皆目・鬼気不能見迷走

「というわけで、お前で最後か。いやー、どうしたもんかねこれは」

「僕が最後じゃないだろう? 局長はいいのかい?」

「晴天、あの人だけはありえない。逆に言えばあの人が今回の黒幕なら、俺らじゃどうにもできない。あの人が鬼を従わせるなんてそれこそ百鬼夜行の再来だ」

「僕だって局長が犯人だって疑ってるわけじゃないよ。今回の件について局長に聞いてみなくていいのかな、って」


 あのあと、空と別れた俺たちは、局の退魔師たちを相手に心当たりと最近の動向の調査をしていた。

 結果は今のところ全員白。連絡がつかなかったやつと派遣中のやつは除いているから、厳密にはまだ調査が終わりってわけではないんだが、派遣されてるやつらは定期報告を確認したので白。

 晴天と局長に関しては黒幕だった場合残りの二人じゃ手に負えないので、暫定白だ。同様の理論で俺も容疑者から外れる。


 実際に俺ら三人のうち誰かが黒幕だったなら、例え同格の二人だろうと気づかせないように慎重に事を進めた上で、絶対にどうにもできない瞬間を見計らって動くだろう。俺ならそうする。

 だから、この三人のうちの誰かが黒幕だという想定はするだけ無駄だ。備えたって対処できるものではないのだから。


「それについてはこのあと聞きに行くつもりだ。鬼に関しちゃ局長に聞くのが一番早いしな。問題は、その局長すら今回の件の原因に気づいていなさそうなことよ」

「相手は相当な使い手ということだね。それほどの術師はなかなかいないと思うんだけど、もぐりの術師の調査は?」

「空に頼んである。二日くれって言ってたから、明後日までには情報が出揃ってるだろうよ。だが、むしろあいつの情報網からも抜けられるような凄腕が今回の黒幕な気がしてならない。それかよほど綿密に今回のことを企んでいたか」

「おそらく後者だと僕は思う。それほどの凄腕なら遠野で事を起こそうなんて絶対に考えない。がその凄腕の筆頭だよ? 彼らは目立つことをしない本物の仕事人だ」


 まただ。聞きたくもないやつの話が出てきた。俺が少しでも思考の端に乗っけたのが悪かったのだろうか。


の話をすんのはやめろ。気分が悪くなる。あんな恥晒しが凄腕と呼ばれるだけで虫酸が走るぜ」

「ま、道臣にとってはそうなんだろうね。僕らも手を焼いているわけだし。でも、そういうことだからこれはきっとかなり計画的な犯行だよ。その計画を道臣が担当していることだけが穴だけど」

「ん? なんで俺が担当していることが穴になるんだ?」


 それを聞いた晴天は、俺をからかう時のあの何とも言えない笑うのをこらえているような顔を浮かべ、囁きかけてくる。


「君が担当して失敗した事件は後にも先にも一件だけだ。あれは特殊な事案だったから仕方ないとして、それ以外では君はすべての案件を解決に導いている。どんなに無理無茶無謀を振られたって何とかしてみせるのが君さ。そりゃ帝の期待も厚くなるというものだよ」


 ………………。


「おい、もしかして俺に振られる仕事がいつもきついのってそういうことか? お前も帝も俺に何を期待してやがる? 俺はあの脳筋魔物ハンターとは違うんだぞ!? 毎度毎度ひーこら言ってんの知ってんだろうが!?」

「そうやって悲鳴をあげながらもなんだって対処してきた君のことを、高く評価するのは当然のことだと思わないか? 今回の件だって何とかしてくれると信じている。君が事件を探る間の街の平和くらいは守ってあげるから、さっさと解決してきなよ」

「はぁ……どんだけ俺を過剰評価してるのやら。わぁーったよ。何とかしてやるから、その首洗って待っとけ。次の模擬戦では、さっきの比じゃないくらいどぎつい術式叩き込んでやるからな」


 そう言った瞬間の晴天の顔だけで、このやりとり分の苛立ちは随分解消された。

 あれだけ青ざめた顔をその優男面に浮かべるとは、どれだけ虎馬鳳凰縛心が効いたのやら。心なしか中腰になって尻を庇うようにしているところがより評価が高い。

 まぁ、中には数人で不動金縛りをかけて襲おうとしていたやつらまでいたから、かなり強烈な悪夢となっていたことは想像に固くないが。


「つーわけで、局長に話聞いてくる。晴天の方も何か情報を掴んだら一報くれ」

「りょ、了解した。久咲ちゃんも元気でね。その外道に何かされそうになったら僕に言うんだよ?」

「おい、言うに事欠いて久咲に変なこと吹き込んでじゃねぇぞ。俺が久咲にいつ手を出したって言うんだ」

「……一度も出してくれてません。晴天さん心配のしすぎです。この人は自分の従者一人好き勝手する甲斐性もないんですから大丈夫ですよ」


 今まで俺の後ろで従者然として黙っていた久咲が、拗ねたような声を出す。いや、本当にごめんて、許してつかぁーさい。へたれで悪かったな。どうせ自分を好いている女の一人にも二人にも手を出せないようなやつだよ……。


