第145話

「そんな毎日がおれは嫌だったな」


 昔を思いだすような口調で丹波は続ける。


「だけど、小学校のおれには相談する相手もいないし、たよれるおやじだって死んじまっていなかった。どこかに逃げようとしても、ばあさんの家はアメリカだ。完璧に手詰まり。もっとも、もしアメリカに逃げたとしても事情はあまり変わらなかっただろうしね」


 あっちにいったらいったで、今度は日本人のくせにといってアメリカの子どもたちにいじめられると丹波はいう。


 たしかに今、おとなたちの世界では目に見えるような露骨な差別はほとんどの場合でタブーとされている。


 だがそんなものは、おとなたちのたてまえだ。丹波がモンゴロイドとコーカソイドの混血である以上、子どもの世界ではどこにいってもその国の人間ではないという事実だけが圧倒的にそこにある。


「死のうとさえ思ったよ。ガキながらにさ。けど、どうせ死ぬなら一発かましてやろうって思った。もし、逆らってぼこぼこにされたうえ、そのまま死んじゃってもいいやって思ったら腹がくくれた。どうせ死んじゃう予定なんだし、結果としては変わらないじゃないかってね」


 腹をくくるという気持ちはわかったが、そのあたりの発想は、さすがに私にはない。


 男だからなのか、ケンカっ早いアイリッシュ系の血の影響なのだろうか。いずれにしても丹波は決意した次の日、さっそくそれを実行に移したらしい。

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