第146話

「学校にいって教室にはいったら、いきなりリーダー格の男をぶん殴ってやった。先手必勝。やられたあとじゃ、たぶんすくんで殴るなんて臆病なおれにはできそうにない。だから、それしか方法は考えられなかった」


 そういいながら、グーににぎった拳を見つめる。


「やつらはちょうどその日もおれの机になにかいたずらを仕かけていたみたいで、いつものようにおれが登校してくるのを自分の席に座ってにやにや待っていたんだ。自分はなにもしてませんて空気をだしてさ」


 そうすれば、ひとり孤立している丹波が自分の席の異変に気づき、泣きながら掃除をする絵が見られるのだそうだ。じつにくだらないことではあるが、それはどこかの誰かさんの姿にそっくりだなと思った。


「それが当時のおれがいたクラスの日課だったから」


 丹波はそういう。


 だが、その日はそうはならなかった。


 丹波のクラスのいじめっ子は意表をつかれた。目をまんまるにひんむいて驚いたらしい。


「動きが完全にとまっていた。だからおれは殴り続けた。やつが反撃してくるのが怖かった。いじめっ子にこんなことをしてしまったら、もうあと戻りはできない。やつを倒せなかったら、もうおしまいだ。逆におれが殴り殺される。そんな恐怖感でいっぱいだった」


 暴力の是非はともかく、相手を殴っているあいだも丹波はその相手にいじめられていたんだなとなんとなく思った。

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