第108話

「なにかあったんじゃないかと思って、ケータイに電話をしたんだけど、ずっと電波が届かないところにいるっていうアナウンスだけしかなかったから心配していたんです。もし、今日もアルバイトにこなくて、連絡もつかなかったらどうしようって」


 そのせりふで私は、はっと気づいた。


 そうだ。ケータイ電話だ。昨日、屋上で矢野に壊された。


 そのあとどうしたっけ?


 拾ってないや。


 忘れてそのまま帰ったんだ。


 なんで気づかず、昨日の夜から今日一日をのんびりすごしてしまったんだろう。


 そう思ってほんのすこしびっくりしたが、私にとってはとうぜんといえばとうぜんだった。なにせ私のケータイ電話などめったなことでは鳴りはしない。


 メモリーにはいっているのは、母のケータイ番号とこのガソリンスタンドの固定電話の番号、それにかかってくる予定のない理子の番号。あとはおととい交換したばかりの丹波のケータイ番号。そのたった四件だけだ。だから私はそもそもケータイがないことにだって今の今まで意識がなかった。ふだんはたいてい鞄のなかに投げてある。


「でも」


 加齢臭の店長がいう。


「ぶじでよかった」


 においをぷんぷんさせながら私の肩に両手をおいた。

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