第79話
「てめえっ」
矢野が叫んだ。
立ち去ろうとする丹波の肩に手を伸ばす。
まわりのギャラリーも包囲の輪をわずかにせばめた。
緊張が走る。
だが、それもほんの一瞬のことだった。
そのままケンカにはならなかった。丹波が矢野の手を肩に届くまえにつかんだからだ。
「わりい」
丹波は振りむく。
「おれ、自分のことでケンカする気ねえんだわ」
意味はよくわからなかったが、矢野にむかって低い声ではっきりとそういうと、手を離し小走りになってこちらにくる。
時代錯誤のリーゼントの少年は、自分のほうにむかってくる金髪の男に対し臨戦態勢をとった。腰を一段低く落とす。
だが、丹波はまるでそんな少年眼中にない。
「いこうぜ、初乃」
そういって私の肩を軽く抱く。そのままドアをあけて屋上をあとにする。丹波に肩を抱かれている私も、必然的に屋上から立ち去るかたちになった。
ぎいと音がして重い扉がしまった。
「ありがとな、初乃。たすかった」
そういって頭を軽くかかえこまれて引きよせられる。おまけに指の先でこめかみあたりをぽんぽんとされる。
きゅっとなった。
心臓が縮みあがった。身体じゅうの穴という穴から蒸気がふきだした。
超がつくほどのイケメンにそんなことをされたのは私が生きてきた十六年の人生で初めてのことだ。
私はパニックになりすぎておろおろした。しかし丹波は割りと冷たい。
「じゃあ、ちょっと職員室いってくる」
そういって抱擁の余韻も残さず、さっさと私から離れる。
「え、あ、ええっ」
なんとも淡白。私はなんだかものたりない。しかし、そんなことをいえるはずもなく、べつのせりふを口にしていた。
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