もどうやらまだ、やばいすじの連中から逃げているさいちゅうらしい。
私にしても丹波にしても根本にあるものはなにも解決なんかしていない。だが、それでもすこしだけ目のまえの景色が晴れた気がした。
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