「ま、まぁその話は置いておいて、行くぞ久咲。局長室だ」

「道臣……昼行灯も大概にしなよ?」

「うるせー! なんでどいつもこいつも普段の俺を扱き下ろすのやら」


 ぶつくさと文句を言う俺に苦笑を浮かべる晴天を尻目に歩き出す。久咲はまた話を流されたのが不服なのか、俺をじと目で見ているのだろう。背後から視線の圧を感じる。


「なぁ久咲」


 文句をやめてぽろりと零せば、きちんと拾ってくれる従者がいる。


「なんでしょうか」

「悪い」

「そのやり取りは昼やりましたから、結構です。冗談ですよ」

「あぁ……」

「ただ、本当にそう思っているのでしたら、少しは誠意というものを見せてもいいと私は思うのですが」

「明日の昼はきつねうどん」

「そういうことではないのですが……いや、今のところはそれでいいです。でも、いつかは、白黒はっきりつけてくださいね」

「……すまねぇ」


 久咲に信頼を置いてないわけではない。頼っていないわけではない。

 だが、そういう話ではないのだ。

 ひねくれきった俺に誰かを愛する資格があるのだろうか。

 そう疑問に思ってしまう自分を止められないのだ。

 誰かを愛することもできない自分を愛してくれる人がいる、という矛盾にも俺は耐えられない。

 他人の頭の中は覗けない。俺は他人を本当の意味で信じることはできない。

 それこそがなのだから、仕方ないじゃないか。

 俺を構成するのは嘘、騙り、その他真実とは呼べぬもの。

 欺瞞、虚偽、疑心。まず現実は疑われるべき。

 それが俺の基本骨子なのだから、俺が退魔師として生きるには、それを手放すわけにはいかないのだから、ならば、それは、仕方がないだろう?


「貴方が抱えているものも少しはわかります。貴方は話してくれないけれど、それが貴方にとって大切なものであることもわかります。だから、無理だけはしないでいてくれれば、私はそれでいいのです。なにせ、道臣はいつか私のものになるのだから」


 今日の久咲はなんとも積極的なものだ。半年経ってそろそろ焦れてきたのだろうか。俺からすれば識との信頼関係を築くのに、半年じゃまだまだだと思うんだがね。

 お互い踏み込むのにもう少し時間が欲しいと思ってしまうのは、俺が臆病なだけなのだろうか、未だに引きずっているだけなのだろうか。迷いは消えない。

 俺はいつまでも迷走してばかりだ。

 妖艶な顔で横から俺の顔を覗き込む久咲の頭を掴んで前後に揺らす。


「あー、うー、やめ、やめてくださいー」

「そういうのはまた今度。しばらくは気楽に行こうや。へたれと言ってくれたって構わんがな」


 まぁ、そういうのは未来の俺がなんとかしてくれる。

 なんだって解決するのが俺らしいからな。いつかはきっと納得する答えが出るのだろうよ。

 今はこの案件を解決しなければ、だ。局長室はもう目と鼻の先だし。


 久咲とじゃれていると、その目と鼻の先の局長室の扉が開く。


「あ、よかった、局長にちょっと聞きたいことが」

「そいつは後回しにできるものか、それとも現場に向かいながらでも出来る話か?」

「……何かあったんですか? 大丈夫です。向かいながら話しましょう」


 出てきた局長の顔はいつも険しいのにより険しく、岩山の方がまだ緩やかだ。なにか穏やかじゃない事件が起こったに違いない。即座に俺に要請をするあたりで、事のやばさが伝わってくる。一体今度は何が起きたのか。


「まずこちらを簡潔に説明しよう。お前の話はそれからでいいな?」

「はい。現場がわからないんじゃ対処のしようがないですから」




「鬼だ。都市中の鬼どもが、式を破って一箇所に集まりつつある。このままだと、今夜中に百鬼夜行が起きるだろうな」


 そんな笑えない冗談とともに、俺の運命はまたも回りだしたのだが、この時の俺はそれはそれは冴えない顔をしていたと、今でも久咲に笑われる。

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