眼前・大妖害蛮鬼湧出

「百鬼夜行って……俺、今日帝に鬼たちのことについて調べろって言われたばかりですよ? 何が何でも早すぎる。あの帝がこんなにぎりぎりまで気づけないなんて、そんなの信じられない。局長、あなたも何も異変に気づいていなかったでしょう? こんなのありえない!」


 三人ひた走る。局長は道中にいた退魔師たちに指示を出しながらも、その速度を落とさない。

 俺は周りに気を配る余裕もないくらいに取り乱さざるをえず、結果的にすべて局長に任せてしまっていたが、どうせ俺が何か言っても無視されていただろうから問題はない。


「だが、事実それは起ころうとしている。確かに俺ですらその鬼気を感じ取れなかったのは事実だ。だが、ここ一ヶ月、微量ながら俺の力が増加していることは認識していた。この歳になって成長など起こるとは思っていなかったから、俄かに喜んでいたが、今思えばあれがその予兆だったのだろう」

「なにをしみじみとっ! いえ、今回の件の原因を探るのは後ですね。こんな時こそ冷静にならないと。局長! 俺が先行してある程度の鬼たちを散らしてきます! その間に晴天を呼んで退魔局全体の足並みを揃えてください! さすがに、このままばらばらに挑んだら局の退魔師といえど消耗戦で潰されます!」


 一瞬情けなく喚き散らしてしまったが、局長の冷静な声に我を取り戻す。そう、起こってしまったものは仕方ないのだ。もうそんなに余裕がないと言ったのは自分自身なのだ。相手はこちらの都合を考えてくれない。

 ならば、その思惑をぶっつけ本番で超えてやるしかないのだ。

 横の久咲に目配せをやれば、やれやれと首を振りながら強い視線をこちらにくれる。問題はない。二人共万事快調。

 昼の晴天との模擬戦の疲労もある程度は取れている。晴天の方の心労が少し気になるが、その程度で倒れるほどやわじゃないから大丈夫なはずだ。


 久方ぶりの局全体が動く大仕事だ。ここまで大規模な案件はそうない。あってたまるか。前回局が動いたが例外だっただけで、こんなことまず起こりえないように防衛網が構築されているのだから当然だ。


 今回の一件だって明らかに内部のものの犯行だ。確信した。あまりにも動きが早すぎる。ある程度この都市に精通した上で、綿密な計算と地道な計画によってここまでの大規模妖害を生み出したのだろう。

 都市外の存在で、空に見つからずにこんなことをできるようなやつはいない。

 の首謀者が今のもぐりの術師の中で一番の腕利きと呼ばれているのだから、無理もない。やつだってこの都市出身だったからこそあんな大掛かりなことをやってのけたのだ。


「そうだな、態勢を整える。蘆屋、俺たちが行くまで抑えておけ。それと、お前が帝から言いつかったのは今回の件絡みだったらしいが、なにか情報はあるか? 先行する前にそれだけ報告しろ」


 この人はいつでも冷静だ。見た目の通り巌の如き安心感がある。この人が指揮を執るならば、今回の百鬼夜行もどきもなんとかなるだろう。

 未だ情報はないに等しいが、少しでも役に立ててくれればいいのだが。


「ほとんどが推測になりますが少しだけ。おそらくこの騒ぎには黒幕がいます。そして、状況を鑑みるに内部犯の可能性が高いかと。それと、敵の首魁は信じがたいですが……十中八九、でしょう。配下はいないと想定していますが、今の少ない情報ではこれ以上は……」

「いや、十分だ。お前たちがで考えたのだろう? ならば、信用に値する。内部犯ということは、今この場で集められるものを全員集めても裏切り者がいるかもしれない、ということか。難しいところだが、これほどの規模の妖害を誰にも知られずに起こせるやつなどいくらもいない。そいつらを取り調べれば何かわかるだろう」


 そう言って呪力を纏った局長は、思い切り息を吸う。可視化するほどの勢いで吸い込まれた空気は、直後凄まじい爆音とともに吐き出される。

 慌てて耳を塞いだ俺はなんとか耐えられたが、俺の横で耳を塞ぎ損なって三半規管をやられている狐が一匹。いや、あの耳を咄嗟に抑えるのは無理だと思うし、抑えたところで聴力が人間より鋭いから無駄だったとは思うが、ご愁傷様といった感じだ。

 俺もことをしていないと厳しかっただろうしな。


『遠野の全住民及び退魔局所属の退魔師に次ぐ! これより下級の局員は、かねてよりの対大規模妖害の想定に基づいて住民の避難誘導を行え! 被害地域は金町付近を中心としている! 住民たちはただちにそれに従い避難を完了するように! 中級の局員は早急に局の前に集合! 道中、少人数ではあやかしと対峙しないように立ち回れ!』


 そこで一息つき、爆音が止んで久咲が安心からかふらりと体を揺らす。が、まだ連絡は終わっていない。直後二度響いたその音に今一度体を硬直させる久咲。南無。


『上級のものは、下級局員の避難誘導を妨害しようとするあやかしどもを各個撃破しろ! こちらから次の指示を出すまで、個人の裁量での遊撃を許可する!』


『これは訓練ではない! 実際の事件である! の再来だ! 各々最大限の注意を払って最善を尽くせ! 退魔局長・渡辺橘花より伝令!』


 そう、これは訓練でも騙りでもない。

 現実に起きている災害だ。

 この都市の大半のものが経験したことのある……の再現だ。




 願わくば、この妖害が単なる馬鹿騒ぎのままに終わってくれることを……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る