臨戦・序術者餓鬼一掃

「では、局長。俺らは先行していますんでお早めの対処願います」


 隣で前後不覚になっている久咲を支えながら、装備を確認する。呪術的防護のかけられた水干に、精神感応札、予備の札が各種、それととっておきが三つほど。

 家に帰っている余裕はないから、これが手持ちの全てになる。俺にしては手札が少ないほうだが、汎用性の高いものは一通り手元にあるからなんとかなるかな。


 悔やむべくは、あまり強力なものは普段持ち歩かないので最大火力に欠けるところか。まぁ、そんなのが必要になるやつは、今回は局長と晴天になんとかしてもらうしかない。

 別にあの二人なら特定の呪具に頼らなくても高威力の攻撃ができるからな。


「よし、行け。さっさとまとめあげて救援に行く」

「はい! 行くぞ久咲、ナウマク・サマンダ・ボダナン・キリカ・ソワカ 」


 荼吉尼天の真言を曲解しながら唱えてやれば、強大な狐としての格を付与された久咲は、さっきの爆音の衝撃から立ち直れたようだ。ついでに識の性能強化もできたようだから、このまま鬼どものところに突っ込むことにする。

 相手は金町付近に集結しつつある鬼の大群。まぁ、ただの鬼程度ならばあまり問題はない。複雑な力も使わず純粋に腕力脚力で勝負してくる鬼どもは与しやすい。


「まず確認だが、別に俺たちだけで滅し切る必要はない。ついでに言えば、できるだけ捕らえてもう一度式として運用したい。ここで全て滅してしまえば、都市機能が落ちるのは目に見えているからな」

「ですが、都市中の鬼が集まりつつあるというのならば、さすがに道臣といえど捕らえた鬼たちを捕縛し続けるのは不可能なのではないですか?」

「そうだな、結界に閉じ込めるにしても限界がある。鬼専門の術師を呼んできても手が足りないだろうよ」

「ではどうするのですか?」


 一旦引き返して局員たちの指揮を執りに行った局長を尻目に、現場へとひた走りながら久咲と問答する。

 そう、なるべく鬼どもを式に戻したいのだが、今までかけていた式はおそらくあとかたもなく壊されているだろうし、一匹一匹式をかけるほどの時間もない。ならば、式をかけなくても確保しなくてはいけないのだが、それをするにも人手が足りない。


 だというのなら、のだ。

 一時的に都市機能は落ちるが、この事件を解決し次第局員が全力で式生産に取り組めば、あまり期間を待たずに復旧することが可能だろう。


「というわけで、あの鬼どもは一度を見せてやろう」

「なにがというわけなのかはわかりませんが、理解しました。では、なるべく滅さずにということでよろしいですか?」

「ああ、頼んだ。接敵後、少し時間を稼いでくれ。その間に準備をする」


 久咲の了解も取れたし、これが次善の策というやつだ。こんなときに人員不足に頭を悩ませることになるが、この仕事は普通に命懸けだ。あまりそんな命知らずが増えるのも手放しに喜べない。


 さて、少し先の方からがやがやと騒ぐ声が聞こえてくる。鬼どもが集まって乱痴気騒ぎしているのだろう。一番の大通りを行進しているようだ。

 あれほど気性の荒い種族のあやかしがこれだけいるのだから、街の被害はなかなかばかにできないほど出ているだろう。住民たちが無事に避難できていることを願うばかりだ。


 そろそろ高層建築群を抜ける。ここを抜ければ、あの百鬼夜行を視認することができるだろう。

 さぁ、吉と出るか凶と出るか。有象無象の鬼ならば幸運、少しでも名が売れた鬼がいたら残念だ。できることならば、援軍が来るまでは雑魚散らしに専念したいところ。ここでいくら雑魚をここから消せるかがこのあとの戦いの鍵になる。


