第49話

 なるべく目をあわさないように、したをむいてげた箱に近づいた。さっさと帰れなんてことを思いつつ、一歩いっぽ歩いていく。


 金髪の転入生はとっくに靴を履きかえているようだった。


 しかし、なぜか帰ろうとしない。したにむけた視線の先には、学校指定のローファーを履いた足がひと組こちらをむいていた。


 私は視線をむけず、さっさとげた箱の自分の場所の鍵をあけた。うわ履きから学校指定の高級ローファーに履きかえる。


 右手の昇降口側には金髪の不良生徒がいまだたたずんでいるようだった。人の気配をびしばし感じる。


 私はさっさと立ち去ろうと、げた箱の蓋をしめる。スチール扉をとじて南京錠をかけてロックする。そのまま顔をそらして帰ろうとする。


 そのとき。


「なあ」


 いきなり話しかけられた。


 まわりには私のほかに誰もいない。あたりはしんとしずまり返っている。このげた箱のこのブースには、完全に私とヤンキー転入生だけだ。


 そんな状況で、その片ほうが誰かに対して話しかけている。


 ということは。


 その相手というのは残ったひとりしかいない。


 つまり、私だ。


「なあ、あんた」


 反応がないことにいらついているのだろうか。ヤンキー転入生はふたたび声をかけてくる。心なしか、一度目よりも語調が強い。


 一瞬だけ無視しようとも思ったが、ここでとがるのもどうかと思う。


 なによりこの学校に入学して以来、理子や天野くん以外の誰かとまともに会話すること自体が私にとっては初めてだった。


 ほとんど反射で、ひとまず顔だけむけてしまう。


「よかった」


 転入生がいう。


「耳がきこえないのかと思った」


 まったく笑えない、すっとぼけたせりふだ。私はじっと彼を見た。アンバーの涼しい瞳が、おだやかに私を見ていた。


 クオーターというのは本当らしい。近くで見るとよくわかる。転入生の瞳は吸いこまれてしまいそうなほどに綺麗だった。


 いや、その表現はただしくない。


 彼の存在自体になんともいえない吸引力がある。


 うつくしすぎて見る者すべてをとりこにしてしまうような、そんな空気さえ感じた。

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