第78話

 そのひとことでおとりこみ中の輪の張り詰めた空気がほんのすこし弛緩した。丹波の肩ごしに矢野がこちらに視線を移す。


 隙ができた。


 丹波は足のステップで半身(はんみ)になってちらと私のほうを見た。


「あっ」


 私と目があった。


 私は瞬時に、思った。


 とにかく用事をすぐにつたえなければ。


 無意識に口をひらいていた。


「丹波。先生が職員室にきなさいって……」


 その私のせりふは、しんとしずまり返った屋上にバカみたいに目立って響いた。


 その場にいる不良全員が、なにいってんだこいつっていう目で私を見ている。二十四(嘘)の冷ややかな視線がびしばし刺さる。


 痛い、いたい。身体のおもてがちくちくする。完全に、どんずべったみたいな空気になった。


 あたりがさらにしんとしずまる。


 ぐっと気温と気圧がさがったのは、この悪い天気のせいだけではないような気がして恥ずかしい。


 そんなピンチを救ってくれたのは丹波のひとことだった。


「おう。悪い」


 別件でおとりこみ中にもかかわらず、ひとりだけちゃんと反応してくれた。


 嬉しい。


 少々感動してしまう。


「今いく」


 そういって、ぱしっと矢野の手を払い、きびすを返す。矢野に対して背中をむける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る