「そら、見える、見えるぞ。餓鬼に牛頭鬼に馬頭鬼、ほっほー、バロンなんて輸入しやがったのはどこの好事家だ。ってなんかなまはげみたいなやつまでいやがるぞ? おい、俺の知らないやつまでいるってこれ本当に都市の中の式たちだけか……? 絶対に都市外かどこかから湧き出してるだろ?」

「酒呑童子を喚び出そうという者のことです。各地から鬼を集めて喚んでいるのではないでしょうか。さすがにこの量は異常です。都市内のあやかしすべてを掻き集めてもこれほどの数はいないでしょう」


 そう、その鬼の数は異常だった。これこそが百鬼夜行。あやかしが、ではない。純粋な鬼たちの鬼たちによる鬼たちのためだけの百鬼夜行。

 百鬼須らく並べてこれ夜を行かんとす。

 押し並べて鬼というのは些か出展とは異なるが、まさに壮観、これほどの光景は一生に一回たりとも見たくなかった。


 ここまで走ってきた足をつい止めれば、俺たちを遠目に見つけて騒ぎ出す鬼の一団がある。遠くにも聞こえるほどの音量で笑う鬼どもはどうやら、人と見たら食べずにはいられないらしい。

 ……しかも、俺が初めての獲物ではないようだ。その口の端の血がすべてを証明している。

 わかっていた。式が解き放たれてこうやって集結しているということは、飼い主たちが襲われている可能性が高いことは。

 わかっていた。鬼という化外にただ人の力では対抗できないということを。


 ……わかっていても、信じたくないことはあった。

 だが、やはり現実はいつだってこんなはずじゃなかったことばかりだ。

 鬼どもはげらげらと笑う。げたげたとがたがたと。

 遠野が危うい均衡の上で繁栄していたのは知っていた。確かにこんな事が起こることだって想定は出来た。

 それでも、だからといって本当に起こった時に被害を無くせるというわけではない。都市を守るものの名が聞いて呆れる。




 だが、それを理由に逃げることは許されない。




 立ち向かわなければならない。これ以上被害を出さないようにせねばならない。

 だから、俺は戦おう。

 この百を超え万にも届こうかという鬼を退治すべく、立ち回ろうではないか。


「おお、あんちゃん。別嬪さんまで連れて逃げ遅れたんかい?」

「それとも、まさかおいたちに歯向かおう……なんておもっちゃいないよなぁ?」

「いやー、今日はいい日だ。最近の窮屈な日々から解放されて気分がいい」

「あんちゃんも一緒に祝おうや。もちろん、あんちゃんは俺たちの食卓の上を彩るのが役割なぁ!」


 この……鬼どもを滅してはならない。

 例えそのほうがどれだけ手早くても、例えどれだけ思うところがあったとしても。

 遠野のこれからを考えれば、こいつらはこれからも歯車になってもらわねばならない。だから、討滅することは許されない。


「お前たち」


 だが。


「自分たちが人間に対して自由に振る舞えるというのなら」


 だが、だ。


「もちろんその逆も罷り通るのが当然だよなぁ?」


 その鬱憤を晴らすことも、彼らの恨みを代行することも、別に悪いことじゃあないはずだろう?


「退魔局次席並びに特殊術式研究部部長及び雲耀帝代行退魔師」


 俺の体から呪力が漏れ出す。

 鬼どもはそのあまりの量にさすがに危機感を持ち始めたようだ。

 が、遅い。


「蘆屋道臣」


 俺から漏れ出した呪力は、今にも鬼どもに襲いかからんとする虎の形をとる。

 そして、一帯の鬼をもその場に押しとどめる大咆哮を轟かせる。


「そしてその識・久咲」


 そして、そのに囚われた鬼どもを、久咲がその手に呼び出した小太刀で切り裂いて無力化していく。

 慄く鬼どもを前に俺は懐より札を取り出し、左手に構え、右手で刀印を組む。




「これより、調伏を開始する」

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